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虹色アゲハ  作者: よつば猫
ウスバアゲハ
34/41

「おいしっかりしろよっ……

望っ!」


 切羽詰まった声とともに、身体を揺さぶられて。


 望……?

うつろに目を覚ました望は、そう呼んだ相手を映すと。


「っ、倫太郎っ」


 そういえば倫太郎も本名を知っていたんだと思いながら。


「……どうして、ここに?」


「PCがウイルスにヤられて。

オマエのと繋がってるから大丈夫か連絡したら、携帯解約されてるし。

なんかあったんだと思って家来たら、呼び出しても出ねぇし。

合鍵で入ったら、部屋荒れてるしオマエ倒れてるし……

すげぇ焦った」


「っ、ごめん……」

心配をかけた事もそうだが。


「私のせいなのっ。

私があの男に負けたから……

久保井に負けたからっ!

たぶんこのPCから、倫太郎のに感染したんだと思う」


 結局、倫太郎まで巻き添えにしてしまったと、胸が捻り潰される。


「俺のはいいよっ。

それよりオマエは大丈夫なのかっ?」


「私の事より!

復元出来るのっ?

仕事には響かないのっ?」


「だからいんだって!

復元はムリだけど、仕事の方は問題ねぇから」


「ほんとにっ?

けど倫太郎でも復元出来ないなんて……」


「……たぶん専用のUSBで、タチ悪いウイルス入れられたんだろ」


「そんな……

倫太郎には迷惑かけたくなかったのに、ほんとにごめんなさいっ」


「っざけんなよ。

俺なんつった?

いつでも助けてやるっつったよな?

なに遠慮してんだよ」


 その瞬間、望はぶわりと涙が溢れ出す。


 何もかも奪われた先に、残ったものは……


「倫太郎っ」

一番大切な存在で。


 思わずその胸にしがみつくと。

堪らず倫太郎も、ぎゅっとぎゅうっと抱き返した。


 さすがに今回は、心配で拒否出来ないのかと思いながらも。

その温もりに、望は胸が詰まっていく。


「バカでしょ?私……

せっかく倫太郎が、幸せになれって後押ししてくれたのにっ……

鷹巨を裏切って、あの男を選んでしまったの。

自業自得よねっ、挙句このザマよ。

詐欺データも通帳も、全部奪われて。

約束通り、今までの人生も捨てなきゃならなくて……

もういっそ、みらいも捨ててしまいたいっ」


 しゃくりあげながらそう話す望に、倫太郎は胸を抉られる。


「そんな事言うなよっ……

大丈夫だから!

これからは俺が面倒みるからっ」


「なにそれ……

同情してんのっ?

バディだからって、そこまでする必要ある!?」


「あるよ!

バディになった時、守るって約束しただろ?

だからずっと守って来たつもりだし、それと変わんねぇだろっ。

これからもずっと、俺が守ってやるから……

だから泣くなよ、なっ?」


「っっ、倫太郎っ……」

相変わらず余計泣かす倫太郎に、いっそうぎゅっと抱きつくも。


 内心、素直に喜べずにいた。


 その申し出は、この上なく嬉しいものだったが……

大切な存在だからこそ、足手まといになりたくなかったのだ。


「とにかく、今は身体を休めろよ。

寝室どこだ?」

倒れていた事を危惧してそう促すと。


「っ、嫌っ!

そこには行かない、行きたくないっ」


 久保井に抱かれたベッドに、睡眠薬というトドメを刺された場所に……

身を置くなど屈辱でしかなく。


 それを察した倫太郎は胸を痛める。


「なら、俺んち来るか?

つかそうしろよ」


「……いいの?」


「さんざん勝手に来といて今さらだろ。

じゃあいるもんまとめろよ。

その間に部屋このへん片付けとくから」


「っ、ありがとう……」


 足手まといにはなりたくないものの。

久保井の痕跡が残るキッチンも、その記憶が甦るこの部屋さえも、居るに堪えない場所になっていたのだ。



 そうして、準備が整うと。


「じゃあ車回してくる」


「待って!一人にしないでっ。

一緒に行く……」


 望は、待ち続けるのや置き去りにされるのがトラウマになってしまい。


 いつも強気な望がそんなふうに弱ってる姿に、倫太郎は幾度となく胸を潰される。




「大丈夫か?」

憔悴した様子でフラフラしている望を、優しく支えるも。


 ぶっきらぼうな倫太郎がすると、悪い男が痛めつけた女を連れ去っているようで……

道行く人から不審な目を向けられる。


 だけど、望が心配でたまらない倫太郎はそれどころじゃなく。


 家に連れて帰って、ベッドに寝かしつけたところで……

ようやく胸を撫で下ろした。




 その夜、睡眠薬が完全に抜けて目を覚ました望は……


「倫太郎っ?

ねぇどこっ!?」

その姿が見当たらず、部屋中を探し回ると。


 玄関の扉が開いて。


「あ、起きたのかっ?」


 帰って来たその人に、思わず抱きついた。


「倫太郎まで、いなくなったのかと思った……」


「っ……

俺んちなのにいなくなるわけないだろ?

起きたら腹減ってると思ってメシ買って来たんだ」

胸を締め付けられながら、片手でぎゅううと抱き締める。


「……ありがとう。

でも今は食欲ないから、後で食べるわ……」


 だけど後になっても、少ししか口に入らず。


 それからも望は、あまり食べれず。

繭に閉じこもるように塞ぎ込んでいった。


 そう、生きるのにうんざりしていた望は、当然食べる気など起きるはずもなく。

足手まといになっているという状況からも、消えてしまいたいと思っていたのだ。



 なのに。


「望っ。

目玉焼き焼いたんだけど、食うか?

見た目は悪いけど、たぶん食えるから」

手作りなら食べてくれるんじゃないかと試みたり。


 毎日あの手この手で、甲斐甲斐しく世話を焼く倫太郎に……

望は少しずつ絆されていく。


 仕方なく、焦げて黄身も崩れてるそれを口に運ぶと……

その温かさに、思わず涙が零れる。


「そんな不味かったかっ?

つか泣く事ねぇだろ……」


 そうじゃないと、望は首を横に振る。


「ねぇっ、なんでそんなに優しくするの?」


「はっ?

なんでって……

……オマエの事が、すげぇ大事だからだよ」

愛しげな目でそう見つめられて。


 いっそう涙が溢れ出す。

好きでも愛してるでもないその言葉が、逆に深く沁み込んで……

痛いくらい、望の胸を締め付けていた。


「だから、オマエが元気になるなら何でもする」


「……なんでも?」


「ん。

俺に出来る事なら、どんな事でも」


「……じゃあ、キスしてよ」


 途端、耳を疑って目を見開く倫太郎。


 例のごとく上書き目的と。

今なら拒否されないんじゃないかと期待した望だったが……

了承せずに、ためらう倫太郎を前に。


「……冗談よ」

胸を切り裂かれながら、顔を背けた。


 次の瞬間。

グイと向き戻されて、望の唇に倫太郎のそれが触れる。


 刹那、心臓が爆発したかのようになり。

今度は望が目を見開いた。


 そのキスは、ぶっきらぼうな倫太郎がしてるとは思えないほど優しくて。

チュっと甘い音を立てて、何度も吸い付くように絡んでは……

思わずといった様子でんで、愛しくてたまらなそうにんで……


 望の身体は、ぶわりと激しい波に飲まれて。

胸はありえない力で締め付けられて。

堪らず、その唇から逃れてしまう。


「ごめっ……

倫太郎とは、今までそういう関係じゃなかったから……

なんか、耐えられなくて」


「っ、じゃあもうしねぇよっ」


「そうじゃなくて!」

立ち去ろうとした倫太郎の腕を、すかさずぎゅっと引き止める。


「休憩、しながらでいい?

やたら感じて、耐えられなくて……」


「はっ?

……いやムリだろ」

言い終えるや否や。


 望の後頭部にぐっと手を回して、再び唇を奪う倫太郎。


「待っ、倫っ……」


 2度目のキスは1度目と違って強引で……

逃してくれない。


 どうにかなりそうで、嬌声にも似た甘い吐息が零れると。


「ヤバい、俺が限界」

そうぐっと抱きしめられて。

そこでキスは終わりを迎えた。



 そのあと望は、変に気まずくなった空気を誤魔化すように食事に戻ると……

倫太郎が作ってくれた目玉焼きを、美味しいと思いながら完食したのだった。



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