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翌日。
甘い余韻に包まれて、目を覚ますと。
隣に仁希の姿はなく。
トイレだろうか?と身体を起こした望は、クラクラして……
片手で頭を抱えて項垂れた。
きっとイキすぎたせいだと、恥ずかしくなりながら、ベッドから抜けようとしたら。
「えっ……」
目を疑う光景が映り込む。
クローゼットと、その中にある金庫が開いていたのだ。
フラフラしつつも、慌てて側に駆け寄ると。
金庫の中は、両方とも空っぽで……
望は一気に血の気が引く。
だけどすぐに。
「仁希!?
仁希どこっ!?」
その人が内容を確認しているのだと。
思ったところでハッとする。
金庫の鍵も暗証番号も、自分しか知らないからだ。
じゃあいったい……
混乱しながらも、服を着てとりあえず仁希の姿を探しえみるも。
ベランダにもマンション内の通路にも、どこにも見当たらず。
連絡しようにも、逃亡中の仁希は何も携帯しておらず。
念のため、以前の番号にかけてみようと思い立つが……
そこで、自分の携帯も全て失くなっているのに気付く。
嘘、どういう事!?
まさかPCも!と、すぐにそれを確認すると。
案の定、使えなくなっていて……
頭が真っ白になった望は、茫然とその場に崩れた。
組織に押し入られたにしては、部屋にそれらしい形跡はなく。
自分が起きなかった状況からも、仁希の仕業に思えたが……
金庫の鍵や暗証番号、そしてPCのパスワードはどうやって?と。
しかも寝ていたとはいえ、持ち主の傍で探るだろうか?と。
なんとか頭を回転させて、不審な点を思い返すも……
なぜか記憶が、ところどころ不透明で。
ようやく、失神前に仁希が何か言っていたのを思い出す。
なのにその言葉は出てこなくて……
代わりに、その時腕に刺されたような痛みを感じた事を思い出す。
まさか!と、時計に目を向けると。
時刻は15時を過ぎていて。
そんな時間まで寝ていた事や、ふらつきや記憶障害が起きてる事から。
睡眠薬を注射されたと察した望は……
恐る恐る覗いたゴミ箱に、それを見つけて青ざめる。
待って嘘でしょ……
息が出来ないっ!
確かにそれなら、持ち主の傍でも気にせず探れる。
だけど鍵を探した形跡はなく。
番号なども簡単に見破られるはずがないと、否定ししながらも。
どこかに監視カメラでも仕掛けられていたんじゃ?と、思わず辺りを見回して。
ドクンと、あるものに思い当たる。
そういえば、あのネックレスはどこにっ……
それがただのネックレスなら、置いて行っても問題はないはずで。
なのにどこにも見当たらず。
不自然な大きさといい、内部に極小カメラが仕込まれていたんじゃないか察知する。
それを裏付けるように……
外されたのはその役目を終えた後で、望が手に取る前で。
しかも実に巧みな流れで、気付かれずに回収していて。
相手は抜かりない詐欺師だ。
恐らく勝負を持ち掛けてきた時には、こっちも詐欺師だとバレていたんだろう。
そこまで考えが及んだところで、望は悟った。
二重詐欺にあったのだと。
そう、一度詐欺被害にあった人は、それをネタに騙しやすく狙われやすい。
そう合点がいった瞬間。
「ふっっ……ううっ」
嗚咽が零れた。
結局、自分は……
いつまで経っても、どこまでいっても、そういう対象でしかないんだと。
愛した人に、同じ人間に……
二度も裏切られて、二度も全てを奪われるなんてと。
消えてしまいたいほど、自分自身に失望する。
全ての詐欺データやそれに伴う偽造書類。
全ての通帳や印鑑も、携帯やPCも。
そして、手に入るはずだった幸せも。
そう……
私は鷹巨まで裏切ったのにっ!
胸が激しく抉られる。
心も身体も裏切って、あんな男に奪われてっ……
「っああああああああ!!」
抱かれて気持ちよくなってた自分が許せなくて、頭を抱えて発狂の声をあげた。
なんで私なのよ!
ねぇ私が何かした!?
私のせいで逃げられなくなったからっ?
けどその話もどこまで本当かわからなかった。
なぜなら仁希は、終始ほとんど目を合わさなかったのだ。
食事中やソファで横並びだったため、昨日は違和感程度にしか感じなかったが……
絶妙に極自然に視線が外されていたと、今さら気づく。
もう何もかも信じられなくて。
何もかもが嫌になって。
苦しくて苦しくて、心が壊れそうで……
なんでこんなに苦しめるのよ!
だったらいっそ、ひと思いに殺してよっ。
この約12年もの間。
人生を諦めながらも、必死に絶望から這い上がってきたのに……
再び絶望に突き落とされて。
望はもう、生きるのにうんざりしてしまったのだ。
だからといって。
両親が生きた証を、形見である自分の命を、自ら奪う事など出来なくて……
代わりに辺りの物を、泣き叫びながら壊し始めた。
信じてたのにっ……
全部捨てようとしたのに!
途端。
ー「けど逆に、揚羽ちゃんが俺に落ちたら……
恨みっこなしで、今までの人生捨ててくれる?
そんで、全部俺がもらおうかな」ー
その言葉が浮かんで。
それに触発されて、失神前の不透明だった記憶が甦る。
ー「約束通り、今度こそ恨みっこなしだから」ー
そういう、事か……
つまり勝負は続いていて、落ちた望が負けたのだ。
それで携帯やPCまでもが、約束通り全部奪われたのかと腑に落ちる。
だからって、そこまでする必要がある?
ここまで追い詰める必要があるっ?
その場にぼろぼろと泣き崩れた。
かろうじて住居や生活必需品等は残ったものの。
財布に残っているお金しかないため、一時しのぎにしかならず。
夜の仕事で前借してもらおうにも。
揚羽の携帯や通帳等も奪われていたため、その仕事も捨てざるを得なかった。
そこまで約束を順守するのは、せめてものプライドだったが……
ここまで完膚なきまでに負ければ、抗う気も起きなかったのだ。
そう、詐欺データを奪われた以上。
下手に違約すれば、さらに自分の首を絞めかねない。
なにより、バディだった倫太郎まで犠牲にしかねないと。
だけど、これからどうすればっ……
途方に暮れながらも。
泣き暴れた反動と、強力な睡眠薬の後遺症で、ウトウト眠気に襲われる。
ねぇ仁希……
全部奪うんなら、どうしてこの命も奪ってくれなかったの?
そんな思いの中、望は意識を手放した。