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虹色アゲハ  作者: よつば猫
クロアゲハ
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 ホッとしたような、ガッカリしたような……

そしてその匂いとともに甦ってきた、あの頃の気持ちに翻弄されて……

揚羽は浮かない気分になっていた。


「大丈夫ですか?

まだ調子悪そうですが…」


「いえもう、大丈夫です。

ご心配おかけしました」


「なら良かったです。

あ、あの花好きなんですか?

さっき立ち止まって眺めてたから」


「あぁ、はい。

だから、た……鷹巨さんがこういった所に連れて来てくれて、本当に嬉しかったんです」

恥じらう素ぶりで、下の名前を口にする。


「ほんとですかっ?

じゃあ良かったら、また一緒に来てもらえませんか?」


「もちろんですっ、嬉しいです」



 なんとか次回に繋がり、ホッとしながらカフェを出ると。

家まで送るという鷹巨に、建前上遠慮の素振りは見せたものの。

揚羽は素直に受け入れた。


 住居が分かれば、ターゲットは警戒を緩めたり、安心して油断したりするからだ。

さらにそうやって先手を打てば、発信機等を仕掛けられのも防げる。



「今日はありがとうございました。

お気をつけて」


「僕こそご馳走さまでした。

また連絡します」


 そうして揚羽は、会釈をしてマンションに入ると……

勝手口から駐車場を抜けて、裏道に止まっているタクシーに乗り込んだ。

護身用のGPSにより、倫太郎が手配したものだ。


 それから別のマンションに着くと、また同じように勝手口から裏道へと抜けて、ようやく自宅のマンションに入るのだった。



 倫太郎は発信機でそれを確認すると、連絡を待ちながらカップ麺を食べて……

今日はないかと風呂に入った。


 出たあと、半裸のまま髪をわしゃわしゃ拭きながらリビングに入ると。


「相変わらずいい身体」


「うっわ!なんだよオマエっ。

なんでいんだよっ」

帰ったはずの揚羽に、突然声かけられて動揺する。


「GPS見てなかったの?」


「いやアンタ帰ったじゃん。

24時間見てろってか?」


「あそっか。

それより、今日泊めてくれる?」


「はあっ!?意味わかっ……」

意味がわからないと言いかけて、続きを飲み込む。


「……なんか、あったのか?」


 ボタニカルカフェで揚羽の様子がおかしかったのを、盗聴器を通じて聴いていたからだ。


「……聴いた通りよ。

お腹の調子が悪いから、誰かといた方がいいと思って」


 でも本当は……

浮かない気分を引きずっていて、1人でいると気が滅入ってしまいそうだったからだ。


「ふぅん」

倫太郎はそう相槌すると。

それ以上何も訊かずに、揚羽の隣に腰を下ろした。


「……ねぇ」


 ぼそりと呟く揚羽に、いつになく優しげな顔が向けられる。


「倫太郎は、なんでハッカーになったの?」


「は?

なんだよ急に……

今さら俺に興味でも湧いた?」

渇いた愛想笑いを浮かべて、そう返す倫太郎に。


 訊くんじゃなかったと言わんばかりに、溜息を吐く揚羽。


「ごめん、プライベートな事は訊かない約束だったわね」


 それはバディになった当初、2人で決めた約束だった。

そのため揚羽は、倫太郎の素性を何も知らない。

その生い立ちはもちろん、名前も偽名かもしれないし年齢も嘘かもしれないと。

それでも……


「ビール、付き合う?」

おもむろに立ち上がった倫太郎が、冷蔵庫からそれを取り出す。


「しょうがないわね」


 その誘いは、お腹が悪くないのをお見通しで。

揚羽もまた、本当は付き合ってくれてるのを解っていて。


 そう、何も知らなくても……

揚羽にとって倫太郎は、気を許せる存在だった。


 最初から自分の素性はバレていて。

だからといってどうなるわけでもなく。

だからこそ何の詐称も必要なく。

何の飾りもいらなければ、何の駆け引きも何の気兼ねもいらないからだ。




「シャワー借りるわね。

あ、タオル貸して?ちゃんと洗濯したやつ」


「どれもしてるよ、洗濯くらい」


「料理はしないくせに?」

キッチンに置かれたカップ麺の空容器に視線を向ける。


「別に、プロテイン摂ってるし」


「まったく……

最近作りに来てなかったし、近いうち栄養がつくもの作ってあげる」


 揚羽はたまに、倫太郎に手料理を作ってあげていた。

それは例の、最後にした美人局がきっかけで……




「守れなくてごめん……」

酷く落ち込む倫太郎。


「だから全然大丈夫だし、倫太郎は悪くないから。

むしろ天才ハッカーの力で、こうも身の安全が守られてるワケだし」


「それじゃ守ってる気しねんだよ!

俺はちゃんと、ボディガードで守りたかったのに……」


「もう、駄々こねないでよ」


「ガキ扱いすんなよっ!」


「そうやってムキになるとこがガキなのよ」


 そう言われて、しゅんとなる倫太郎。


 だけどそれが可愛いくて……

揚羽はやれやれといった様子で、感謝の気持ちを口にした。


「あのさ、いつも私の動向を見守ってくれてるけど、それもボディガードになるんじゃないの?

実際、すごく大変な事だと思うし……

だからちゃんと、エネルギーつけなきゃね。

何食べたい?

これでも感謝してるから、好きなもの作ってあげる」


「っ、はっ?

それ食えんの?」

倫太郎は泣きそうな顔で小馬鹿に笑った。


 わかってくれてた事、労ってくれた事に泣きそうだったのだ。


 でもそれだけじゃなく。

両親がネグレクトで、その離婚後どちらからも引き取られず。

幼い頃から親戚中をたらい回しされて来た倫太郎は、問題ばかり起こしてどの家でも煙たがられていたため……

誰かが自分のためだけに料理を作ってくれるが、初めてだったのだ。


「あんた殺されたいの?」


「じゃあ生姜焼きなら死ぬ気で食ってやるよ」

そう憎まれ口を叩きながらも、今度は心底嬉しそうに笑った。




 自分の心には、他に(・・)誰も入れないくせに……

俺の心には、そーやってほんとズカズカ入ってくるよな。

眠れずに、ソファで1人溜息をつく倫太郎。

当分寝ないからと、ベッドは揚羽に譲っていた。


 するとその寝室の方から、苦しそうな声が聞こえた。

すぐに様子を見に行くと、どうやら夢でうなされてるようで……


 倫太郎はベッドの端に腰を下ろすと。

その切れ長の大きな目を切なげに細めて……

そっと髪に触れて、優しく撫でた。


 安心しきっているのか、揚羽は起きる気配もなく……

心地よさそうにまた、スヤスヤと寝息を立てていた。





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