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「やっぱりあの男、胡散臭すぎ。
表の顔晒してどうする気?
とにかく免許証か保険証をどうにか写メって、さっさと終わらせるわ」
定職に就いている詐欺師は珍しく、それで高収入を得ているケースは極めて稀だ。
でも岩瀬にはその表の顔があるため、本人名義で簡単に大金を借入出来ると考えたのだ。
「つか来るなら連絡しろよ。
終わっても連絡ねぇし、アンタ他の場所に向かってたから、ジム行ってたのに」
「ごめんごめん、お腹空いてて。
ても私がこっちに来てたからって、そんな急いで戻らなくても……
合鍵で勝手に入っとくし」
バディを組んでから、揚羽には護身用にGPSが付けられていて。
倫太郎はいつもその動向を見守っていた。
さらに単独の頃から、揚羽はターゲットとのやり取りを盗聴器で録音していた。
恐喝ネタとして編集したり、詐欺に活用するためだったが……
今では倫太郎が、護衛や調査のために聴いていた。
「つまり連絡する気ねんだな……」
「じゃあ女連れ込んでる時とかダメな時は、そっちが連絡入れてよ」
「……あぁも好きにしろよ」
「なに不貞腐れてんの?」
「とにかく、そいつならキャッシュカードかクレジットカードの情報でもイケそうだし。
こっちでそれ用のウイルスも作っとく」
「さすが天才ハッカー」
でも倫太郎は、浮かない顔をしていた。
◇
後日、岩瀬からの連絡を受けた揚羽は……
最寄り駅と偽った、待ち合わせ場所に来ていた。
早めに来たため。
辺りを見渡すも、それらしき姿は見当たらず。
そこに具合の悪そうな老婦が、ヨタヨタと通りかかった。
「……大丈夫ですか?」
声かけた瞬間。
老婦はその場に倒れ込む。
「うそっ……
どうされました!?
どこか痛いですかっ?」
老婦は「胸が胸が」と呻いて、意識を失い。
揚羽は周りに救急車の手配を頼むと、呼吸を確かめ意識が戻るよう声掛け続けた。
そして救急車の姿を捉えると。
通報者に老婦の状態を伝えて、急用を装いその場から身を隠した。
倫太郎のおかげで身分詐称は完璧なものの。
詐欺師である以上、色々と身元を訊かれるのは厄介だからだ。
あぁこれ、完璧遅刻だわ……
岩瀬はまだ来ていないようだったが、隠れてるうちに待ち合わせ時間は過ぎそうだった。
すぐに遅れる旨を連絡すると……
「急がなくていいんで、気をつけて来て下さい」と、相変わらず優しい言葉をかけられて。
揚羽はひとまず胸を撫で下ろすと。
老婦の無事を祈りながら、救急車が出て行くのを待ち続けた。
「お詫びなのに遅れてしまって、本当にすみませんっ」
「いえ、待ってる時間も楽しかったりするんで、ほんとに気にしないで下さい。
じゃあさっそく行きましょうか」
そうレクサスの助手席にエスコートされる。
車まで完璧ね……
さらに、連れて行かれた場所までも。
「本当に素敵な所ですねっ。
料理もヘルシーで美味しいし、すごく癒されます」
「でしょ?
ガーデンカフェとか、テラスで植物が楽しめるとこは多いけど、今の時期暑いし。
このボタニカルカフェみたいに、店内で植物を楽しめるといいですよね」
「はいもう最高すぎて、なんだか私が接待されてる気分です」
「接待されて下さい。
僕は、気に入った店で一緒に食事してもらえるだけで嬉しいんで」
聞き覚えのあるその営業トークは、揚羽も水商売や詐欺で常用していたが……
この完璧男が言うと、さらに胡散臭く感じてしまう。
と同時に。
ずっとそんな営業トークを聴いてきた倫太郎が、胡散臭いに対して「まんまアンタだろ」と言うのも最もだと。
今さら恥ずかしくなる揚羽。
「……え、僕変な事言いました?」
「いえっ……
ただ岩瀬さんなら、私なんかがご一緒しなくても、お相手はいくらでもいるじゃないかと」
「まさかっ。
こう見えて僕、相手のために色々頑張りすぎちゃう方で。
一緒にいると疲れるって、逆に敬遠されちゃうんです」
それは、作り話だとは思えなかった。
リアルでこうも完璧だとね……
「そんなっ。
私は優しい岩瀬さんとご一緒出来て、すごく癒されてますよっ?
今日だって遅刻で焦ってた時、どれほど救われた事か」
すると岩瀬は、何か考えてる様子で意識が逸れる。
「あの……」
「あ、すみません。
ホッとしてリラックスしちゃいました。
僕も聡子さんといると癒されます」
「そんなふうに言ってくれるのは岩瀬さんだけです。
私はどうも真面目すぎるみたいで、一緒にいても面白くないって敬遠されてきたので」
「全然そんな事ないですよっ?
僕は聡子さんといてドキドキするし。
ってさっきから馴れ馴れしく名前呼びしてすみませんっ」
「いえ構いませんっ、同じ歳ですし」
車の中で年齢を聞かれた際。
本当は揚羽の方が1つ上だったが、親しみやすさを考え同じ歳だと告げていた。
「じゃあ僕の事も、下の名前で呼んでもらえると嬉しいです」
距離詰めてくるわね……
まさか表の顔で詐欺する気?
「そんなっ、いいんですか?
じゃあ……」
その時、テラスへの扉が開けられて……
風に乗って、甘い香りがふわりと漂う。
この匂い!
揚羽の胸に、劈くような痛みが走る。
それは懐かしくて残酷な、愛憎の匂い。
そう、揚羽を絶望に陥れたあの少年の匂いだった。
うそ……
あの男がここにいる!
瞬時に緊張感が押し寄せて、鼓動が激しくなる。
どこにっ……
揚羽が周囲に気を張り巡らせた時。
「……聡子さん?
聡子さん、大丈夫ですかっ?」
「あ、すみませんっ。
ちょっとお腹の調子が……
お手洗いに行ってきますね」
そう取り繕って。
そこへ向かいながら、周囲に探りを入れていると……
ひときわ強く、甘い匂いに包まれる。
だけど、付近は女性客で……
ふと、その場にたくさん飾られたライラックのような花に気が止まる。
もしかしてこの花の匂い?
嗅いでみると、まさしくその通りで。
ネームプレートには"ブッドレア"と記載されていた。