情報交換
人目につかなそうな路地裏の一角で、リューリたちは、別行動をしていたアデーレそしてウルリヒと落ち合った。
「さすがはジーク様、私も、その場に居合わせたかったです!」
リューリたちから「山猫組」の者たちとの顛末を聞いたアデーレが、開口一番に言った。
「尋問しているところも、格好よかったですよ。若い頃を思い出してしまいました」
ローザが、少女のように頬を染めて相槌を打つ。
「街中で乱闘とは、隠密を旨とする『御庭番』とは思えませんね……」
対照的に、ウルリヒは少々呆れ顏だ。
「逃げるより倒してしまったほうが手っ取り早いと思ったものでな……顔を覚えられているだろうから、見付かれば襲ってくるとは予想していたし」
そう言って、ジークは首を竦めてみせた。
「ところで、アデーレとウルリヒは、どこへ行っていたんだ?」
リューリは、別行動をしていた二人に尋ねた。
「街の役場で、この街への移住を希望する者のフリをしながら、色々と話を聞いてきたんだ」
アデーレが言うと、ウルリヒが顔を赤らめた。
「新婚さんですか、なんて聞かれて、参ったよ。男女二人の組み合わせだから、そう思われたんだろうけど」
アデーレたちによれば、街を治める市長や警察の上層部などが「山猫組」から賄賂を受け取る代わり、彼らに便宜を図っているのは、もはや公然の秘密といった状態らしかった。
「もちろん、役人たちの全てが、その状態を良しとしている訳ではありません。しかし、余計なことを言えば、排除されるのは自分だし、家族のある人は尚更動けないでしょうね。よくある話ですよ。賄賂の恩恵に与れない者たちの不満は大きいらしく、思いの外、簡単に情報を得ることができましたけどね」
ウルリヒが、そう言って肩を竦めた。
「ただ、中央の目には神経を尖らせているようです。ちょうど、外遊していた大統領が二日ほど後に帰国するとのことで、その際この街に休憩がてら滞在する為、準備が大変だと聞きました」
アデーレとウルリヒの報告に、ローザとジークが頷いた。
「それなら、わざわざ中央に書状を送るなどといった、回りくどいことをしなくて済みますね」
「『山猫組』と市長たちの不正の証拠を持って、大統領に会えば済む訳だな」
それが、いとも簡単なことであるかの如く言う彼らに、リューリは尋ねた。
「肝心の『不正の証拠』は、どうやって用意するんだ?」
「それはだね……」
ジークが口を開きかけた時、どこからともなく鳥の囀りのような声が聞こえてきた。
こんな街中で?――と、リューリは首を傾げた。
「丁度、情報が来たようだな。出てきていいぞ」
ジークの声と共に、見覚えのある黒ずくめの男が、空中からふわりと湧き出るかのように現れた。鳥の囀りのような声は、彼らの間の合図らしい。
覆面で顔まで隠した黒ずくめの男は、ジークとローザに向かって跪くと、小さく折りたたんだ紙片を差し出した。
「かの者たちの根城の位置は判明しました。こちらが、大まかな見取り図です。『薬』の工房も隣接しています」
「ご苦労だった。仕事が早くて助かるよ」
報告した男を労うジークに、リューリは問いかけた。
「この人も『御庭番衆』なのか? だが、前に見た人と声が違うな?」
「ああ、気付いていないと思うが、俺の周囲には、常に一人以上の『御庭番衆』が付かず離れずのところで待機しているんだ。必要な時は、こうして情報収集に動いてもらうという訳さ」
「なるほど、同じ格好の人が何人もいるということか」
ジークの説明に、リューリは、ふむふむと頷いた。
「実は、以前訪れていた『フロスの街』で、私は、リューリ様が、お一人で宿に残られている間の護衛を任されていたのです。まさか、リューリ様が魔術師とは思わず、部屋が、もぬけの殻になっているのに気付いた時は、自分の不手際を死んで詫びるしかないと思いましたよ……」
黒ずくめの男が、跪いたまま、ぼそぼそと言った。
「そ、それは悪かった……」
やや恨み言の入っているかのような彼の言葉に、リューリは冷や汗をかいた。
「あれは、俺も予測できなかったからな。だが、不手際を死んで詫びるくらいなら、死ぬまで働いてくれたほうが嬉しいぞ」
言って、ジークが、にやりと笑った。
「相変わらず、ひどいお方です……では、『山猫組』の根城に向かう際は、お呼びください」
黒ずくめの男は、半ば苦笑しながら言い残すと、再び空中へ溶けるように姿を消した。




