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「今日はとっても楽しかったですっ。
ありがとうございました」
「いえ、元気な顔が見れて良かったです。
僕の方こそ、付き合ってくれてありがとうございます」
そのために!?
揚羽は大きくした目を向けた。
「もしかして、私を元気付けるために誘ってくださったんですか?」
「いやまぁ、僕が聡子さんの笑顔を見たかっただけなんで……
でもなんか、別の意味で笑いを取った気もするんですけど」
情けなさそうに笑う鷹巨。
これが詐欺なら大したもんだ。
思わず心を掴まれそうになった揚羽は、そうハッとする。
そう、楽しいから笑うのではなく笑うから楽しいのだ、という名言通り。
形から入ると自然とそうなるもので……
演技で楽しんでいた揚羽も、いつしか自然とそうなっていた。
でもそれだけじゃなく。
鷹巨の人柄も遊園地という場所も、揚羽を純粋に楽しくさせていた。
なのにそれが、一連の出来事が、全てシナリオだとしたら……
ヒヤリとする揚羽。
だけど詐欺目的にしては、やはり表の顔を晒しているのが腑に落ちなくて……
さらに忙しい身を考えると、もっとダイレクト攻めるのが自然だった。
にもかかわらず、間抜けなくらいで……
ふと思う。
青ざめてる程度の男性を気遣えるような人間が、人の命に関わるお金を騙し取れるだろうかと。
だけどそんな考えになるのは、すでにこの男に絆されてるような気がして……
まるで、ゆっくりと毒に侵されてるような気がして……
なんだか怖くなった揚羽は、これ以上毒が回る前に決着をつけなきゃと、強行手段に乗り出した。
「あの、今日のお礼に手料理を振る舞いたいんですけど……
食べてもらえませんか?」
「いんですかっ?
いやお礼なんて全然いらないんですけど、手料理はめちゃくちゃ嬉しいです!」
「よかったです。
あ、何が食べたいですかっ?」
「ええと、和食がいいですっ。
あとお肉が好きなんで、生姜焼きとか!」
「生姜焼きっ?
はちょっと、嫌な思い出があって……
味噌炒めとかはどうですか?」
「大好きですっ」
そこから嫌いなものをチェックしたり、さんざん話を盛り上げたところで……
「あ、その時は鷹巨さんのお宅にお邪魔してもいいですか?
うちは親が厳しいので……」
1人暮らしなのは調査済みで、それはボタニカルカフェで本人からも聞いていた。
でも鷹巨は、案の定ハッとした顔を覗かせる。
さぁどうする?
今さら断る?
勤務先を晒せるなら、いつでも引っ越せる賃貸マンションを晒すくらい問題ないはずで。
それを断るのなら詐欺目的に違いないと踏んだのだ。
つまりこの男は、岩瀬鷹巨という実在する人物に成りすましてるだけで。
本当の名前も住処も、別にあるんじゃないかと。
そう、あの久保井仁希のようにね……
となれば、どうにかして発信機や盗聴器等を仕掛けなければならなかったが……
鷹巨の返事は「いいですよ」だった。
本人か……
それならそこで決着をつけるまで。
だけど「楽しみにしています」と続けた鷹巨は、どこか悲しそうな顔をしていた。
◇
「近いうちに作るって……
ターゲットの練習台かよ」
「カップ麺よりマシでしょ?
その約束はまた今度、生姜焼きでも作ってあげるわ」
「……嫌な思い出のクセに?」
「あぁあれ、気にしてたの?
別にただ……
あの男には作りたくなかったから、そう言っただけよ」
揚羽はなんとなく……
倫太郎の大好物を、他では作りたくなかったのだ。
「……ふぅん」
倫太郎はどこか嬉しそうに顔を背けると、出された"豚と茄子の味噌炒め"をバクバクと口に運んだ。
今回の手口は……
その料理のためにわざわざ特別な味噌を注文したが、取って来るのを忘れたという設定で。
優しい鷹巨が車で取りに行ってくれるのを想定し、またはそう仕向け。
その間に下準備や副菜を用意すると偽り、部屋を物色するといったものだ。
そのため下準備や副菜は、最初から完成させていて。
味噌を注文したデパートも、時間稼ぎのため混雑する場所を選んでいた。
そして鷹巨の動向は倫太郎が見張り。
戻って来るまでに通帳やカード等が見つからなくても、超小型隠しカメラを仕込んだり。
鷹巨の携帯充電ケーブルとすり替える、同じ見た目のハッキングケーブルを用意していた。
そこでふいに、むせて咳き込む倫太郎。
「そんながっつかなくても」
「だって旨ぇし」
倫太郎は揚羽の手料理を、毎回とても幸せそうに食べ。
揚羽もそんな倫太郎を見るたび、嬉しくなっていた。
「もぉ、付いてる」
思わず、その口元に伸ばした指が……
触れた瞬間、倫太郎は目を大きくして。
「っ触んなよ」
すぐにその手を押し退けた。
「はあ?
ご飯つぶ取ろうとしただけでしょっ?」
「……つか、ガキ扱いすんなよ」
してないけど、いちいちそんな反応するとこがガキなのよ。
口に出そうになったものの。
倫太郎がまたしゅんとなると思って。
「はいはい」と、揚羽は優しげに微笑んだ。
そんな週末。
田中専務に連れられ、再び久保井が来店した。
「今日は柑愛ちゃんのために、ありがとうございます」
「いやいや、久保井くんのためでもあるんだよ。
柑愛ちゃんみたいな可愛い子に見初められるなんて、男冥利に尽きるじゃないか」
「あら専務、私じゃ役不足だったんですね?」
「いやいやっ、僕だってもちろん男冥利に尽きるよぉ?」
「ほんとですかぁ?
ぽろっと本音が出ちゃった感じですけど」
「おいおい信じてくれよ〜、僕はこんなに揚羽ちゃんの事が好きなのに」
「じゃあ、おねだり聞いてくれますかぁ?」
そう言って揚羽は、2対2同伴の約束に漕ぎ着けた。
久保井に接近するためでもあったが……
同伴にはノルマがあり手当も付くため、協力してくれた柑愛に出来る限り返そうと思ったからだ。
ところが久保井は、そんな見返りを上回る事を言い出した。
「その同伴も楽しみだけど、次は柑愛ちゃんと2人っきりで同伴したいな。
そのためにも、しばらく毎日通おうかな」
まだ指名の少ない柑愛にとって、それはとても嬉しい申し出だったが……
揚羽の手前、困惑してぎこちなく喜んだ。
そう来る……
まさか柑愛をターゲットにする気?
だったら逆に嵌めてあげる。
すかさず揚羽はフォローを装い……
「じゃあさっそく、連絡先を交換しなきゃですね。
あ、ちゃんと名刺も渡してくださいね?
2人っきりになるには、まずは信用第一ですよ?」
そう自分の目的へと誘導すると。
「そうだけど……
僕は小出しにするタイプなんで」
ぐいとその視線をぶつけられ。
腹をくくったにもかかわらず、不可抗力に胸を揺さぶられる。
「だから、明日っから少しずつ明かしていこうかな」
「ははは、久保井くんはなかなかの策士だなぁ」
「でも明日は日曜なので、明後日からお願いしますね」
慌てて揚羽は、そう平静を装った。
そうして2人が店を後にすると。
「あたし、どうすれば……」
柑愛が困った素ぶりで尋ねる。
「気にしないで。
そのまま指名客にしちゃって?
その代わり、名刺と携帯番号が手に入ったら見せてくれない?」
「それは……」
本来はこの業界に限らずご法度だろうが……
「心配しないで?
ちょっと田中専務の事で気になる事があって、確認するだけだから。
もちろん、柑愛ちゃんから聞いた事は漏らさないわ」
「……わかりました」
断られたら買収したり、柑愛の携帯をハッキングして調べたりするところだったが……
揚羽のおかげで役得な状況になった事や、新人という立場から。
頭が上がらなかった柑愛は、了承せずにはいられなかった。
「あともう1つ。
今日話して思ったんだけど。
久保井さんってちょっと危険な感じがするから、惚れちゃダメよ?」
そう、あの男は恐ろしい毒を持ってるから。
その毒はゆっくり全てを蝕んで……
ゆっくりとまた、私の前に戻ってきた。
だけど。
今度はこっちが毒になってやると、揚羽は復讐の炎を燃やすのだった。