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その夜。
「ねぇ倫太郎、今日から一緒に寝ない?」
ゴフッと、風呂上がりのビールをむせる倫太郎。
「はあっ?
俺はソファの方がいいっつっただろっ」
だから最近はずっとソファで寝ている、といった理由で望にベッドを譲っていたわけだが……
「そんなの私を気遣って言っただけでしょ?
ここに来た時、携帯の充電器は寝室にあったわよ?」
最初から気付いてはいたものの。
倫太郎の事だから代わってくれないと思い、素直に甘えていたのだ。
「っせーな、いいからオマエがベッド使えよ」
「よくないわよ。
何でもしてくれるんでしょ?
だったら一緒に眠ってよ」
そう、今ならそれを口実に聞いてもらえると思ったのだ。
「オマエっ……
あぁも、だったら離れて寝ろよっ?」
「……シングルでどう離れるのよ」
そうして、その時を迎えると。
「望、寒くないか?」
優しく布団をかける倫太郎。
「大丈夫。
……ねぇ、この前からなんで本名呼ぶの?
今まで一度も呼ばなかったくせに」
「それは……
もう足洗ったから、呼んでいいかなって。
……イヤか?」
「ううん……
ねぇやっぱり寒いから、抱きしめてくれない?」
「はっ?
ったく、仕方ねぇな」
そんな理由じゃ断るわけにもいかず。
なにより、やたらと甘える望が可愛くて。
そして、そんなに弱ってるのかと心配で。
「腕枕でいいか?」
そう腕を伸ばすと。
頷いて、少し身体を起こした望は……
そのまま倫太郎に口づけた。
すると瞬時に、望の視界が反転して。
抑え切れなくなった倫太郎から、またもや唇を奪われる。
「ふっ……
んっ、ん……んんっ……」
押し倒されたような状況と体勢の相乗効果で、いっそう感じて嬌声を漏らす望。
歯止めが効かなくなりそうだった倫太郎は……
「声我慢しろよ……耳障りっ?」
「はあっ?
あんたみたいな失礼ヤツ初めてなんだけど。
よくそれで大事とか言えるわね」
「っせーな……
じゃあしなきゃいいだろ」
「っ、するわよ。
我慢すればいんでしょっ?」
ムカつきながらも、倫太郎とキスしたい気持ちが勝ってしまう。
「……声出したらやめるからな」
そう突き放すも。
そのキスは相変わらず愛しげで……
もどかしそうに唇を絡ませては、苦しそうに荒い吐息を漏らしていた。
望は何度も襲ってくる甘い波を我慢して、ぎゅうっとシーツを掴むと。
その手に倫太郎の指が絡んで、堪らず「ふっ……」と声を漏らしてしまう。
「っっ……
終わりなっ?寝るぞ」
約束通りサクッと切り上げる倫太郎に。
今は弱ってるからキスしてくれるだけで、やっぱり自分はそういう対象じゃないんだと、落ち込む望。
その証拠に。
倫太郎のキスは唇を絡めるだけで、決して舌を入れようとしなかった。
望が入れようとしても、上手くかわされていたのだ。
とはいえ、それからも2人は度々キスを繰り返した。
だけど数日後。
「ねぇなんで舌入れてくれないのっ?
いつもそう?」
いいかげん焦れったくて、ほんとは身体も上書きして欲しくて、思い切って尋ねると。
「まぁ……潔癖だから?」
「またそれ?」
「っせーな、これでも大事にしてんだよ」
「えっ……
それで手を出さなかったの?」
思わず胸が騒めくも。
「あぁも知らねぇよっ」
「なんなのよ……
じゃあ次する時は入れてよ。
何でもしてくれるんでしょ?」
「はあっ?
どんだけそれに付け入る気だよ……
ったく、これで最後だからなっ?」
でもその約束のせいか、それからキスを避けるようになった倫太郎に……
望はますます落ち込んでいった。
そんなある日。
用事があると言って出掛けた倫太郎。
「まだモノにしてないんだ?
お前ヘタレだな〜」
「ふざけんなよ!
望はオマエの事っ、」
「ふざけてないよ」
強い目と重い口調でそう制す。
「そうだ、お前の女だけど。
この前結婚が決まったよ」
「え……
……そっか。
つかもう俺のオンナじゃねぇし」
それから、話を終えた倫太郎は……
遣り切れない気持ちで帰宅すると。
いい匂いがして、キッチンに急いだ。
「あ、おかえり。
待ってる間落ち着かなかったから、冷蔵庫のもの使わせてもらったわよ?」
家族のように出迎えられた事もそうだが……
元気を取り戻したような行動に、嬉しくてたまらなくなる。
「好きに使えよ。
生姜焼き?」
「と、洋風茶碗蒸し。
もう出来るから、ご飯よそってくれる?
あ、ちゃんと手ぇ洗ってね」
「ガキ扱いすんなよ」
と言いながらも、顔がほころぶ。
そして、例のごとく幸せそうに食べる倫太郎を見て……
本当に、少し元気を取り戻す望。
「ところで、オマエの金なんだけど……
わかる範囲で調べたら、まだ揚羽の口座(水商売の金)には手ぇ付けられてなかったから、取り戻していったん俺の口座で預かってる」
久保井を思い出させる内容のため、言いにくい思いで告げると。
「それで、当分の生活はなんとかなるだろ?」
「……うん、ありがとう。
でももうあのマンションは解約しようと思ってる」
「……じゃあ、このままここに住むか?」
「いいの?」
「俺が面倒みるっつったろ?
好きなだけ居ろよ」
「っ……
そんな事言ったら、もう出て行かないかもしれないわよ?」
「……ん、そうしろよ」
見つめる切れ長の大きな瞳が、切なげに愛しげに形どられ……
望はぎゅうっと胸を締め付けられる。
そこでハッと、甘い雰囲気を打ち破る倫太郎。
「とにかく、オマエがもう少し元気になったら仕事探すよ」
「えっ、じゃあハッカーの仕事はもうしてないのっ?」
「まぁ……
つかいい機会だから、俺も足洗おうと思って。
これからはカタギんなって働くよ」
そう言われて。
やっぱり自分のせいで、その仕事に悪影響を及ぼしたんだと。
ショックを受ける望。
「そんな顔すんなって。
オマエのせいじゃねぇから。
むしろ、オマエのおかげ?
俺もいつまでも、犯罪者やってらんねぇし」
「なら、いいけど……
じゃあ私も仕事探す。
……いいかげん、前向かなきゃね」
その言葉に、嬉しくなる倫太郎。
「あと、取り戻してくれたお金なんだけど……
鷹巨の手切れ金が入ってるはずだから、返金しといてもらえない?
あるうちに返しときたくて」
「ん、明日やっとく。
じゃあ俺、風呂入ってくる」
「待って、私も一緒に入っていい?
背中流してあげる」
「はあっ!?
何考えてんだよっ、バカじゃねぇの?」
「別にいいじゃない。
恥ずかしいの?」
理性が持たねぇからだろ!
と思いながらも。
「っせーな」
「ふふ、可愛い」
その言葉に。
さすがにガキ扱いしすぎだろと、カチンとくる倫太郎。
「誰が可愛いって?」
望の顎をクイと持ち上げて、見下すと。
途端、胸を思い切り掴まれて。
それが顔に出てしまう望。
それを見た倫太郎も胸をやられて。
2人して、胸を痛くしながら見つめ合う。
だけどまた倫太郎が……
「とにかく、1人で入る」
そう甘い雰囲気を打ち切ると。
「今の状況でも、キスしてくれないんだ?」
「はっ?
……そんな場面じゃなかっただろ」
そう、次は舌を入れる約束をしたため。
そんな事をしたら理性が抑えられないと、それから逃げていたのだ。
でもそうなると、さすがに望もショックを受けて……
その夜は、背中を向けて寝ようとすると。
「あぁも!」
当然ほっとけなくて、腹をくくる倫太郎。
ぐっと望を仰向けて、頬を掴んで顔を近づけると。
「もういいわよ!
無理しなくていいからっ。
私じゃそういう対象に見れないんでしょっ?
今までごめっ、」
「わけねぇだろ、少し黙れよ」
そう唇を塞いで。
グイと口内に舌を押し入れた。
その瞬間、ぐわあと感覚が抉られて。
口内に溶け込む倫太郎の感触に……
望の身体は、どうにかなりそうなほど快楽に蝕まれる。
当然、嬌声を我慢出来なかったが……
倫太郎も我慢の限界で、やめる事が出来ずにいた。
抱きたくて、もうおかしくなりそうで。
でもヤケになってる望を後悔させたくなくて。
色んな感情に苛まれて……
「……っっ、今日はここまでなっ?」
死に物狂いで押し殺す倫太郎。
だけど、口内に残る感触に悶えて……
2人して眠れない夜を過ごしたのだった。
それからも、その先に進む事はなかったが……
「じゃあ寝るぞ?」
「っ、もう1回」
「っっ……
あと1回だけな?」
狂いそうになりながらも、そうやって慰め続けた倫太郎の忍ぶ愛で……
望の心は癒されていった。