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「ほらもう泣かない。
こんなに望の涙をもらえただけで、俺はもう充分だから。
それでも気にするんなら……
せめてこの行き場のないネックレス、もらってくんない?」
優しく覗き込む仁希に。
泣きながら、コクンコクンと頷いた望は……
ふと、それを逆手に取ろうと思い立つ。
「じゃあ、付けてくれる?」
そう気持ちを整えると。
首に付けられたそれを、ぎゅっとして。
「悪いけど。
これを受け取ったからには、嫌でも一緒に逃げるから」
そう覚悟の目で訴えた。
すると仁希は、吹き出すようにしてそれから逃れて。
「聞き分け悪いよ、望。
話聞いてた?」
と、呆れた素ぶりを見せる。
「仁希こそ。
いいかげん、1人でカッコつけるのやめたら?」
「じゃあ一緒に死のうって言って欲しい!?
捕まる可能性の方が高いのにっ」
「助かる方法はあるはずよ!?
お金でなんとかならないのっ?」
「ならないよ。
俺は組織の情報を知りすぎてる。
それに義理とはいえ親父を、しかも2度も裏切るとなると、相応の処分は避けられない」
「警察はっ?
この際自首して、警察に匿ってもらえばいいじゃないっ」
そうなれば実刑は免れないが、命には変えられないと思ったのだ。
「無理だよ。
かなり大きな組織って言ったろ?
警察内部にも仲間がいるし。
上手く処理されるだよ」
「じゃあ海外に逃亡すればっ……
そこで透析を受ければバレないんじゃないっ?」
「うん、さっき当てはあるって言っただろ?
もうその手配はしてるんだ。
ただ、無事に出国出来ればの話だけど」
状況の厳しさを訴えるように、深刻な目で見つめる仁希。
「……でも、他に手段はないんでしょ?
だったらやるしかないじゃない。
それに、たとえ捕まっても……
今度は私が守ってあげる」
「どうやって?」
鼻で笑われたものの。
「私も組織に入るわ。
一緒に逃げた分倍返しで働けば、命のは見逃してもらえるんじゃない?」
「……うん、望ならそう言うと思ったよ。
だから余計!
組織の事を話せなかったんだっ」
「だったらなんで今さら言うの!?
ほんとは放棄なんかしてないからじゃないっ?
一緒に逃げたいからじゃないっ!?」
「……ごめん。
そうなんだろな、きっと」
仁希は泣きそうな顔で笑った。
「だったら……
どこまでも付いてってあげるし、どこまでも堕ちてあげるわよ」
「でもそんな生き地獄味あわせたくないしっ……
望に組織の仕事は無理だよ」
「やってみなきゃわからないじゃないっ」
「わかるよ。
望は、人の痛みがわかる優しいコだから」
「勝手な妄想しないで!」
「じゃあ聞くけどっ。
信じて保証人になったせいで、逃げた彼氏の借金背負わされたコを。
風俗で壊れるまで働かして、使えなくなったら臓器売って、最後は入らせてた死亡保険で金取れるっ?」
さすがにそんな事、出来るわけないと……
望は思わず言葉を失う。
「そんくらい余裕でこなしてかないと、到底見逃してもらえないよ。
そのコが可哀想じゃなくて、そのコでいくら稼げるかしか考えないようにならないと」
「他の方法で稼いでやるわよ」
「他の方法って?」
「詐欺よ。
今まで隠してたけど、私も犯罪者なの」
途端、仁希はぷはっと吹き出した。
「まぁ確かに、水商売も詐欺みたいなもんか。
そんでお偉いさんの弱み握って、恐喝でもしちゃった?
そんなおままごとじゃ通用しないよ」
「待ってて!」
馬鹿にされてカチンときた望は、そう言い捨てて寝室に向かった。
そして詐欺関連のものを保管している金庫と、通帳や印鑑を保管している金庫から。
それなりの内容が入ったUSBと、その通帳をピックアップして……
リビングに戻ると。
「これでもおままごと?」
詐欺データをPCに開示して、通帳とともに仁希に見せた。
「え……
これ全部、望が?」
驚きの目を向ける。
「そうよ。
復讐代行のサイトを立ち上げて、これでもプロ相手に何年もやってきたのよ?」
「プロって……赤詐欺?」
画面をスクロールして、困惑する仁希に。
「だったらなに?」
しまった思いながらも、何の問題もないといったふうに、しれっと答えた。
だけど。
「……ごめん。
俺のせいだよな……」
「どうして?
仁希は悪くないじゃない。
確かにあの事がきっかけにはなったけど。
今思えば、仁希と同じ世界に入って繋がりたかっただけかもね。
きっと、一緒に生きるための必然だったのよ」
そうまとめて不敵に笑うと。
仁希は観念した様子で溜息を零して、「望にはまいったよ」と苦笑う。
「じゃあ今度こそ、一緒に逃げ切るわよ?」
「もう日本に戻って来れないかもしれないけど……
今までの人生、全部捨てれる?」
真っ直ぐな目で、そう訊かれて。
思わず、倫太郎も?と頭に過ぎる。
そこだけは捨てられない望だったが……
もうすでに倫太郎とは、別の道に進んでいて。
なにより、そんな危険な世界に関わらせたくなくて。
「捨てれるに決まってるでしょ?」
「っっ、望……
……ありがとう」
そうして2人は、逃亡計画を話し合うと……
「疲れたでしょ?
すぐお風呂溜めるわね」
「や、シャワーでいいよ。
けどもうちょっとゆっくりしたいから、先に入ってきなよ」
そう言って仁希は、ネックレスを外してあげようとした。
「綺麗な首……
またキスマーク付けたくなる」
「あの時は胸元だったじゃない」
「うん、さすがに首は服で隠しにくいかなって」
「一応考えてたんだ?
でももう好きに付けていいわよ?」
寂しくなった首元をくるりと翻して、仁希を見上げた。
「あんな嫌がってたくせに?」
「あの時は恨んでたからっ……
仁希こそ、あんな強引だったくせに、なに遠慮してんの?」
「そりゃあショックで出来なくなるよ。
キスでも泣かれたしさ?」
その割には小馬鹿に笑ってたじゃない……
そう思ってすぐ、それがショックを物語る反応だったと思い出す。
「……そりゃあ泣くわよ。
もっと仁希を求めてしまって、苦しくてたまらなかったもの」
すると仁希は、今度は嬉しいショックできょとんと固まり。
次の瞬間、笑うのも忘れて望の唇を奪った。
「んっ、んんっ……」
胸が大きく波打って、身体がどうしようもなく溶かされる望。
2人は約12年分を取り戻すように、激しく貪り続けると……
そのままベッドに流れ込んだ。
「望、愛してるっ。
死ぬほど愛してるよっ……」
うつ伏せた身体の一番奥に、深く深く刻み込む。
自分はちゃんと愛されていたんだと。
こんなにも愛されていたんだと。
ポタポタと、背中に落ちる汗すら愛おしく感じながら……
「ぁっっ……ああっ!」
何度も何度もおかしくなるくらい絶頂を重ねていた望は、再びその大きな波に襲われて……
意識が飛びそうになる。
その矢先、腕にチクリと痛みを感じたものの。
「約束通り、今度こそーーーーーーーーー」
その声を聞きながら、意識の向こうに落ちていったのだった。