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虹色アゲハ  作者: よつば猫
シロオビアゲハ
39/41

 仁希とのやり取りを浮かべて、言わない方がいい内容を避けながら……

続きを話す倫太郎。


「つまり新しい人生に、普通の人生に、踏み出せんのは、全部仁希さんのおかげだし。

俺はいつ死んでもいい、人生だったから。

必要としてくれた、仁希さんのために、使っただけだし。

けどそのせいで、俺まで裏切ってて……

ごめん」


「ううんっ、倫太郎ならいいのっ」


 それは裏切られてもいいくらい特別な存在だという意味だったが……

倫太郎は、ダメージにもならない存在なのかと苦笑う。

ところが。


「だからお願いっ、もう離して!

話はわかったからっ……

そんな事もういいからっ!」


 望にとって何より重要な事のはずなのに、"そんな事"と自分を優先されて……

泣きそうになる倫太郎。


「っ、あと少しだから、聞けよ……」




「望の様子は?」


 仁希は罪の回収に合わせて、盗聴器も回収していた。


「まぁだいぶマシにはなったけど、また落ち込み始めたし……

俺じゃムリかも」


「俺じゃ無理って……

まだモノにしてないんだ?」


 仁希はヘタレだと挑発しながらも、枷の一つを外そうと。

倫太郎の代わりに守っていた女が結婚する事を告げると。


「……そっか」と肩の荷が下りる倫太郎。


「俺も目的を果たしたし、お互い任務完了だな。

だからもう、望に手を出すのも自由だ」


「はっ?

アイツの気持ち考えろよっ」


「それなら大丈夫だ」


「わけねぇだろ!

どんだけ傷ついてたと思ってんだよっ。

部屋なんかメチャクチャで、生きる気力なくしてたし。

メシだって食えなかったし、ヤケになってるし」


 すると仁希は思わず固まって。

「そんなにっ?」と吹き出した。


「……やめろよ。

ほんとは誰より傷ついてるくせに」


 その途端、仁希の感情が溢れ出す。


 ずっと仁希の本音と接してきた倫太郎は、それを見抜く事ができ。

仁希も、そんな唯一本音でぶつかれる存在だからこそ、感情のたがが外れてしまったのだ。


「ふっ……くっっ………」

必死に口元も抑えるも。


 望ごめん、ほんとにごめんっ……

望は俺に、生きる希望をくれたのに。

あんなも幸せをくれたのにっ。

俺は最初から最後まで傷つける事しか出来なくて、ごめんっ。

ごめんっっ……


 心の叫びに併せて、あの夜と同じようにポタポタと涙が落ちる。


 そう、望の過ごした最後の夜も……

これで最後だなんて受け入れられなくて。

いっそこのまま一緒に死んでしまいたいくらい、離れたくなくて。

そして、今からまた裏切る事に。

また傷つけて苦しめる事に。

泣きながら抱いて、泣きながら回収作業にあたっていたのだ。


「……そんなに辛ぇなら、なんとか望も連れてけよ」


 だけど仁希は固い意志を示すように、首を横に振った。


「いいんだ、俺は……

望の罪と一緒に生きれるなら。

望のために生きれるなら」

そして、望の役に立って死ねるなら。


 実は倫太郎にも話してなかったが……

仁希の若さで、しかも旅行者でない日本人が海外で透析を受けるのは珍しいため。

やはり足がつく可能性が高く。


 そのうえ10年以上透析を受けてる仁希は、予後が世界一といわれる日本ですら、合併症でいつ命を落とすかわからない状態だったのだ。


 そのため、どうせなら腎移植を受けようと思い切ったのだが……

さすがに成りすましでは不可能なため、闇ルートで受けるしかなく。


 成功すれば、ようやく自由が手に入るが……

危険な闇移植でその可能性は、奇跡に等しかったのだ。


「オマエがよくたって望はよくねぇだろ。

言ってたよな?アイツの幸せは愛情だって。

だったらどんな状況でも、オマエといる事が幸せなんじゃねぇのか?」


「お前ってほんと……

自分は二の次で、せっかくのチャンスを放棄するんだな」


「別に俺は……

アイツが幸せならそれでいいし」

そう言いながらも、胸を痛める倫太郎。


「……馬鹿だな。

けど、お前がそう言ってくれるなら……

連れてくのは無理でも、後から呼ぶ方向で考えてみるよ。

とりあえず、無事に着いたら(・・・・・・・)連絡する」


 実際、天才ハッカーの仁希にとって、海外逃亡自体は難しい事ではなかった。

だけど倫太郎が引き下がらないと思い、その前提つきで了承すると。


「でももし連絡がなかったら、その時は……

望の事、頼むな?」


「縁起でもねぇ事ゆうなよ。

絶対、死んでも逃げ切れよ」


「はは、死んだら逃げれないだろ。

まぁとにかく……

今までありがとな、倫太郎」


 望以外どうでもよかった俺だけど、お前の事だけは特別だったよ。

だから望、どうか倫太郎と幸せに……


 そんな思いで立ち去る仁希に。

「連絡待ってるからな!」と、倫太郎は駄目押ししながら……


 願うしかない、2人の悲しい現状と。

自ら選んだ報われない想いに……

遣り切れない気持ちで、その姿を見送ったのだった。




「仁希さんは、勝負のために、いろいろ話、盛ったと思うけど……

今ごろ、海外のどっかで、上手くやってるよ。

でももう日本には、戻んねぇから、その前に……

過去にケリ、つけたくて、アンタの罪、消したんだ」


 望が責任や負担を感じないよう、そう伝えた倫太郎だったが……

仁希自身も、同じ理由で手を打っていた。


 そう、あの最後の夜。

本音や真実は、後々信じないように視線を外し。

嘘や信じさせたい事、そして勝負に関わる時だけ目を合わせていたのだ。


 他にも……

真実を信じないように、わざと怯んだりためらったり、注射器をその場に捨てたり。

嘘を信じさせるために、露呈するネックレスと、すり替えるカメラ入りネックレスを用意したり。


 そこまで徹底して詐欺師に扮したのは。

憎まれ役で終わろうとしたとは。

自分が死ぬと確信していたからだろうか……

あのあと、仁希からの連絡はないままだった。


 そのため倫太郎は、望がショックを受けないように。

そして仁希を待ち続けないように、そう伝えるしかなかったのだ。


「あと、同じ理由(過去のケリ)で、アンタの遺産も、預かってる」


 それは、あの時組織に奪われたため。

仁希が立て替えたもので……

いつか適当な理由で返してほしいと頼まれていたのだ。


 倫太郎はそれを収めた金庫を指差し、暗証番号を伝えると。


「だからアンタは、仁希さんのケリに、報いるためにも、幸せんなれよ?」


 だんだん意識まで朦朧としながらも……

感覚が無くなってきた手で、必死に望の手首を掴む。


「嫌っ……

嫌よお願いっっ」

呼吸が浅くなってる状態に、激しい焦燥感で気が動転する望。


「だったらずっと側にいてよっ!」


「……アンタもはもう、だいじょぶだよ。

ちゃんと、立ち直って、新しい人生、向かってる。

それとも、俺の慰めじゃ、ダメだったか?」


「ううんっ、倫太郎のおかげよっ?

だからっ、」

「よかった」

望の言葉を遮ると。


「仁希さんとの、約束果たせて……

これでやっと、楽んなれる。

アンタの、お守りから」

そう突き放して、心で続ける。


 どんなに想っても、決して手に入らない苦しみから……

人の女にいだく、この狂いそうな想いから……


 そう、倫太郎にとって望は……

一時的に鷹巨のものになったものの、ずっと仁希の女という位置づけで。


 仁希の気持ちを考えると。

望の気持ちを考えると。

さらには、仁希の生存の可能性を考えると……

どうしても、望を抱くわけにはいかなかったのだ。


 万が一、仁希と望が一緒に生きれる日が来た時。

もしくは、こんなふうに真実を知った時。

自分とそんな関係になった事を、望に後悔させたくなかったのだ。


 もちろん自分の気持ちも……

望の負担にならないように、伝える気などなかった。

いなくなるかもしれない状況なら、尚更。


「だったら今度は私が守るからっ!」


「泣くなよ」

俺なんかの事で……


「いつ死んでも、いい人生、つったろ?

やっと楽んなれて、せいせいするよ」

最後に、望が責任を感じないようにそう言うと。


「ほんと、クソみたいな、人生だったけど……」

望の顔に、震える手を伸ばしながら。


 アンタと過ごした時間は、幸せだったよ……

そう続く言葉を、微かな笑みで飲み込んで。


 親指が、拭おうとした涙に触れた瞬間。

その手がぼとりと床に落ちた。


「いやだ倫太郎……

ねぇ起きてよ倫太郎っ……

ねぇお願いっ、起きて倫太郎っ!

1人にしないで!!」




 マンションの外では、救急車のサイレンが鳴り響いていた。



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