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救急車を呼んだのは、鷹巨だった。
望は警察の事情聴取で……
鷹巨がどこまで話すか分からなかったため、何も供述しなかったが。
鷹巨の自供はこうだった。
聡子というホステスと付き合っていたが、連絡が取れなくなり。
ストーカーしたら、他の男といるのを知り。
その男が邪魔してると思い、奪い返そうとした。
と、それ以外の情報は黙秘していて……
飲み屋にありがちな、色恋営業を本気にしたヤバめの痛客、という見解がなされていた。
ちなみに聡子の連絡先や通信記録等は、仁希の手によってとっくに消されていた。
また、殺意に関しては否定していて。
追いかけて来れないように足を狙ったそうだが……
素人が無難な場所を狙えるわけもなく、大腿動脈の壁にかすってしまい。
倫太郎が激しく動いた事で、内部まで達してしまったようだ。
そのため倫太郎は……
出血性ショックによる昏睡状態で、もう1週間眠り続けていた。
望は、眠る倫太郎の髪を撫でながら……
ー「けど今度こそ、命懸けで守ってやるよ」
「お前のためならいくらでも死んでやるよ」ー
ふと、そんな言葉を思い出し。
「……バカね」と、切なげに呟いた。
本当に守りたかったのは、私じゃないくせに。
その言葉通り、ここまで自分を犠牲にして守ってくれるなんて……
倫太郎の気持ちを知らない望は、色んな思いで胸が締め付けられる。
そして、その人を想っていたから抱いてくれなかったのかと。
切ないながらも合点する。
そんな自分の気持ちと、仁希の目的と、私の感情の……
3人分を1人でずっと抱えてきて、辛かったわよね。
望は瞳を滲ませた。
「……だけど。
今度は私が守ってあげる。
あんたが目覚めるまでずっと」
キュッと涙を拭って、そう気持ちを奮い立たせると。
「でも女に守られるのがシャクなら、早く起きる事ね。
それに、やっと私のお守りから解放されたんだから。
男なら、クソみたいな人生返上してやりなさいよ」
今にも「っせーな」と返ってきそうな寝顔に、そうけしかけた。
それから少しして。
「じゃあ……
今日は行くとこがあるから、また明日ね?」と。
病室を後にした望は……
鷹巨がいる拘置所に向かった。
鷹巨を裏切ったせいで、倫太郎をこんな目に遭わせてしまったと。
この一週間、途方もなく自分を責めてきた望だったが……
しっかりしなきゃと、気持ちが少し落ち着いたため。
ちゃんと鷹巨とも話さなければと思ったのだった。
面会室に現れた鷹巨は、望の姿に目を見開いて……
すぐさま、申し訳なさそうに顔を歪めた。
望もまた、鷹巨を追い詰めたのは自分だと……
似つかわしくない場所で憔悴している姿に、心を痛めて顔を歪めた。
「ごめん……」
先に鷹巨が、泣きそうな声で謝罪を漏らした。
「ううん、私のせいだから。
なのに、色々黙っててくれて……」
「聡子は何も悪くないよ」
「でも私が裏切ったから!」
「違うよ」
被せるように遮ると。
「俺が勝手に勘違いして……」
その言葉を前置きに、真相が語られた。
「あの夜、いつまで待っても聡子は来なくて……
連絡しても繋がらないし、次の日には解約されてたし。
なんかあったんだって、俺心配で心配でっ……
でもマンションしか調べようがなかったから。
そこに車停めて、現れるのを待ってたんだ」
そう、店の名前も源氏名も知らなかったため。
そこで待つのが一番有力だったのだ。
「そしたら、前方の駐車場に入ってくのを見つけて。
だけどボロボロの状態で、ヤバそうな男に引きずられてるように見えたから……
俺てっきり、(組織を)やめれなかったんだと思って。
その事で処分を受けてるんだと思って。
なんとかしなきゃって、後つけたんだ」
望は、そういう事かと……
その時の状態や倫太郎の家がバレてた理由、そして「逃げよう!」という言葉に合点がいく。
「でも中の状況がわからないと、下手に動けないし。
他には相談出来ないし……」
そう、中に複数いた場合、返り討ちにあうだけで。
望が詐欺師のため、警察にも相談出来なかったのだ。
「だからしばらく、仕事の時は興信所も使って見張ってたんだ。
でも出入りはあの彼だけだったし。
聡子は全然出て来なかったから、監禁されてるんだと思って……
どんな事をしても助けなきゃって」
とはいえ。
足を刺す程度では、力量差的に鍵を奪える自信はなく。
たとえ奪えても、仲間を呼ばれる前に助け出すのは困難だと考え。
聡子が出て来るのを待って、今回の事に及んだのだった。
「だけどごめん……
彼は聡子の、大事な人だったんだろ?」
俺なんかより、ずっと……
それはあの時の2人を見れば一目瞭然で。
悲しそうに問いかける鷹巨に、胸を抉られながらも……
望はしっかりと頷いた。
「彼は私にとって、唯一の……
家族みたいな存在なの」
同じく倫太郎にとっても、この上なくそうだった。
互いに怒ったり、本気で心配したり。
気まずくなっても自然と歩み寄って、信頼し合って。
心を許せる、大切なかけがえのない存在だったのだ。
「唯一……」
鷹巨は過去のやり取りや、色んな思いを巡らせて。
「そんな大事な存在に、俺っ……」
苦しげに言葉を詰まらせて、涙ぐむ。
「ううん、私があんな(組織の)嘘ついたからっ……
鷹巨の人生まで狂わせてしまって」
「俺はいいよっ。
むしろ俺のせいで、俺がやめてほしいって頼んだせいで、酷い目にあってると思ってたから……
聡子が無事なら、俺の人生なんかいくらでも狂っていいよ」
その言葉に、ぐわりと涙が込み上げる。
「やめてよっ!
私は鷹巨を裏切ったのよっ?」
「……だとしても、悪意のある裏切りじゃないよ。
だって、手切れ金は返してくれてた」
鷹巨は当時。
男が外出した隙に、聡子が捨て身で返してくれたと思い。
いっそう、人生を棒に振っても助けようと決意したのだった。
「それが何っ!?
悪意があるから、後ろめたいから返したとしたらっ?」
「それでも俺は、聡子を信じてるし。
それで自分がどうなろうと、後悔しないよ」
「どうしてっ……
どうしてそこまで!」
「そんなの決まってるよ。
裏切られてもいいくらい、愛してるから。
だから何度裏切られても、全部嘘でも、信じたいんだよ」
その瞬間、ぶわりと涙が溢れ出し……
鷹巨の言葉が、心に深く深く突き刺さる。
それは、同じ目に遭った望が持てなかった感情で……
そこまで愛してくれたのに!と。
なのに踏みにじる事しか出来なかったと、狂おしいほど罪悪感に襲われる。
そして、愛とは信じられるかどうかではなく。
信じたいという気持ちなのだと、心が洗われるような衝撃を受けていた。
「ごめんなさいっ……
鷹巨とは、もっと早く……
出来る事なら、ずっと昔に出会いたかった」
そしたらきっと、その純真な愛に絆されて……
復讐にも犯罪にも、手を染めなかったはずなのにっ。
そう、罪なんか犯さなければ……
仁希はそれを回収する必要はなく。
倫太郎もこんな目に遭う事はなく。
鷹臣の人生も狂わせずにすんだのにと。
途轍もない後悔が、これ以上ないほど押し寄せる。
「っっ、ありがとう……
聡子にそう思ってもらえるだけで、俺はもう十分だよっ。
……けど、彼の事は本当にごめん。
俺も出来る事なら、状態を代わりたいくらいだけど……
せめて、1日でも早く回復するように祈ってる」
望が、涙ながらに頷くと……
次の言葉を前に。
鷹巨の瞳に溜まっていたものも、ボロリと崩れた。
「最後に、会えてよかった……
さよならっ、聡子。
……どうか、元気で」
どんなに愛していても、もう自分にその資格はないと。
ちゃんと別れを告げる鷹巨。
そして望も……
髪を撫でてくれたその手を。
抱きしめてくれた温もりを。
ぎゅっと胸に仕舞い込み。
「んっ、さようなら……
鷹巨も、どうか元気でっ……」
ポトリポトリと、終止符を落としたのだった。