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虹色アゲハ  作者: よつば猫
ジャコウアゲハ
7/41

「あれ、聡子さん?」

その呼び名と呼び声で。


 涙と酔いが一気に引いて、まずいと焦る。

揚羽は夜の仕事といわんばかりのドレス姿で、聡子とは正反対の派手なメイクをしていたからだ。


 どうしようと、頭を大急ぎで回転させながら……

ゆっくりと声の主に視線を向けた。


「鷹巨さんっ……

どうして、ここに?」


「僕は接待が長引いて、今お見送りしたとこです。

聡子さんは……

大丈夫ですか?」

泣いていたのを目にしてか、心配そうに問いかける。


「……はい。

実は、夜の仕事の友達に頼まれて、今日だけ手伝ってたんですが……

駄目ですね、私。

せっかくこんなに綺麗にしてもらったのに、何の役にも立てなくて……」

再びぼろっと涙を零した。


 すると鷹巨は、揚羽の隣に腰を下ろして……

おもむろにそっと抱きしめた。


「泣いてください。

僕がこうやって隠しとくんで……

でも1つだけ。

僕はこんな素敵な人が隣にいたら、それだけで。

たとえ会話が弾まなくても、どんなミスがあったとしても。

来たよかったなぁって思います」

そう言って、揚羽の頭を優しく撫でた。


 さすが詐欺師……

上手く懐に入り込んできた。

私の話が事実だったら、このフォローはさぞかし嬉しかっただろう。

そう思いながらも、今の揚羽には有り難い温もりだった。


 嘘でいい、嘘がいい。

どうせ全てのものが、いつどうなるか分からない幻なんだから……


 しかもこのまま甘えれば、こっちも懐に入るのに好都合だと。

揚羽はその胸を吐け口に利用して、ぎゅっと抱きついて泣き濡れた。



 そんな2人を……

やっぱり心配で様子を見に来た倫太郎は、車から眺め。

何も出来ない自分に胸を痛めながら、悔しさにきつく拳を握りしめていた。




「あの、もう大丈夫です。

ありがとうございました。

おかげで胸のつかえが取れました」


「……なら、良かったです」


 そこで揚羽は気になっていた事を切り出した。


「でも、よく私だと気付きましたね?

自分でも別人みたいだと思っていたのに」


 パッと見で同一人物だと見極めるのは困難で、今まで見破られた事などなかったのだ。


「はい。営業の仕事がらか、相手の特徴を捉えるのが得意なんです」


「すごいですね。

それよりすみません、明日も早くからお仕事ですよね?

なのに私まで帰りを遅くしてしまって……」


「いえ僕は、少しでも聡子さんの役に立てたならそれだけで。

だだ、我儘を言わせてもらうなら……

今度、遊園地デートしてもらえませんか?」


「遊園地っ、ですか?」


 何考えてんの?

多忙なはずなのに、そんな一日中使って……


 表の顔で詐欺をするとは思えなかったが、するならするで回りくどい手口だと怪訝に思う。

何より、揚羽自身が手っ取り早く終わらせたかった。


 だけど……


「はい、喜んで。

楽しみにしています」


 嘘の優しさでも詐欺の手口でも、受け止めてもらった事で気持ちを切り替える事が出来たため。

付き合ってやるかと、誘いに乗る事にして。

そこで一気に距離を縮めようと謀ったのだった。





 次の日。

揚羽は気持ちを新たに、久保井への復讐に乗り出した。


「柑愛ちゃん、昨日席に着いた久保井さんなんだけど。

連絡先とか聞いてる?」


「あぁ、田中専務のお連れさまの……

聞いてないです。

揚羽さんの指名席だったし」


「そっか……

実は私、久保井さんの事すっごくタイプなの。

でも田中専務の手前、連絡先とか聞けないじゃない?

だからね?

柑愛ちゃんが気に入ってる事にして、呼び出してもいい?」


 そうすれば今後は柑愛も指名に出来ると交渉し、シングルマザーで少しでもお金が欲しい柑愛は快く了承した。


 揚羽はすぐに田中専務に連絡を入れると、昨日のお礼とともにその旨を伝えて……

久保井の来店を待ち望んだ。



 倫太郎とバディを組んでしばらく経った頃、当然その名は調べてもらったが……

その時は何の情報も得られなかった。


 でもここで電話番号や何らかの情報が得られれば、そこから何か掴めるはずだと見込んで。

次こそは心を乱さないと、腹をくくったのだった。





 そして日曜。

揚羽はさっそく、鷹巨と遊園地に来ていた。


「聡子さん、次あれ乗りませんっ?」


「えっ、あの落っこちるやつですか?

無理です無理です、死んじゃいますっ」


「大丈夫ですっ。

僕がこうやって、手を繋いどくんで」


 それ何の解決にもならないから!

そう思いながらも。

見るからに怖そうなフリーフォールを前に。

繋がれた手を、思わずぎゅっとする揚羽。


「ふっ、可愛い聡子さん」

優しく笑う鷹巨。


「いえもう、ほんとに。

乗った事がないので、どうなるかわかりませんっ」


「絶叫系、苦手なんですか?」


「まぁ……」

というより、まだ身長的に乗れなかった子供時代にしか来た事がなかったため、単純に未知への恐怖だった。


「でも試しに乗ってみましょう!

意外にスカッとするかもしれないですよっ?」


 揚羽はこの時ほど、詐欺を面倒だと思った事はなかった。



 ところが……


「もうあのスカッと感たまりませんっ。

もう1回乗りませんかっ?」


「あははっ、いいですよ何度でも」


 すっかり虜になってしまう。




 そのあと行ったホラーハウスでは……


「うわあ!ビックリしたっ。

聡子さん、怖くないんですかっ?」


「はい私、ホラー系は平気なんです。

なので、今度は私が手を繋いであげますねっ?」


 本当は怖がって親密度を深めようと謀っていたが……

鷹巨が思いのほか怖がっていたため、方向性を変えたのだった。


「なんか俺、情けなくないですかっ?」


 俺……

怖さで素が出てるし。


「いえ、可愛いです」


「いやそれ嬉しくな、うわっ」


「あはっ、大丈夫ですよ〜」


「それバカにしてませんっ?」


「してないです、素敵です」


 事実、他が完璧すぎるため、ほっとする一面だと思っていた。


「絶対バカに、てうわあ!」


「ふふっ、もうすぐ出口なので頑張りましょうね〜」


 最初はこれも詐欺の手口で、演技かとも思っていたが……

鷹巨の手汗がほんとに怖いのを物語っていた。



「すみません、手ぇ気持ち悪いですよね。

すぐ洗いに行きましょう」


「全然平気ですよ?

座っててください、何か飲み物買って来ますね」



 そうして揚羽は、2人分の飲み物を買って休憩場所に戻ると。

鷹巨がいるはずのテーブル席には、知らない家族連れが座っていた。


「聡子さん、こっちです!」

鷹巨は近くのアトラクション前にいて、揚羽に気付くとそう手をあげた。


「すいませんっ。

あの家族連れのお父さんが、僕より青ざめてる感じだったんで譲っちゃいました。

すいません、聡子さんまで立たせちゃう事になって……」


「ふふっ。

私は全然構いませんよ?」

揚羽は素で吹きだした。


 お姫様扱いすべきターゲットに不便をかけてまで、なんの得にもならない男性を気遣うなんて……

そこはせめて「あの子供が」と嘘をついて、子供好きアピールからの結婚願望をほのめかす所じゃないの?

と、優しくて間抜けな結婚詐欺師を微笑ましく思ったのだ。

もっとも、表の顔で詐欺をするつもりならばの話だが……


 とはいえ、詐欺でないなら何なのだろう?と怪訝に思う。

コーヒーかけられて一目惚れしたとも思えないし……


「それにしても、聡子さんがホラー系平気だとは意外でした」


「ふふ、子供の頃は怖かったんですけどね」


 ホラーハウスで泣きじゃくって、父親に抱っこされて脱出したのを思い出す。


 するとふいに、鷹巨から優しく頭を撫でられる。


「え……何ですか?」


「すみません。

なんだか一瞬、泣きそうな顔に見えて……」


 相手の特徴を捉えるのが得意というだけあって、人の表情を逃さない男だ。

揚羽はきゅっと胸を掴まれながらも、油断ならないと気を引き締める。


「鷹巨さん、さっきから謝ってばっかりですね?

私なら大丈夫ですよ」


 そうきっと、人は絶望を味わうと強くなるのだろう……


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