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隠蔽物調査隊 殺月魔姫の記録ノート  作者: 龍々
記録2:海より出づるは
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第4話:須磨海岸には

 三瀬川さんに相談することが決定したアタシ達は、その日姉ちゃんが帰ってくるまで部屋で待ち続けた。テレビを見たり他愛のない会話をしたりして過ごし、姉ちゃんが帰ってきたのは夜の9時を回ってからだった。


「ただいまー……」

「おかえり」

「魔姫ごめん、遅れちゃっ……え、その子は?」

「初めましてお姉さんのお姉さん! えっと、ウチは葦舟簸子です」

「葦舟……もしかして千草さんと一緒だった……?」


 葦舟も忘れていたらしいが、どうやら姉ちゃんは葦舟に会ったことがあるらしい。『大禍事件』が起こったあの年、千草の過去などについての調査をする際に聴取を行ったようだ。三瀬川さんともその時に出会ったようで、アタシが知らなかっただけでこの人達は全員一度会ったことがあった。


「どうしたの魔姫? 何で簸子ちゃんが……」

「アタシの能力、調べたいんだって」

「魔姫の?」

「は、はい! ウチ、色々儀式とか出来るんじゃけど、お姉さんの力も再現出来るようになりたいんです!」


 アタシの能力を再現するための儀式を完成させる。これは葦舟をこの家に住まわせるためにアタシと葦舟が二人で考えた理由だった。正直嘘が下手な自分で姉ちゃんを騙せるだろうかと不安ではあったが、他にもっともらしい理由をでっちあげられなかった。


「じゃけぇ、ウチをここに泊めてください!」

「あたしは別にいいんだけど、魔姫は……」

「アタシも別にいい」

「え? 本当にいいの魔姫?」

「……何?」

「いや、魔姫がいいならいいけど……」


 やはり怪しまれているようだった。姉ちゃんはアタシがどんな性格なのかをよく知っている。自分でもあまり知らない人間には心を許さない方だとは分かっている。だが、きっと他人から見ればそれ以上にアタシは人見知りに見えるのだろう。それが何の見返りもなく葦舟の事情を受け入れているというのは、やはりおかしく見えてしまうかもしれない。

 姉ちゃんは少し訝し気な表情をしていたが、それ以上探りを入れるようなことはしなかった。葦舟がしばらくここで暮らすことを受け入れると、帰りに買ってきたという総菜を机の上に並べて夕食の準備を始めた。


「とりあえずご飯にしよっか。簸子ちゃんが来てるなら他にも買ってきたんだけど……」

「いえいえお構いなく! ウチ、小食なんで!」

「それ、得意げに話すことなの?」


 こうして葦舟と共に暮らすことになったアタシ達はいつもより狭い部屋で一夜を過ごし、翌日には一緒に朝食を食べることになっていた。今まで引き篭もって修学旅行にも行かなかったアタシにとって、部屋に大して親しくもない人間が居て共同生活しているというのは、自分で受け入れた事とはいえ少し不思議な感覚だった。

 朝食を終えた後、今日も仕事があるという姉ちゃんを見送ると、早速三瀬川さんの所へと電話を掛けた。


「もしもし、こちら霊魂相談事務所」

「あ、三瀬川さん。おはようございます」

「あ~魔姫ちゃん! おはよう。もう来るの?」

「はい。土日で休みですし……あの、三瀬川さん達が良ければ、ですけど」

「うんうん、大丈夫だよ。じゃあ事務所開けておくから、来たら中入っていいからね。あ、『closed』って看板出してるけど、気にしないでいいから」


 どうやら三瀬川さんはこちらに気を遣って、本来ではまだ事務所を開けていない時間であるにもかかわらず、わざわざ鍵を開けておいてくれるらしい。黄泉川さんはきっといい顔はしないだろうが、ここは彼女の厚意に甘えることにした。


「ご飯まだだったら、そっちも用意しようか?」

「い、いえ! 流石にそれは大丈夫です! もう食べたので!」

「ふふ、そっか。じゃあ待ってるね」


 そう小さく笑うと三瀬川さんは電話を切った。

 今までアタシが生きてきた人生の中で、一番優しい人物は誰だろうかと考えると三瀬川さんかもしれない。姉ちゃんも優しい人だとは思うし、姉ちゃんの相棒のアイツも、まあ気に入らないが悪い奴ではないと思う。だが血縁者でも無い赤の他人である自分にここまで優しくしてくれたのは、あの人くらいだった。アイツや黄泉川さんが気を許しているのも、ああいう人柄だからなのだろう。


「お姉さん、どうでした?」

「もう来ていいって。アンタの方は準備どうなの?」

「ウチはばっちしです! ちゅうても、帰りにちょっと家寄りたいですけど……」

「忘れ物? 昨日言えば良かったのに」

「忘れ物っちゅうより、冷蔵庫ん中んモンですね。帰るんがいつになるか分かりませんし」

「そういうことか……。分かった。帰りにアンタの家にも寄る」


 帰りに葦舟が住んでいる家へと寄ることを約束すると、アタシ達は三瀬川さん達の所に向かうために街へと踏み出した。街はかつての『大禍事件』の影響を受けて大きな被害を受けたが、今ではそんな事があったのが嘘のように復旧していた。しかし人間だけでなく、怪異達もあの事件で大量に巻き込まれて命を落とした。どれだけ街が綺麗に戻っても、心に付けられた傷は未だ癒えていなかった。

 休日ということもあって街中には人が多かったが、霊魂相談事務所が入っているビルの周りは人通りが少なかった。このビルは雑居ビルであり、他にも様々な会社が入っている。そのため他の会社が開いていないこの時間帯はまだ利用する人が少ないのだ。そんなビルの三階に彼女達の小さな事務所は入っている。


「賽お姉さん、こうなとこでお仕事しとってんですねぇ」

「前に会った時はここじゃなかったの?」

「はい。前はJSCCOで会ったキリじゃったんですよ」


 事務所の扉に掛けられている小さな『closed』の看板を一瞥し、扉を数回ノックすると、中から三瀬川さんの声が聞こえた。その言葉に甘えるように中に入ると、立っている三瀬川さんが笑顔で出迎えてくれた。黄泉川さんは奥にある仕事用の椅子に腰かけており、幼い見た目からは想像出来ないほど鋭い視線を向けてきた。


「おはよう魔姫ちゃん、簸子ちゃん」

「お、おはようございます」

「おはよーございますお姉さん!」

「お話があるんだったよね。座って待ってて」


 そう言われるとアタシと葦舟は依頼人と話をする時に使われるらしいソファへ座るように促され、その黒いソファへと腰を下ろした。そんな私達に再び笑顔を見せると、三瀬川さんは給湯室へと行ってしまった。それを見てか黄泉川さんはスッと立ち上がり、自分達の反対側のソファへと腰を下ろした。


「おはよう」

「お、おはようございます……」

「おはよーございます!」

「……魔姫」

「な、何ですか?」

「私のこと嫌いなのは分かるけど、そういう露骨に態度に出すの良くないと思う」

「き、嫌いだなんてそんなことは……」


 本当に黄泉川さんのことは嫌いではない。この人がいい人なのは知っている。だがこの人のクールというか、やや高圧的な態度が苦手なのだ。本人にはそのつもりは無いのかもしれないが、自分にはそういう雰囲気が怖くてつい萎縮してしまう。情けない話だが、昔イジメられていた時の感覚が今でも抜け切れていないのかもしれない。本能的に体がすくんでしまう。


「もう縁ちゃん! 魔姫ちゃん怖がらせちゃダメだよ!」

「別にそんなことしないけど」

「縁ちゃんはもっと優しく喋らないとだよ? 難しいのは分かるけど……」

「菖蒲はそんなこと言ってなかったけど」

「菖蒲ちゃんが特別優しいからだよ……」


 菖蒲というのは姉ちゃんの相棒をしているアイツだ。姉ちゃんと共に『大禍事件』を解決した人物であり、事件の黒幕だったアタシの従姉を封印している人物でもある。アイツもきっと本性を見せていないタイプだとは思うが、それでも三瀬川さんが言っているように優しい方なのだろう。

 三瀬川さんは机の上にカップに入れられた紅茶を置くと、黄泉川さんの隣に腰掛けた。


「ごめんね魔姫ちゃん」

「いえ、その……気にしないでください」

「ほら、縁ちゃんも」

「……ごめん」

「あの、本当に黄泉川さんのこと、嫌いな訳じゃありませんから……」

「ん、分かった」

「それで、お話したい事って何かな?」


 紅茶を一口飲んで心を落ち着け、昨日遭った事に付いて二人に説明を始めた。霞ヶ関で起こった新種の怪異発生事件はビニール紐を用いた儀式によるものであり、それによって周囲の運が大きく変動しているかもしれないということ、自分は葦舟に誘われて現場に赴き、そこで実際に現場の状況を目撃していたということ、そして何者かが屋上からその様子を観察しており、誰かが悪意を持って仕組んだ可能性があることなどを全て話した。


「魔姫が学校休んだ理由がそれだった訳ね」

「すみません……」

「……正直、学生なのに勝手にそういう事して休んだことは褒められない。でも、二人のおかげでどうにかなったのは事実なんでしょ」

「ウチの予想が合っとればですけど……」

「ちょっと何でそこで自信無くすの……!」

「とにかく、今回のことは命にも言わないし不問にしとく。それで、私と賽にどうして欲しいの?」

「実は、あの事件を起こした犯人を捜すのを手伝って欲しいんです」

「多分じゃけどそん人、JSCCOに探させちゃまずいと思うんです」


 葦舟はアタシの代わりにJSCCOに頼めない理由を話してくれた。そもそも問題の人物が本当に犯人かどうか分からないというのもあるが、何よりそれがどこの誰で主目的がはっきりしていないというのがある。アタシか葦舟が狙われたのではないかというのは、あくまで自分達の憶測に過ぎない。あの霞ヶ関だけを狙っていたのかも、儀式による運の流入によって霞ヶ関以外を狙ったのかさえも定かではない。こんな状況で下手にJSCCOに伝えて捜査を始められれば、何かの拍子に犯人に気づかれる可能性があるのだ。 


「じゃけぇ、お姉さんにお願いしたんです」

「お願いします三瀬川さん、黄泉川さん。ついで程度でいいので、手伝ってもらえないでしょうか」

「……何かさ、魔姫は勘違いしてるよね」

「え?」

「私達の仕事は、行き場を失ってる魂に場所を与えたり、心霊スポットで憑りつかれたって騒ぐ馬鹿達の相談に乗ることなの」

「縁ちゃん、言い方良くないよ」

「……まあとにかく、そういう荒事になりそうな事件は専門外なの」

「で、でもあの事件の時はお二人も手伝ってくださったって姉が……」

「あれは非常時だったから。ほんとに世界ごと消えるかもしれない状態だったから仕方なくだよ。まあ賽はたまに菖蒲を手伝ってたみたいだけど」

「それは縁ちゃんもそうだったんだし、もう触れない事にしない……?」


 黄泉川さんのスタンスとしては、自分達の専門外の事に首を突っ込むつもりは無いということらしい。三瀬川さんの優しさに甘えてしまっていたが、黄泉川さんの言っていることの方が正しいのは事実だ。相手がどんな理由であの儀式を行ったのかも分からないというのに、命を落とすかもしれない事件の調査を手伝ってくれというのは無茶が過ぎる。


「えっと、魔姫ちゃん。魔姫ちゃんはどうして簸子ちゃんを手伝おうと思ったのかな?」

「え? いえ、何かその……放っておくのはまずいかなと……」

「……はっきり言いなよ魔姫」

「アタシ、怖かったんです。従姉が起こしたあの事件で、沢山亡くなりましたよね、人も怪異も。それでその、こいつ……あ、この子一人で行かせて、それで死なれでもしたらその……やっぱり胸糞悪いというか、気分のいいものじゃないなというか……」

「簸子ちゃんだけじゃなくて、他にも被害が出るかもって思って、行動したんだね?」

「平たく言えば、そうですね……」


 黄泉川さんはこちらに向けていた冷たい視線を閉じると、ふぅっと溜息をついた。


「……分かった。ついででいいなら、協力する」

「え……」

「なに」

「いえ、その……」

「なに」

「断られるかと思って……」

「別にそんなこと言ってないでしょ」

「ごめんね魔姫ちゃん、縁ちゃんあの事件からちょっと神経質になり過ぎちゃってて」

「あんな事件起こってなるなって方が無理でしょ」


 そう言うと黄泉川さんは自分の前に出されていた紅茶を小さな口ですする。


「でもその前に私達もやらないといけない仕事が入ってるから。その後でいい?」

「は、はい!」

「入っとるお仕事って何なんです? ウチ、お手伝いしますよ」

「守秘義務があるから言えない」

「あの、アタシも手伝わせてください。こっちだけ手伝ってもらうなんて、その……筋が通りませんし」

「どうする縁ちゃん?」

「……どうせ賽はいいって言うんでしょ」

「あはは、バレちゃってたか……」


 困ったような笑顔を見せると、三瀬川さんは仕事机の近くなる棚から分厚いファイルを持ち出した。それをこちらに持ってくると机の上に起き、あるページを開いた。


「実は、一つ困ってた依頼があるんだ。私達だけじゃ難しそうな依頼で」

「お二人でもですか?」

「うん。これなんだけどね」


 そう言って彼女が見せてきた資料には『須磨海岸事件』という名前が付けられていた。話によるとこれはJSCCOから協力を要請された依頼らしく、兵庫県神戸市に存在する須磨海岸にて起こったとされている事件について調査して欲しいというものだった。


「この須磨海岸っていうところで殺人事件があったらしくて、それがネットの掲示板で書かれてたみたいなの。でもどれだけ調べても該当する事件があったっていう記録は残ってないみたいで……」

「イタズラではないんですか?」

「もちろん普通に考えるならイタズラだよ? でもその書き込み、凄く不自然で変な感じだったの。緑色の子供がどうとか宇宙人がどうとか、海の家を凄く怖がってたりとか……」

「うーん、宇宙人っちゅうんは、そもそもホンマにおるんですかね?」

「怪異も昔はそう思われてた。でも結局想像だと思われてたものは現実だった。宇宙人も居てもおかしくないとは思う」

「それでこの子供とか宇宙人が幽霊とかの見間違いの可能性を考慮して、私達に依頼が来たの」

「確かに、変ですねこの資料見ただけでも……」


 その資料には実際に掲示板に書き込まれていたという内容が丸写ししてあるのだが、その内容は途中から支離滅裂なものになっていき、正常な精神状態で書いたのかどうかも怪しいものだった。三瀬川さんの言うように見間違いの可能性もあるかもしれない。


「私としては今日から調査を始めようと思ってる。魔姫達はどうするの」

「一応、姉に連絡してからにしておきます。少し待ってください」

「うん。無理にとは言わないから、ダメって言われたらちゃんと教えてね?」


 三瀬川さん達へのお礼でもある調査への協力をするために、アタシは事務所から出て電話を掛け始めた。

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