表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色アゲハ  作者: よつば猫
トリバネアゲハ
31/41

「こんな環境で育ったからかな……

たぶん俺、なんか欠落してんだと思う。

正直さ、望以外どうでもいんだ。

望のためならなんだって出来るし。

それで誰が死のうが苦しもうが、なんとも思わない。

言ったろ?望が全てだって」


 そこまでの想いに驚くも……

胸がどうしょうもなく掴まれる。


「けどその望の気持ちですら、たぶん半分もわかってあげれないんだと思う。

だから再会した時もさ。

俺なんかと会いたくなかっただろうなとか、俺の事恨んでるだろうなとか思いながらも。

俺自身は望と視線が繋がっただけで、どうにかなりそうなくらい嬉しくなったり、めちゃくちゃドキドキしてたり……

散々苦しめといて、勝手だろ?」


 仁希のせいじゃないと、望は首を横に振る。


 そして、その時は何の機微も感じ取れなかったのにと、自分の洞察力に落胆しつつも。

ふと思い出す。


「ねぇ、その時(さいしょ)から気づいてたって言ってたけど。

だったらなんで、揚羽が源氏名か聞いてきたの?

ほんとに私かどうかは、自信なかったわけ?」


「まさかっ。

気づかないわけないって言ったじゃん。

ただ、望の事は何でも知りたかったからさ。

なんでその源氏名にしたのか聞きたくて」


「それは……」


 真実を知った今となっては……

絶望から這い上がる思いで、という理由や。

仁希のせいで望の社会的存在が死んだから、という話は言いにくく。


「ホステスを夜の蝶っていうじゃない?

だからそれにちなんで。

あと蝶は死と再生の象徴らしいから、生まれ変わったつもりで頑張ろうって」

そうまとめると。


「生まれ変わったつもりで、か……

俺も生まれ変わりたいな、今度こそ普通の人生に」

悲しげに呟く仁希。


「出来るわよ。

逃げ切って、ちゃんと1から頑張れば」


「はは、出来ないよ。

一般人はいいよな。

どんな問題があっても、自分の覚悟次第でどうにでもなる。

逃げないだけで、逃げれないと思い込んでるだけで……

体裁や罪悪感、恐怖や責任感なんかに縛られてるだけだったり。

本気で逃げようとすれば、社会が守ってくれたり。

たとえ生き地獄でも、一時期の我慢だったり」


「……そんな簡単な事じゃないわ。

一般人でも、苦しくてどうにもならない人もいる」


「でも命を狙われる事はないだろっ?

自分の意思や不手際で、この世界に身を置いてるわけじゃないのに。

どう頑張っても、俺は死ぬまで逃げ続けるしかない。

そのせいで、唯一欲しいものにも手が出せないっ」


「出せばいいじゃない!

手に入るかもしれないのに、自ら放棄するなんてバカじゃない?

それが正解とは限らないのよっ?」


 すると仁希は「ごちそうさま」と手を合わせて。


「ほんとに旨かったよ。

今までで一番……

こんな料理が毎日食べられるなんて、結婚相手が羨ましいな」

そう言って食器を片付け始めた。


「いいわよそのままでっ」

すぐに手伝うと。


「相手はどんな人っ?

望の心を射止めるくらいだから、やっぱイケメンでエリート?」


「……別に、それで決めたわけじゃないわよ」


「あ、そっか。

愛される幸せに気付いたって言ってたっけ?

てことは、グイグイ攻められたんだっ?」


「仁希っ、その事はもう」

私の中で終わりにしたから、そう続けようとした矢先。


「やっぱ違うよな〜」

と遮るようにして、ソファに座る仁希。


「きっとそいつ、愛されて育ったんだろうなっ。‬

そういう奴は自分に自信が持てるし、そのスペックなら尚更そうだし。‬

俺なんかがとか思いもせずに、そりゃあグイグイ攻めれるよ。‬

俺だって普通の人生だったら、何にでもなってみせるし。

俺に限らずだけど…‬…

愛する人を幸せに出来るなら、自ら放棄なんてするわけないよ」‬


 それは、先程の望の意見に対する答えで……


「相手にとって何が一番幸せか、それは仁希が決める事じゃないわ」


「じゃあ望は、自分のせいで相手の人生がめちゃくちゃになっても平気なんだ?

愛する人を危険に晒しても、一緒に罪背負わせても平気なんだっ?」

そう返されて。


 何も言えなくなる望。

同じ理由で、自分も鷹巨から身を引こうとしたからだ。


 だけど、それならどうすればいいのかもわかっていて。

自分がしてもらったように……

仁希さえいればと、何もかも受け入れようとした時。


 仁希が上着のポケットから、ネックレスを取り出した。


「これ、なんだかわかる?」


「……ブラックオパール?」


「の、パチもん。

虹色みたいだからさ、一目惚れして買ったんだ。

虹は希望の象徴なんだろ?

そんで俺らの名前がくっつくと、希望になるから。

ずっと一緒にいられるようにって……

あの日、渡すつもりだったんだ」

そう見つめられて。


 望はまたもや涙に襲われる。

そんな話、覚えててくれたんだ…


「ずっと捨てれなくてさ……

ホームに着いたら、すぐに冷え切った身体を抱きしめて、2人で笑い合うはずだったのにって。

あの電車に乗れば、ずっと一緒にいられるはずだったのにって。

何度も、何度も、狂いそうなほど思ってきた」


 そうなり得た過去と、その時の仁希の気持ちを想って……

涙が次から次へと溢れ出す。


「今だって……

望の隣にいるのは、俺だったはずなのにって。

その心も身体も、俺だけのものだったはずなのにって!」


 ネックレスをぎゅううと握り、悔しそうに声を震わす仁希を……

望はたまらず抱きしめた。


「じゃあ今度こそ、一緒に逃げようっ?」


 だけど仁希は首を横に振って、そっと望を引き離した。


「望にはもう、他に愛してる奴がいるだろ?

自覚はしてないだろうけど」


「だからっ、結婚相手の事ならもういいの。

今こうしてる時点で、とっくに仁希を選んでるっ」


「だから気付いてないだけでっ……

間違ってるよ」


 そう言って仁希は、手の中から再びネックレスを露呈した。


「これ、大粒で子供っぽいだろ?

当時は上納金で手一杯だったから、こんな物しか買えなかったけど……

結局俺が与えられる幸せなんて、粗悪な偽物なんだよ。

望にはちゃんと、幸せになってほしいんだ」


「だったら!

どうしてあの時は一緒に逃げようとしたのっ?」


「あの時はなんとかなると思ったから!

でも結局捕まったし、今はもっと分が悪いんだ」


「何で、」

訊きかけてすぐ、望はハッと息を飲む。


「そう。

透析が必要な以上、そこから足がつくんだ」


 透析は1回4時間、週3回というのが一般的で。

組織絡みの医師から、その治療を受けていたため。

少しでも不審な動きや変化があれば、すぐにバレる仕組みになっていた。


 今後は一般の病院で他人に成りすまして受けるそうだが……

新規透析患者を足掛かりに、バレるのは時間の問題との事だった。


 もちろん秘密裏に治療してくれる、いわゆる闇医者ならバレにくいそうだが……

事前に根回しされている可能性が高く。

そうじゃなくても、この業界に蔓延る以上。

大きな組織を敵に回してまで、隠してくれる事などないという。


「だからこいつを抱えてる限り、一緒に逃げるつもりはない」

そう腎臓を指差した仕草に……


 刺された場所が重なって、即座に望は青ざめる。


「ねぇ、もしかして……

腎臓が悪くなったのは、あの時そこを刺されたから?」


 一瞬ためらった仁希だったが……

すぐにその出来事を笑い飛ばす。


「そっ。

さすがだよな〜。

事後処理を怠って腎不全にすれば、もう逃げれないからね」


 その事実に、望の胸は激しく抉られる。


「ごめっ、なさ……

私の、せっで……」

涙が溢れて、言葉にならずに謝ると。


「だから望のせいじゃないって。

強いて言うなら親のせいだし。

あとは、組織を侮ってた自分のせいだから」

そう言って、望の頭をよしよしと撫でた。


 とはいえ、望のために危険を冒したのは紛れもなくて……

そのせいで逃げ道を失っていた事に。

もうじき12年にも及ぶ不自由な生活や、それが一生続く事に。

だからどんなに狂いそうな思いをしても、放棄するしかなかった事に。

それなのに、優しく慰めてくれる事に……

望は心臓を鷲掴まれて、息も出来ないくらい潰される。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ