第1話「勉強してないで、ゲームしようよ!」
「オタクくん!おはよ!」
「……オタクじゃないって」
趣味が”朝の散歩”の私「白瀬さくら」は、登校の時間もみんなより早い。
夏休みが始まってすぐ金髪に染めた髪が、二学期が始まる頃にはだいぶ黒くなってしまっていた。染めなおそうかどうか考えながら髪をセットする。制服を着て空が明るくなり始めるような時間に外に出る。腰まで伸びた長い髪を靡かせながら、”誰もいない”街を歩く。
「おはようございます!」
「はい、おはよう~」
いや、居た。近所の南さんだ。1か月前から犬を飼い始めたらしい。散歩の時間が登校の時間と被る。
私だけの特別な時間が……
「わん!」
「よーしよしっ!!」
わしゃわしゃわしゃわしゃ!
ーーーより特別なものになった。
学校に着くと、待ち受けているのは”静寂”だ。外より何倍も静かな校舎に足音を刻み、教室の扉に手を掛ける。
”ガラガラ”
横滑りする扉を開ける音が、いつもより大きく感じる。別に緊張して力が入っているとかでは断じてない。
「おはよ!オタクくん!」
「……白瀬さん、おはよう」
この高校に通い始めてから5か月たったが、彼「高橋直人」はいつも私より先に教室に居る。耳を隠さず、襟にも届かない状態の黒髪を常に保ち続けているのを見るに、きっと几帳面な性格なのだと思う。
背は私よりも少し高いくらいで、顔はふつう、声もふつう。テストの点数も……
「今日のテストの点数、もし私が勝ったら……、付き合って?」
「……また?」
実はこの文言は初めて発したものではない。
この前の小テストのときも言った。
「今回は一味違うよ~」
「夏休みの間に、勉強してたとか?」
……してない。そもそもどれだけ勉強したところで彼に勝てることはないと思う。だって平均94点とかだもん。そこは全然普通じゃない。でももしかしたら、勝てるかも?しれないじゃん。
「違うっていうのは、付き合ってもらう”ゲーム”の種類が違うんだよ!」
そう!違う!!
今まで一緒にゲームしようと誘い続けてきたけれど、今回オススメするゲームは、今までのものとは全然違う。なにせ世界初の没入型VRMMORPGなのだ!
「もしかして『Across the original Zenith』ていうゲーム?」
「!!」
初めてだ!彼の口からゲームのタイトルが聞けるとは!”DQ”や”FF”ですら知らないと言い放った彼が初めてゲームの名を口にした!
「興味ある!?興味あるんだ!!」
「うーん……」
「私が勝ったら付き合ってもらうからね!」
”ガラガラ”
教室の扉の開く音がする。クラスのみんなが登校し始めるころだ。
テストのために教科書を開く私の隣で彼は、窓際の席で陽の光に照らされながらいかにも、余裕ですよ?と言わんばかりに本を読んでいる。
勝つ!絶対っ!
『Across the original Zenith』は1週間後にサービスが開始される。こんなビッグタイトルを一緒に始めることが出来たなら、絶対に楽しいはずだ!
私はずっと一人でゲームをしていた。兄弟はおらず、親もゲームには興味がない。友達も誰もやっていないし、ゲームの話を誰かとした記憶もない。高校に上がって唯一オタクくんと話しただけだ。
実際にはオタクでもなんでもなかったが……。
なぜ彼にゲームの話をしたのかはあまり覚えていない。でも彼は嫌そうな顔一つせず……多分、してないと思った私は彼にゲームの話をし続けた。
「テスト用紙くばるぞー。」
いつしか私は、彼とゲームがしたいと思うようになっていたのだ。