第2話「剣振ってないで、魔法使いなよ」
「うおー!ここが『Acro……』ええと、」
「『Across the original Zenith』だね」
「『AtoZ』の世界か~!」
サービス開始と同時に、私達は『AtoZ』の世界に降り立った。
広々とした草原、長く続く街道、青々と茂る森。高い壁に囲まれた都市のようなものも遠くに見える。そのすべてが、昇り始めた陽の光を浴びて気持ちよさそうにしている……気がする。
少なくとも私はすごい気持ちがいい。さわやかな風の感触も、鳥のさえずりも、少し鼻をつくような冷たい空気の香りも、現実のものとまったく区別がつかない。
「今更だけど、どうして私と一緒にゲームしてくれる気になったの?テストの点数、私全然勝ててなかったのに」
「そうだね……、今後の社会はVR技術の発展によって通勤することがなくなるかもしれないらしいから、今のうちに慣れておこうかと思って。」
真面目だなー。これじゃあオタクくんじゃなくてマジメくんだよ。
「結局キャラメイクはしなかったんだね、マジメくん!いや、この世界では……”ナオ”か。」
彼の見た目は現実世界のものと大差なかった。服装は質素な服とズボン、それと彼の”ジョブ”を象徴するであろう、足元まである紫がかった黒いローブを羽織っている。
「……そういう”白瀬”さんもそんなに現実の見た目と変わってないじゃん。」
「わーわー!あっちの名前で呼ぶの禁止!」
「だってそれ……、何て呼ぶの?」
「サクラだよ!」
「本名使っちゃダメって言ってなかった?」
「そっちだって”ナオ”とか、ほぼそのまんまじゃん!」
「それと……、その恰好寒くない?」
自分の服装を確認する。ヘソまで届かないくらいのチューブトップに、短めのパンツ。腰まであるボロボロのマントと脛あたりまである皮のブーツ。なぜこのような恰好をしているかと言えば、恐らく私の選んだ”ジョブ”に関係あるのだろう。キャラメイクに関しては、私も彼と同じでそこまでいじっていない。せいぜい染め残しのないピカピカの金髪になっているくらいだ。
そんな話をしていると、
”ぺたん、ぺたん”
「……何の音?」
「おぉ!スライムだ!王道だー!」
「……スライムが王道なの?」
青くて丸い半液体のようなものが、恐らく敵意を持ってこちらに近づいて来ている。
「ええと武器は、どうやって出すんだっけ?」
「ゲームのインストール中に説明書読まなかったの?」
「私は事前にインストールしてたし……、ていうかあれ文字長すぎて読めないよ!」
公式のサイトには、チュートリアルはゲーム開始地点の近くにある村や街で受けられる、と書いてあった。
「武器のイメージを思い浮かべれば出せるらしいよ、もしくは手を反対の腰に当てて武器の名前を唱える。」
「武器の名前!?」
右手を左の腰に当てて叫ぶ。
「か、片手剣!」
「……」
何も起きない……。
”ぺたん、ぺたん”
そんなことをしている間にも、スライムが近づいてくる。
「じゃあ、ええと、『ショートソード』!」
おおよそ現実世界では聞くことがないであろう電子音が鳴り、右手にしっかりとした重さを感じる。
「出た!」
意外と重たいそれをスライムに向けて構える。
「とぉー!」
”するん”
「うぉっとっと、ありゃ!?」
袈裟斬りした剣は、何の抵抗を受けることもなくすり抜ける。
「そっちかー。」
「そっち?」
「スライムっていってもゲームによって色々種類があるんだけど」
一面緑の草原を見渡すと、少し遠くに明らかに異質な色の物体が見える。
「あそこ!オレンジ色のスライムがいるでしょ?たぶん属性を持ってて、相性の良い属性の魔法とかじゃないとダメージが通らないんじゃないかな!」
「じゃあこのスライムは水属性……ってこと?」
「そう!だから……。何属性が相性いいんだっけ?」
「……”雷属性”だよ」
「何で知ってるの!?」
「説明書に書いてあったよ」
「ああ……。」
いいもん。この戦闘が終わったら街に行ってチュートリアル受けるもん。そこで勉強するもん。
でも……
「魔法の使い方教えてください!」
「説明書読んだとはいっても何でもかんでも分かるわけじゃないよ。」
「……」
「……手をこめかみに当てて”メニュー”」
「めにゅー!」
目の前に、他のゲームでも見かけるようなUIが現れる。
「おぉ!」
「ステータスを選んで……って聞いてないね。」
ステータス画面にある、習得済みの魔法を確認できるボタンを押す。
「な、何も覚えていない!?」
「……一つ聞きたいんだけど、最初のジョブ選択で何を選んだの?」
「ふっふっふっ、【道楽者】です!」
「……え?何が出来るの、それ?」
「今は何もできなくてもいずれ賢者になるの!……多分。」
ちなみに、最初のジョブを選択する際”オススメ”が表示されるのだが、【道楽者】というジョブが”オススメ”されているのを見たときは、ちょっとイラっとした。
「そういうナオは、何選んだのさ~?」
「自分は【魔法士】っていうのがオススメされてたから、それを選んだよ。」
「じゃあなんか魔法使ってみてよ!」
ナオがメニュー画面を確認しているのが見える。
……が、すぐに彼が顔を顰めたのを見て声をかける。
「どうしたの?」
「こっちも何も魔法覚えてないね。」
「なるほど、ということはもしかして……」
ステータスの画面を少しスクロールする。
「あった!スキル割り振り!」
ポイントを確認すると初期ポイントとしていくつか持っていた。私は何も考えずにそれを、いかにも基礎魔法ですと言わんばかりの『エレクト』という魔法の習得に使った。
「ふっふっふ、見てて!『エレクト』!」
水スライムに掌を向けて叫ぶと、手の先が光り出し”閃光”が相手を貫く。
「……おぉ」
「見た!?凄い!コレ!!」
「確かにすごいね。でも喜んでいるところ悪いけど、倒せてないよ。」
水色がモゴモゴと動いている。
「えぇ!?」
「……『エレクト』」
彼の指先から、さっき私が撃ったものより激しい”稲妻”が走る。
草が少し焼け焦げた匂いと共に、RPGゲーマーなら誰もが喜ぶ、聞き覚えのあるような、ないようなSEが鳴る。
「レベルアップ!」
「……今使ったスキルポイントが戻ってきた」
「ほんと!じゃあ次は何覚えようかな?」
他にも魔法を覚えようと、画面をいじるが……
「な、ない……」
「何がないの?」
「ほかに覚えられる魔法がないんだよ~」
「……”ジョブ適正”の違いかな。こっちは【魔法士】だから、一通り覚えられるみたいだけど」
「そっか~、確かに。魔法の威力ちがったもんね。」
そういいながら習得可能な”魔法”ではなく、”技能”の方に目を向ける。覚えらる魔法はないが技能はいくつかあるみたいだ。
「とりあえず、街の方に向かおっか、”ナオ”」
UI画面を見ながら、どのスキルを覚えようかと考えながら歩きだす。
「よそ見しながらだと危ないよ、”サクラさん”」
「え~、サクラ”さん”!?堅苦しいよー。さん付けはナシで。ね!」
「じゃあ……、さ、サクラ……。」
「おぉ?もしかして~、照れてるw?……っておっとと。」
草に隠れた小石につまずく。
「ほら、危ないから。街についてから見なよ。」
「はーい」
「これからよろしくね”ナオ”!」
「うん。よろしく“サクラ”」