トマス村(2)
「良し。今日は遠距離から問題なく倒せたけど、獲物の種類によってはこう簡単に行かない場合がある。何より大切なのは、自分の命。あと一歩と思っても決して無理をしない事が大切だよ」
「うん。わかったよ、父さん」
あまりにもあっけなかったため、普段から森に入っている私の警戒度合いが緩む事を危惧して優しく伝えてくれたのだろう。
世界は違っても実際は父さんよりも人生経験豊かな私にとってみれば、このアドバイスの真の目的は直ぐにわかるので、感謝の念と共にお礼を伝えておいた。
獲物の血抜き作業に入ると、暫く木に吊るした状態で保持するために周囲を警戒したまま待機する。
「持ち帰ってから作業しても良いけど、そうすると味が落ちるんだよ。この周辺に強い獣・魔獣を今まで見ていないし、そんな痕跡もないからここで作業するけど、必ずしもこれが正解じゃないからね」
「うん!」
本当にこの人は、自分の得た知識を四歳の少年に対して負担にならないようにしながらも、必死で教えてくれている。
炎さん!こんな素晴らしい両親の元、そして環境の元に送り出してくれてありがとう!そして妻よ!待たせて申し訳ないけど、第二の人生、楽しく過ごせているよ!!
一応この周辺には気配察知で警戒しながら待ち時間を過ごし、大成功と言っても良い獲物を持って村に帰る。
「ただいま。今日の狩は大成功だったよ、リーナって……アレ?」
「ピアシさん!大変よ。レダちゃんがいなくなっちゃったみたいなの。森で会わなかった?」
家に入って獲物を見せつつ成果を報告しようとした父さんは、普段と明らかに様子の違う母さんを見て不思議そうにした所、母さんは驚くべき事を口にした。
普段は家にいるレダがいつの間にかいなくなり、レダの両親が軽く周辺を探した後にウチに来たらしい。
レダ、何をやっているんだ!
「行くよ、ヨージ」
「うん、父さん」
今の時間はまだ日も高い。
私達はあまりにも狩りが上手く行き過ぎて早く帰ってこられたので、レダを探しに再び森に向かう。
他の人達は仕事で未だに森に入っているか、戦闘能力がないので農業等に従事している人達だ。
実はレダのお父さんであるガハルさんも戦闘力がない側の人で、心配そうな表情をしていた。
「浅い所であれば問題ないとは思うけど、何があるか分からない。急がないと日が暮れるとまずいからね。今日向かった先にはレダちゃんが侵入した痕跡はなかったから、残るはこっち……か」
父さんは冷静に探す範囲を決めている。
既に今日向かった先はレダの痕跡がないと除外しているので、残りの一つ、いつも私がラーカと遊んでいる方向に向かう事にしたようだ。
ん?そうだ、ラーカ!ラーカにレダを探してもらえば良いのかもしれない。
ラーカと遊んでいる時に村について話をした事も有るので、確実に言葉が通じているラーカであれば、レダの見た目は把握できているはず。
でも、それをお願いするにはラーカと話す必要がある訳で、父さんにラーカとの関係が明らかになってしまう。
そうなると……誰がどう見てもラーカに会うために毎日森に行っていると明らかになって、最悪は二度とラーカに会う事を禁止されてしまう可能性もある。
……でも仕方がない。
幼馴染の為だ。少々秘密が漏れる程度、何と言う事はない。
それに例え禁止されてしまったとしても、今の私の力であればこっそり会う事も出来るだろう。
意を決っして、父さんに事情を説明してラーカといつも落ち合っている場所に向かおうとしたのだが……向こうから急いでこちら側、村のある方向に向かってくる人影を見つけた。
「おい、ピアシ!ヨージもいたのか。直ぐに村に引き返せ!緊急事態だ!!」
慌てているのは、父さんと同じく狩猟を生業にしているエドバさんだ。
「なんでそんなに焦っているんだ、エドバ?」
「落ち着いていられるか!良く音を聞いて…いや、そんな時間は無い。破壊級の魔獣が出たんだ。直ぐに村に行って防衛体制をとるんだよ!」
どうやら危険な魔獣を発見したようで、その焦り様は凄いのだが……いくつか気になる事がある。
この先にレダがいれば魔獣によってどうなっているか分からない事、ラーカはどうなっているのかが気になる事、最後に魔獣の級を聞いておけばよかったと後悔した事だ。
「……ヨージはエドバと一緒に村に戻りなさい。破壊級が出た以上、お前を守ってやれない可能性が高い。何、大丈夫だよ。こう見えても父さんはこの森の事は知り尽くしている。きちんとレダちゃんを連れて帰るさ」