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愛と善悪

 「山猫組」の頭目である「親分」は、もともと高利貸しをしていて、そこから貯め込んだ金銭により破落戸(ごろつき)たちを従わせていたらしい。

 手下たちが行動不能に陥った今、本人自体は戦う力も持ち合わせておらず、もはやリューリたちにとって脅威になる存在ではなかった。

「くそ……何故こんなことに……」

 何もかも金色をした悪趣味な部屋の中、手足を拘束された「親分」は、抵抗する気力も失ったのか、床に座り込んで項垂(うなだ)れたまま、口の中で何かぶつぶつと呟いている。

 市長や警察上層部との癒着が明るみに出れば、彼らは当然司法の裁きを受けることになり、同時に、賄賂と引き換えに受けてきた庇護が消える。「山猫組」にとって、それは組織の崩壊をも意味するのだ。

「聞きたいことがある」

 リューリは、「親分」に問いかけた。

「あの、フレデリクという人は何者だ?」

「俺も、気になっていた。知っていることを全て話せ」

 ジークの言葉に気圧されたのか、「親分」は、渋々口を開いた。

「あの人は……ある日突然、ここに現れたんだ。『うまい商売がある』と言われて……最初は半信半疑だったが、あの人の言葉は不思議と信じられるような気がしてな」

「『うまい商売』とは、薬物の製造と販売のことか?」

「嬢ちゃん、難しい言葉を知っているんだな。……ああ、そうだ。『飲めば気持ちよくなって疲れを忘れる薬』……麻薬の一種だ。使い道は、いくらでもあるからな」

 「親分」によれば、「山猫組」の縄張りでも、以前から似たような薬を流通させていたが、フレデリクの持ち込んだものは、見たことのない処方で、従来品より遥かに効果も依存性も高かったという。

 その薬を常用するようになった者は抜け出すことができず、「客」は延々と金を払い続けるだろうという話だった。

「余所で製造されたものを仕入れるよりは、自家製造したほうが安上がりだと、フレデリクさんは『薬』の処方箋(レシピ)と製造法、そして作業が簡易になる魔導具の『精製装置』を買い取るよう勧めてきた。かなり高額の先行投資だが、『薬』を売れば、元手なんてすぐに取り返せるってな。販路も広げようと思っていた矢先だったんだ……」

 「親分」は、言い終えると深い溜め息をついた。

「ふむ……どうも、個人で行っているような事業とは思えんな」

 ジークは首を傾げてから、「親分」に問いかけた。

「あんた、『エクシティウム』という言葉に聞き覚えはないか?」

 その言葉を聞いた「親分」は、はっとしたように目を見開いた。

「そ、そういえば、フレデリクさんが『エクシティウムの技術が』とか言ってたような気がする……いや、はっきり聞こえた訳じゃねぇが、今思えば、そんな感じだったというか」

「それって……『エクシティウム』は、何かの団体や組織の名前ということか?」

 リューリが呟くと、ジークが頷いた。

「その可能性は高いな。『フロスの街』の(にせ)領主も住民から金を巻き上げていたが、私的に流用した形跡がなかったということだし、所属する組織の活動資金を集めていたと考えられるだろう。フレデリクが奴と同じ組織の者だとすれば、その目的も同じじゃあないのか」

「……すまない、私は、今、混乱しているようだ」

 言って、俯いたリューリの顔を、ジークたちが心配そうに覗き込んだ。

「フレデリクは、娘を最も大切に思っていると言っていた。あの言葉は本心だと思う。しかし、そんな愛情深い人間が、悪事を働くことがあるのだろうか」

 リューリにとって、「愛」とは「()い」ものであり、清らかなものだった。少なくとも、現在、行動を共にしている一行から受けるそれは、(けが)れのないものだと感じていた。その「愛」と「犯罪」が並び立つものでもあるということを、彼女は飲み込めずにいた。

「人間というのは、なかなかに複雑なものなのですよ。愛情ゆえに、『悪いこと』をする時もあるのです。彼が、そうであるかは分かりませんが……」

 ローザが、リューリの頭を優しく撫でながら言った。

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