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暴露

 一夜明けて、この国の大統領が街を訪れる時が来た。

 歓迎の式典が()り行われるということで、街の大通りには住民たちが集まっている。

 やがて、大統領を乗せた馬車が、護衛の騎馬隊や歩兵たちと共に大通りを抜け、式典の会場となる広場へと入った。

 リューリたちは、広場に設営された挨拶用の高座の裏手へと周り、認識阻害呪文で姿を隠しつつ、時を待つことにした。

 馬車が会場に到着し、その中から現れた大統領は、四十代半ばと思われる穏やかな印象の男だった。一方、彼を迎えた市長は小太りな五十がらみの男だ。

 二人が握手を交わしているのを見て、ローザが言った。

「そろそろ、頃合いですね」

 普段の飾り気のないドレスではなく、盛装に近い服装をしたローザを先頭に、リューリたちは高座へと歩み寄った。

「何者だ!」

 途端に、大統領を警護する兵たちが飛び出し、リューリたちを取り囲む。

 それに動じることもなく、ローザが、よく通る声で言った。

「我が名は、ハルモニエ王国先代女王ローザリンデ・ハルモニエである。急ぎ、大統領閣下にお伝えしたいことがございます」

 彼女の言葉に、警備兵たちは(ざわ)めいた。

「そのような御方が、こんなところに来る訳がないだろう! さっさと不審者どもを(つま)み出せ!」

 甲高い声で叫んだ市長を制して、大統領が口を開いた。

「いや、待ってくれ。私は、退位される前の女王陛下にお会いしたことがある……その方は、間違いなくローザリンデ様だ! おお、夫君(ふくん)のベルンシュタイン公もご一緒とは!」

 そう言うと、警備兵たちが驚きの目で見守る中、大統領は自らローザのほうへ歩み寄った。

 突然のことに、式典に集まった住民たちも戸惑い、ひそひそと話し合っている。

「お久しぶりです。以前お会いした時は、たしか財務長官を務めておられましたね、大統領閣下」

 ローザがドレスの端を(つま)んで上品なお辞儀をしながら言うと、大統領は憧れの人を前にした少年のような表情で、頬を赤らめた。

「あの大統領、ローザの前で緊張しているな」

 呟いたリューリに、アデーレが耳打ちした。

「ローザ様は、他国でも人気があるんだ。ローザ様の署名入りの書状を受けとった者は、額縁に入れて飾っているなどという話も聞くぞ」

「覚えていてくださり恐悦至極に存じます……まさか、我が国をご訪問くださっているとは存じ上げず……して、急ぎ伝えたいこととは、何でしょうか?」

 大統領が、緊張した面持ちで言った。

「まずは、確認したいことがあります。この国において、無辜(むこ)の市民への暴行や麻薬の流通、借金のカタとしての人身売買といった行為は、合法なのでしょうか?」

 ローザの言葉に、大統領は、ぶるぶると首を振った。

「とんでもない! そのようなことは決してございません! 我が国は国民一人一人の権利を守り、また違法薬物の撲滅にも努めております!」

「そうですか。安心いたしました。しかし、この街では、市長や警察上層部の方々が反社会的集団から賄賂を受け取って、先に挙げたような違法行為を見逃しておられるようですが」

「何ですと……どういうことだ?!」

 大統領は怒りの形相で市長を見つめた。

「お、お(たわむ)れを……何の証拠があって、そのようなことを……」

 市長は必死に言い繕おうとしている。しかし、その顔から血の気は失せ、冷や汗をかいているのが遠目にも分かるほどだ。

 式典に列席していた、警察関係者と思われる者たちも浮足立っている。

「証拠ですか。アデーレ、ウルリヒ、見せて差し上げて」

 ローザの声と同時に、アデーレとウルリヒは「山猫組」の根城から見つけ出した書類などを取り出した。

「こちらは、反社会的集団『山猫組』の頭目と市長がやり取りした書簡です。筆跡を比べていただければと」

「これには、警察署長の署名があります。頭目も元高利貸しだけあって、こういう書類を残して弱みを握っておくところは抜け目がないですね」

 二人が次々に「証拠」を取り出して見せると、市長と、賄賂を受け取っていたであろう警察関係者は、へなへなと座り込んだ。

 よりによって、国家元首の前で自らの不正を暴かれてしまっては、逃げ場などある筈もなく、未来には絶望しか残されていないのだ。

「この先は、大統領閣下はじめ(まつりごと)に携わる方たちのお仕事です。くれぐれも、国民たちにとって最良の判断を下されることを願います」

 そう言って、ローザは大統領に微笑みかけた。

「我が国の国民の為にご助力いただき、感謝いたします。我々も綱紀粛正し、国をより良くする為、尽力したく思います」

 姿勢を正し、大統領が宣言する背後では、絶望顏の市長その他の汚職に関わった者たちが頭を抱えている。

 用事は済んだと、リューリたちは広場を後にした。

「やはり、元女王というのは凄いな」

 リューリが言うと、ジークが得意げに答えた。

「俺の奥さんは、凄いだろう? ああいう場面では、堂々としていて見惚れてしまうよ」 

「あら、ジークが傍にいてくれるから、私は堂々としていられるのですよ」

 ローザの言葉に、照れた様子で頭を掻くジークを見て、リューリとアデーレ、そしてウルリヒも、思わず笑いを漏らした。

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