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「仁希さんは、アンタが出来るだけ危険な橋を渡んなくていいように……
俺を隠れ蓑にして、その天才ハッカーの力で守ってきたんだ。
もちろんボディガードも詐欺の片棒も、ずっと動向を見守ってたのも、全部仁希さんの指示だし。
俺はそれに従ってただけなんだ」
そう、初めはそうだった……
自分の女を守ってもらうためなのは、さる事ながら。
仁希が初めて自分を必要としてくれた存在だったため、必死に役目を果たそうとしていたのだ。
だけどいつしか……
同じく自分を必要として、頼ってくれて。
理解してくれて心配してくれて心を許してくれた望を、愛してしまったのだった。
「それから……
ようやく手筈が整った仁希さんは、アンタの指名客に近づいたんだ。
当然、店で再会したのは偶然じゃない」
確かに望も、偶然だと思えないふしはあった。
なぜなら2人が出会ったのは他県で、飲み屋も星の数ほどあるからだ。
とはいえ望自身が、身バレを防ぐために転々としていたため。
他の都道府県で会っても、そんなに不思議ではなく。
なにより、ずっとそんな日を待ち望んでいたため。
ついにこの日が、といった気持ちの方が強かったのだ。
*
*
*
「マジで聞いてねぇし」
仁希が店に来ていた事を望から聞かされて、怒る倫太郎。
「悪い悪い、サプライズしようかなって」
「ふざけんなよ、危うくアイツの前で口滑らすとこだったし」
ー「はあ!?聞いてねぇしっ」
「そりゃ、言ってないからね」ー
「いや、ちょっと滑らしてただろ。
頼むから、望の名前だけは口滑らすなよ?」
「わかってるって、アンタの切り札なんだろ?
つか滑らせたくねぇなら、なんで接触した事黙ってたんだよ」
「そりゃ、言ったらお前反対するだろ?」
いつしか2人は信頼しあう仲になっていて……
仁希は倫太郎に、過去の経緯を打ち明けていた。
「ったり前だろ。
アイツがどんだけショック受けてたと思ってんだよ」
「……知ってるよ」
再会した日の様子は、倫太郎の部屋の盗聴器で知っていて。
殺したいほど憎まれていた事に、当然だと思いながらも。
仁希もまた、酷くショックを受けていたのだ。
「だったらなんでまだ関わってんだよ。
組織にバレたらどーすんだよ。
一緒に生きるつもりがないなら、中途半端な事して傷つけんなよっ」
天才ハッカーの仁希は……
言うまでもなく、組織の重大な情報も管理していたため。
組織は仁希を絶対に手放すわけにはいかず、必死にその弱点を握ろうとしていたのだ。
「お前ってほんと……」
思わず仁希は苦笑う。
「そんなに望が大事か?」
「はっ?
別に、バディだから当然だろ」
「バディね……
お前は俺が買った俺のバディでもあるのに、すっかり望専用のバディになってるし」
仁希はある時から自分と倫太郎を、最強の頭脳と最強の強さで望を守る、最凶バディだと称していた。
「どこがだよ、オマエの指示通りやってんだろ」
「だったら、今から言う事もそうしてくれよ?
そろそろ俺の目的を話すから」
そう明かされた、罪の回収という目的とその計画は……
望の罪を全て奪って、詐欺の元締めを装い自分の罪にするといった内容で。
データや情報の改ざんをしたり、関係者を全員洗って……
望の事が漏れないように立ち回ったり、矛先が自分に向くように仕組んだり、場合によっては口封じも考えていた。
でもそれらを実行するには、組織に望の事がバレないよう裏工作する必要があったのだ。
というのも仁希は、発案当時も義父の元に身を置いていたため。
何度も他県に赴くなど、不審な行動を取れば……
逃亡の前科もある事から、厳重な監視が付けられる。
そこで元締めらしく、複数の女詐欺師を抱き込もうと考え。
携帯名義の女もその1人だったのだ。
そうして……
付き合った女詐欺師を食い物にして、味をしめたのを装い。
同様の手口で、全国の女詐欺師を付け狙い。
それで得た利益の一部を上納すると。
それを数年繰り返し……
組織の疑いが弱まったところで、ようやく望への計画に着手したのだった。
それでも不意打ちで監視が入るため、油断は出来ず。
柑愛を隠れ蓑としても利用したのだが……
勝負という回収方法に、不満をぶつける倫太郎。
「そんなやり方で回収するくらいなら、誤解といて足洗わせろよ!」
「たとえ足を洗っても!
手を汚してる罪までは洗えない。
情報は操作出来るし揉み消せるけど、被害者の憎しみは操作出来るもんじゃないし消せないんだ。
だから誰かが背負わなきゃいけないし、俺のせいだから俺が背負わなきゃいけないんだよっ」
「だからって!
そんな事したらもっとアイツを追い詰めんだろっ。
人に罪押し付けるくらいなら、自首した方がずっとマシだって思うに決まってる」
「じゃあお前は、自分のせいで望が犯罪者になったとしても。
罪を犯したのは望なんだから、不幸になっても自業自得だって思えるのか?」
そう言われて、何も言えなくなる倫太郎。
「お前に言われなくたって、望がそう思う事くらいわかってる。
だから、そう思わせずに奪うんだろ?
望が幸せになるためなら、俺はどんな罪にも手を染めるし。
いくらでも(望から)憎まれていいよ」
俺だってそうだけど……
その気持ちには共感しながらも。
「それであいつが幸せになんのかよ」
「あの女詐欺師(毒女)に言ってた言葉、聞いてただろ?」
ー「一生組織に飼い殺しされるよりマシよ?
お金なんてまた稼げばいいし、それで解決するならラッキーなんだから」ー
「少なくとも、俺と生き地獄に行くよりは幸せになれるよ」
確かに倫太郎も、望をそんな目に遭わせたくなかったし。
これ以上罪も重ねてほしくなかった。
「けどそれじゃ別の(裏切られた)ショックが……」
「だとしても、今の望にはお前がいる。
そのショックを慰めるのが、最後の指令だ」
「最後?」
その言葉が引っかかるも。
「罪さえ回収すれば、アイツの事はもういいのか?」
「……そうだな。
そしたら俺も肩の荷が下りるし、お前も自由だ」
「ふざけんなよっ。
アイツが幸せになるまで見守んなくていいのかよっ」
「残酷な事言うんだな」
もっともな指摘に、再び言葉を無くす倫太郎。
「そういう訳だから。
目的を達成したら、あとはお前の好きにすればいい。
俺は回収とその処理が終わったら、望ともお前とも一生関わらないから」
「一生って……
オマエまさかっ」
最後という言葉と合わさって、嫌な勘が働くが。
「もう行くよ。
今組織に怪しまれたら元も子もないし」
倫太郎の言葉を遮って、席を立つ仁希。
といっても、その理由は本当で。
組織の目を盗んで会っているため、長居は出来ないのだ。
「おい待てよっ」
「じゃあ頼んだぞ。
納得いかないからって、足だけは引っ張るなよ?」
*
*
*
「全部、勝負をふっかけるためで……」
柑愛を利用したのも、隠れ蓑のためだけじゃなく。
勝負に持ち込むためには、結婚詐欺を装う必要があったからで。
なかなか連絡先を教えなかったのは、柑愛を惚れさせるまでの時間稼ぎだったのだ。
さらにはその結婚詐欺を知らせるために……
田中の会社のシステムを狂わせて、来店を妨害し。
揚羽が柑愛の携帯をハッキングするよう仕向けたのだった。
「勝負をふっかけたのは、組織の目を欺くためでも、あったけど……
1番の狙いは、約束を取り付けるためだったんだ。
アンタの性格なら、足洗うしかなくなるだろって。
もうその前には洗ってたけど、2度と(詐欺師に)戻れなくなんだろ?
恨みっこなしなら、復讐も出来なくなるし。
勝負で負けたんなら、する気も失せんだろうし。
そんで全部奪ったのは、犯罪の痕跡を、微塵も残さないためで……
だから飲み屋の金は、約束に合わせて回収したけど、俺経由で返したんだ」
倫太郎は、そう真相を打ち明けたものの。
当然、仁希が罪を被った事までは言わなかった。
柑愛や田中の話もそうだが……
望が責任や負担を感じる内容や、仁希が批判される内容は、墓場まで持って行こうと決めたのだ。