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隠蔽物調査隊 殺月魔姫の記録ノート  作者: 龍々
記録2:海より出づるは
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第5話:隠された(?)事件

 姉ちゃんに確認を取るという体で事務所から出ると電話を掛けた。正直に言ったところで許してもらえるわけが無いというのは分かっていたため、この時点で嘘をつくことを決めていた。かつて嘘を嫌っていた自分がこんなことをするのは気が引けたが、成長して分かった。生きていくには嘘が必要なのだ。


「もしもし魔姫? どうしたの?」

「あ、姉ちゃん。ちょっと今日出かけようと思ってるんだけど、いい?」

「別にいいけど……どこ行くの?」

「海の方。なんか葦舟がアタシの能力の限界を確かめるために色々調べたいんだって」


 アタシの持っている能力は人間のあらゆる知覚能力から外れるというものだ。アタシの姿は肉眼だけでなく映像や写真上でも認識されず、声も認識出来なくなるらしい。その能力が発動中でも押し寄せる波は正常に知覚出来るのか調べる、という実験をするためという嘘をついた。自分が咄嗟に思いついたもので、どこまで通用するかは分からない。


「うーん……深い所に行っちゃダメだからね?」

「分かってる。三瀬川さんが付いて来てくれるって」

「え……三瀬川さん忙しいんじゃないの? 色んな依頼があるみたいだし……」

「今は暇なんだって」


 大人の、それも姉ちゃんも信頼している人物が付いてくるという事もあって姉ちゃんはアタシを止めるべきかどうか迷っているように感じた。三瀬川さんは嘘をつくのが下手な人間で、自分も嘘が嫌いだったため嘘はつかなかった。姉ちゃんを騙すのにはほぼ完璧な内容だと思う。


「……分かった。あの人が一緒ならいいよ。でも危険な事だけはしないでね」

「分かってる。ありがと」


 通話を終えたアタシは事務所へと戻り、三瀬川さん達に許可が下りた事を伝えた。するとそれを聞いた三瀬川さんと黄泉川さんは普段調査に使っているというリュックを持ち出し、すぐさま準備を整えた。葦舟と自分はこういった事は想定していなかったため何の準備もしていなかったが、三瀬川さんから必要な物は自分達が持っているから大丈夫と言われたため、そのまま彼女達に付いて行くことにした。

 今回三瀬川さん達が調査することになっているのは、兵庫県神戸市の須磨海岸だ。どうやらネット上に過去にその須磨海岸で学生がリンチを受けて殺害されるという事件があったという書き込みがされているそうなのだが、どこにもその事件に関する記録が残っていないらしい。警察の記録にもかつての日奉一族の記録にもそれらしき記載が無いのだ。


「あの、新幹線とか使うんですか?」

「ううん。普段はそうなんだけど、この件はJSCCOからの依頼だから、特別にポータルを使っていいって許可が出てるの」


 『ポータル』というのは『黄昏事件』以降に研究が進められ、今では一部の公的機関の人間だけが試験的に使うことを許可されている時空間異常のことだ。強力な磁場の乱れによって時空間の歪みが生じており、それを専用の機械で抑え込むことによって安定化させている。この『ポータル』は一部が繋がっており、時間や空間を無視した移動が一瞬にして可能らしい。姉ちゃんも使った事があるらしいが、自分としては少し不安もある。『大禍事件』の際に異常な活性化を誘発させられ、この世界を危うく滅ぼしかけたからだ。


「その、ポータルって……大丈夫なんでしょうか?」

「私も魔姫と同じ考え。あんな事件があったのに未だに国の連中は使おうとしてるし」

「ま、まあまあ。あれは例外中の例外だったって話だったみたいだよ?」

「賽は人の言うこと信じすぎ。完全な固定化が成功してない時点で人間が手を出していい現象じゃないんだよ」


 黄泉川さんも自分と同じくポータルには不信感があるらしい。科学技術やオカルト技術を融合させることによって固定化しているという話だが、世界を崩壊させかねない危険性を秘めているものを使おうという発想が理解出来ない。噂によると日奉一族の中には時空間異常に関する能力を持った人も存在するらしいが、その人次第で世界を滅ぼせるのではないかと考えると寒気がする。

 バスに乗って街から外れた所にある山奥へと訪れたアタシ達は、やがてポータルを管理しているという施設へと辿り着いた。どうやらこの場所が都内から一番近くに存在するポータル管理所らしい。


「霊魂相談事務所の三瀬川賽です。JSCCOからの依頼で伺いました」

「お話は伺っております。どうぞお入りください」


 監視カメラや警備員などによって厳重に管理されている正門で三瀬川さんが身分証を見せると、自分達は施設の中へと案内された。内部は無機質な壁や天井などによって囲まれており、長い廊下を歩いていくことによってようやくポータルがあるという部屋へと通された。

 部屋の中には空間の穴のようなものが開いており、その内部は七色に光っていた。そしてその穴を固定するために見たこともない大きな機械が設置されている。


「既に調査ポイントに最も近いポータルへ接続してあります」

「ありがとうございます。このまま入る感じでいいんですよね?」

「はい。ただ、決して立ち止まらないでください。向こう側に出るまでは真っ直ぐお進みください」

「……不穏な言葉が聞こえたんだけど」

「ウチなんかドキドキしてきました……!」


 ポータルを使うことに気が乗らない様子の黄泉川さんの手を三瀬川さんが繋ぐと、黄泉川さんは小さく溜息をつきこちらに手を伸ばした。


「繋ぐんだって」

「は、はい。葦舟、手」

「はい! ぎゅーしてしっかり掴んどりますね!」

「皆ちゃんと手繋いだね? じゃあ行くよ」


 そう言うと三瀬川さんはポータルの中へと足を踏み入れた。中へ入ってみると外から見た通りの七色の景色がそこら中を埋め尽くしていた。その色は常に動き続けており、うっかり立ち止まろうものなら前後左右の感覚を失ってしまいそうだった。立ち止まってはいけないというのはそういった理由なのかもしれない。


「見てくださいお姉さん! ぶち綺麗ですねぇ!」

「うるさいよ葦舟……手離さないでよ」

「魔姫もね。さっきから手震えてて何かの拍子に外れそうで怖いんだけど」


 黄泉川さんの小さな手がぎゅっと強めにこちらの手を掴む。


「ちょ、ちょっと縁ちゃんは緩めてくれない……? さっきからちょっと痛いんだけど……」

「別に普通だと思うけど」

「いや結構強く握ってない……? いっつも手握る時はこんな力入れてな……いったたたた!?」


 三瀬川さんの痛がる声や葦舟のはしゃぐ声を聞きながら進んでいると、やがて自分達は別の管理所の部屋へと出てくることが出来た。そこで待っていた職員の話によると、そこは兵庫県に存在する施設であり、そこからバスや電車を乗り継いでいけば目的地である須磨海岸に着けるとのことだった。

 施設から出たアタシ達は目的地へと向かうために最寄りのバス停へと向かう。


「いたた……もう、跡残っちゃうよ……」

「大袈裟な……。魔姫、簸子、大丈夫だった?」

「アタシは特に何とも」

「ウチも大丈夫です! 帰りもあれ使うんですよね? ぶち綺麗じゃったけぇ楽しみです!」

「あはは……簸子ちゃんは元気だねぇ」

「……あの、それで今日調べる事件についてですけど、確か書き込みには宇宙人がどうとかって書いてあったんですよね?」

「うん。事件がどこにも記録されてないのもそうなんだけど、宇宙人とか緑色の子供とか、気になる内容が多いんだよね」

「イタズラだと思うけど」


 黄泉川さんとしては、あくまでネットの書き込みであるため嘘の可能性が高いと考えているようだ。実際ネット上ではそういった『釣り』と呼ばれる書き込みも存在し、今でもSNSなどで嘘を書いたりしている人も居る。自分も時折描いた絵をネットにアップしたりする都合上、たまにそういった話が流れてくる事があるため、少しだけ知っている。


「でもJSCCOは何かが絡んでる事件なんじゃないかって睨んでるみたいなの。つまり、宇宙人とか緑色の子供っていうのがコトサマなんじゃないかってね」

「そういうこと。人権団体様とか異権団体様がうるさいから調べないといけないって側面もある」


 『コトサマ』というのは『黄昏事件』以降に使われるようになった言葉だ。妖怪、幽霊、一部の怪異などの総称であり、今では『怪異』という言葉は差別用語扱いされてしまっている。そしてそういった一部のコトサマには『異権』というものが与えられている。これはいわゆる人権と同じようなもので、この人間社会で暮らす上での権利のことだ。


「面倒な世の中になったよ。怪異呼びは批判するくせに、自分達は『異権』なんて言葉作ってるんだから」

「縁ちゃん、あんまりイライラしないの」

「……ん、分かってる」

「えっと、ほいじゃあJSCCOは、その宇宙人さんとかにも異権を上げようっちゅう感じなんですか?」

「そういうことだね。もしコトサマとして認められるなら、ちゃんと認定しておかないと、その……色々叩かれちゃうからね」

「賽も思ってるじゃん」

「ま、まあ過激すぎるかなとは思うよ」


 異権を一口に批判するのも難しい。あの権利のおかげで人間社会で平和に暮らせている怪異が居るのは自分も知っている。それどころか自分のような超能力者が普通に社会で生きていけているのも、ある意味そういったものが認められているからなのだ。もちろん超常的な力を使って犯罪行為を行えば、それ専用の法律で罰せられるため好き勝手は許されないが。


「と、とにかく! 今日の私達がしないといけないのは、事件が本当にあった事なのかってことと、未確認のコトサマが居るかどうか確認することなの」

「渉外部門持ってるくせに、どうしてうちに頼むんだか……」

「確かに、そういう部門があるというのはアタシも聞いたことがあります」

「多分、私の能力の都合上、かな……?」


 三瀬川さんには『超共感能力』というものがあるというのを本人の口から聞いたことがある。生まれつき魂をくっきりと視認出来るほどの高い霊力を持っており、更には相手の体に触ることによってその人物の今考えていることや、過去に体験した出来事の記憶なども全て読み取れるらしい。

 実際に自分でこの能力を体験したことは無いのだが、彼女の前では一切の嘘が通用しないどころか、三瀬川さんの記憶を他人に譲渡したりすることまで出来てしまうそうだ。魂の形を自在に変形させて相手に合わせることが出来るからだとかいう理屈らしいが、自分にはいまいちよく分からない。


「未確認のコトサマを見つけたら、三瀬川さんの力で触って記憶を読む。それで事件の真相を掴むということですか」

「うん。書き込みが嘘じゃなければの話だけどね」

「ここまでわざわざ来たんだから、何かあってもらわないと困る」

「何も無いに越したことはないよ。亡くなった人だって居ないって事になるんだから」

「……ん」


 やがてアタシ達はバス停へと辿り着き、そこから電車への乗り継ぎなども行っていきようやく問題の須磨海岸へと着いた。まだ4月ということもあってあまり人の数が多くないが、夏になればここが人で埋め尽くされるのだろう。正直そういう人の多い場所は好きではないため、今の状態がありがたい。

 見回してみると確かに海の家らしきものも存在しており、それが書き込みでも言及されていた海の家なのだろう。


「ここみたいだね」

「賽、最初に書き込み主がヤンキーに絡まれたのってどこだっけ」

「えっと……海に降りるバス停近くの道って書いてあるね」


 三瀬川さんによると、被害者達は最初にヤンキーのような人間に絡まれ、そこで暴行を受けたとされているらしい。一応該当する箇所は二ヵ所確認出来るとのことで、自分達はその場所へと向かうことになった。


「事件は須磨海岸に向かう道の途中で起きたみたい。海岸では何も起きてないみたいだけど……」

「ほうなんですか?」

「ん、私も確認してる。『須磨海岸にて』なんてタイトルで出回ってるから、私も最初は海岸で事件が起きたのかと思ってた」

「でも海の家が言及されてるから、全くの無関係じゃないのかもしれないんだよね」


 どうやらこの調査はかなり大変なものになりそうだと直感で感じた。そもそもイタズラであり、ただの徒労に終わってしまう可能性もある。仮に本当に何らかの怪異が絡んでいるのだとすれば、今の時代になっても何の証拠も発見されていないというのは只事ではない。オカルト技術でも科学技術でも対応出来ない事案ということになる。


「とにかく現場を見てから考えよ」

「魔姫、簸子、今のうちに言っておくけど、危なくなったら私達のことは気にせずに逃げて。あくまで私達の仕事だから」

「……分かりました」

「でもウチらそれじゃお手伝い出来ませんよ?」

「必要な時は頼むから」


 黄泉川さんは相変わらず冷たい態度だったが、それでもこちらを心配してくれているのは伝わってきた。姉ちゃんの相棒であるアイツは、この人のそういう優しさが好きなのかもしれない。


「はぐれないで」


 こうしてアタシ達はこの地域で起こったとされている事件の真相を探るために動き始めた。

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