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虹色アゲハ  作者: よつば猫
ジャコウアゲハ
8/41

「今日はとっても楽しかったですっ。

ありがとうございました」


「いえ、元気な顔が見れて良かったです。

僕の方こそ、付き合ってくれてありがとうございます」


 そのために!?

揚羽は大きくした目を向けた。


「もしかして、私を元気付けるために誘ってくださったんですか?」


「いやまぁ、僕が聡子さんの笑顔を見たかっただけなんで……

でもなんか、別の意味で笑いを取った気もするんですけど」

情けなさそうに笑う鷹巨。


 これが詐欺なら大したもんだ。

思わず心を掴まれそうになった揚羽は、そうハッとする。


 そう、楽しいから笑うのではなく笑うから楽しいのだ、という名言通り。

形から入ると自然とそうなるもので……

演技で楽しんでいた揚羽も、いつしか自然とそうなっていた。


 でもそれだけじゃなく。

鷹巨の人柄も遊園地という場所も、揚羽を純粋に楽しくさせていた。


 なのにそれが、一連の出来事が、全てシナリオだとしたら……

ヒヤリとする揚羽。


 だけど詐欺目的にしては、やはり表の顔を晒しているのが腑に落ちなくて……

さらに忙しい身を考えると、もっとダイレクト攻めるのが自然だった。


 にもかかわらず、間抜けなくらいで……

ふと思う。

青ざめてる程度の男性を気遣えるような人間が、人の命に関わるお金を騙し取れるだろうかと。


 だけどそんな考えになるのは、すでにこの男に絆されてるような気がして……

まるで、ゆっくりと毒に侵されてるような気がして……

なんだか怖くなった揚羽は、これ以上毒が回る前に決着をつけなきゃと、強行手段に乗り出した。


「あの、今日のお礼に手料理を振る舞いたいんですけど……

食べてもらえませんか?」


「いんですかっ?

いやお礼なんて全然いらないんですけど、手料理はめちゃくちゃ嬉しいです!」


「よかったです。

あ、何が食べたいですかっ?」


「ええと、和食がいいですっ。

あとお肉が好きなんで、生姜焼きとか!」


「生姜焼きっ?

はちょっと、嫌な思い出があって……

味噌炒めとかはどうですか?」


「大好きですっ」


 そこから嫌いなものをチェックしたり、さんざん話を盛り上げたところで……


「あ、その時は鷹巨さんのお宅にお邪魔してもいいですか?

うちは親が厳しいので……」


 1人暮らしなのは調査済みで、それはボタニカルカフェで本人からも聞いていた。

でも鷹巨は、案の定ハッとした顔を覗かせる。


 さぁどうする?

今さら断る?


 勤務先を晒せるなら、いつでも引っ越せる賃貸マンションを晒すくらい問題ないはずで。

それを断るのなら詐欺目的に違いないと踏んだのだ。


 つまりこの男は、岩瀬鷹巨という実在する人物に成りすましてるだけで。

本当の名前も住処も、別にあるんじゃないかと。

そう、あの久保井仁希(結婚詐欺師)のようにね……


 となれば、どうにかして発信機や盗聴器等を仕掛けなければならなかったが……

鷹巨の返事は「いいですよ」だった。


 本人か……

それならそこで決着をつけるまで。


 だけど「楽しみにしています」と続けた鷹巨は、どこか悲しそうな顔をしていた。





「近いうちに作るって……

ターゲット(あいつ)の練習台かよ」


「カップ麺よりマシでしょ?

その約束はまた今度、生姜焼きでも作ってあげるわ」


「……嫌な思い出のクセに?」


「あぁあれ、気にしてたの?

別にただ……

あの男には作りたくなかったから、そう言っただけよ」


 揚羽はなんとなく……

倫太郎の大好物を、他では作りたくなかったのだ。


「……ふぅん」

倫太郎はどこか嬉しそうに顔を背けると、出された"豚と茄子の味噌炒め"をバクバクと口に運んだ。



 今回の手口は……

その料理のためにわざわざ特別な味噌を注文したが、取って来るのを忘れたという設定で。

優しい鷹巨が車で取りに行ってくれるのを想定し、またはそう仕向け。

その間に下準備や副菜を用意すると偽り、部屋を物色するといったものだ。


 そのため下準備や副菜は、最初から完成させていて。

味噌を注文したデパートも、時間稼ぎのため混雑する場所を選んでいた。


 そして鷹巨の動向は倫太郎が見張り。

戻って来るまでに通帳やカード等が見つからなくても、超小型隠しカメラを仕込んだり。

鷹巨の携帯充電ケーブルとすり替える、同じ見た目のハッキングケーブルを用意していた。


 そこでふいに、むせて咳き込む倫太郎。


「そんながっつかなくても」


「だって旨ぇし」


 倫太郎は揚羽の手料理を、毎回とても幸せそうに食べ。

揚羽もそんな倫太郎を見るたび、嬉しくなっていた。


「もぉ、付いてる」

思わず、その口元に伸ばした指が……


 触れた瞬間、倫太郎は目を大きくして。


「っ触んなよ」

すぐにその手を押し退けた。


「はあ?

ご飯つぶ取ろうとしただけでしょっ?」


「……つか、ガキ扱いすんなよ」


 してないけど、いちいちそんな反応するとこがガキなのよ。

口に出そうになったものの。


 倫太郎がまたしゅんとなると思って。

「はいはい」と、揚羽は優しげに微笑んだ。





 そんな週末。

田中専務に連れられ、再び久保井が来店した。


「今日は柑愛ちゃんのために、ありがとうございます」


「いやいや、久保井くんのためでもあるんだよ。

柑愛ちゃんみたいな可愛い子に見初められるなんて、男冥利に尽きるじゃないか」


「あら専務、私じゃ役不足だったんですね?」


「いやいやっ、僕だってもちろん男冥利に尽きるよぉ?」


「ほんとですかぁ?

ぽろっと本音が出ちゃった感じですけど」


「おいおい信じてくれよ〜、僕はこんなに揚羽ちゃんの事が好きなのに」


「じゃあ、おねだり聞いてくれますかぁ?」


 そう言って揚羽は、2対2同伴の約束に漕ぎ着けた。


 久保井に接近するためでもあったが……

同伴にはノルマがあり手当も付くため、協力してくれた柑愛に出来る限り返そうと思ったからだ。


 ところが久保井は、そんな見返りを上回る事を言い出した。


「その同伴も楽しみだけど、次は柑愛ちゃんと2人っきりで同伴したいな。

そのためにも、しばらく毎日通おうかな」


 まだ指名の少ない柑愛にとって、それはとても嬉しい申し出だったが……

揚羽の手前、困惑してぎこちなく喜んだ。


 そう来る……

まさか柑愛をターゲットにする気?

だったら逆に嵌めてあげる。


 すかさず揚羽はフォローを装い……


「じゃあさっそく、連絡先を交換しなきゃですね。

あ、ちゃんと名刺も渡してくださいね?

2人っきりになるには、まずは信用第一ですよ?」

そう自分の目的へと誘導すると。


「そうだけど……

僕は小出しにするタイプなんで」

ぐいとその視線をぶつけられ。


 腹をくくったにもかかわらず、不可抗力に胸を揺さぶられる。


「だから、明日っから少しずつ明かしていこうかな」


「ははは、久保井くんはなかなかの策士だなぁ」


「でも明日は日曜(お休み)なので、明後日からお願いしますね」

慌てて揚羽は、そう平静を装った。




 そうして2人が店を後にすると。


「あたし、どうすれば……」

柑愛が困った素ぶりで尋ねる。


「気にしないで。

そのまま指名客にしちゃって?

その代わり、名刺と携帯番号が手に入ったら見せてくれない?」


「それは……」


 本来はこの業界に限らずご法度だろうが……


「心配しないで?

ちょっと田中専務の事で気になる事があって、確認するだけだから。

もちろん、柑愛ちゃんから聞いた事は漏らさないわ」


「……わかりました」


 断られたら買収したり、柑愛の携帯をハッキングして調べたりするところだったが……


 揚羽のおかげで役得な状況になった事や、新人という立場から。

頭が上がらなかった柑愛は、了承せずにはいられなかった。


「あともう1つ。

今日話して思ったんだけど。

久保井さんってちょっと危険な感じがするから、惚れちゃダメよ?」


 そう、あの男は恐ろしい毒を持ってるから。

その毒はゆっくり全てを蝕んで……

ゆっくりとまた、私の前に戻ってきた。


 だけど。

今度はこっちが毒になってやると、揚羽は復讐の炎を燃やすのだった。





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