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虹色アゲハ  作者: よつば猫
トリバネアゲハ
30/41

「うまっ!

薄味なのにこんな旨いとか……

望、料理上手なんだなっ」


「やめてよ。

透析患者用の分量とかわかんなかったから、ググってレシピ通りに作っただけだし」


 その調理の最中。

腎臓が悪かったから、あまりお酒を飲まなかったのかと合点していた。


「レシピ通りでも、作る人の技量で全然違うよ。

ほんと、めちゃくちゃ旨いし。

ずっと望の手料理を、食べたくて仕方なかったからさ……

これでもう、思い残す事もないかなって」


「バカな事言わないでっ。

私が絶対、どんな手を使っても逃してあげるわ」


「望……

ごめんな。

俺、あんな酷い目に遭わせたのに」


「そう思うなら、何もかも正直に話して。

どうして私を騙したの?」


「……騙すつもりなんか、微塵もなかったよ。

まぁ、結果的にそうなったけど」

仁希は悲しげに微笑して……

ゆっくりと話し始めた。


「俺が義父に育てられてたの、覚えてる?

その義父が、今逃げてる組織の幹部なんだ」


「え……

そんな昔から組織にいたのっ?」


「ん……

本当の親は、デタラメな人間でさ。

金欲しさに売られたんだ。

それも、だった数万で……

笑えるだろ?

俺の命なんか、数万なんだってさっ」


 思いもよらない事実が、望の胸に突き刺さる。


「……っ、笑えるわね。

仁希の価値がわからないなんて。

そんな人間に傷付く必要なんかないわ。

私にとっては、自分の全てだった存在なのよ?」


 すると仁希は一瞬固まって……

切なげに笑った。


「俺も望が全てだよ。

あの頃からずっと……」


 その言葉に、ぎゅううと胸を掴まれて。

泣きそうになる望。


「じゃあどおしてっ」


「駅には行ったよ!

ほんとに結婚するつもりだったんだ」


「嘘っ!

あの戸籍は別人だったじゃないっ」


 そう言われて怯んだ仁希を前に。

さっきからどこか違和感を感じていた望は、それが不信感に変わりかけると。


「ん……

俺さ、無戸籍なんだ」


「無戸籍?」


「そう。

そんな親だから出生届も出してなくて。

義父もその方が都合いいからって、そのままで」


「そんな……」


 それは日本でも年間3000人、1日に8人以上発生しているらしく。

珍しい事じゃないと聞きながら……

だから仁希を調べても、何の情報も得られなかったのかと腑に落ちる。


 ちなみに久保井という名は、実際あの秘密基地の近くに住んでいた少年の苗字で。

仁希という名は、義父に捨てさせられた本名だが漢字はなく。

不憫に思った祖母が、亡くなる前に当てがってくれたものらしい。



「だから俺、そいつとして人生やり直そうと思ったんだ」


「でもその男はどうなるのっ?

戸籍を乗っ取ったのがバレたら、」


「とっくに死んでるよ」

そう遮ってきた言葉に、驚愕する望。


「組織に潰されたんだ。

うちにはそんな奴らが、ゴロゴロいてさ。

それを一つ、秘密裏に奪ったつもりだったんだけど……」


「見つかって、逃げられなくなったってわけね」


「まぁ、結果的には」


「だったら!

なんでそれを話してくれなかったの?

駅には来てくれたんでしょ?

そのあと、あの秘密基地でも待ってたのよっ?」


「改札口の前で捕まって、刺されちゃってさ。

そんでしばらく寝込んでたから、秘密基地にも行けなかったんだ」

苦笑いしながら下腹部を指差す仕草に……


 望はハッと思い出す。


ー「自由奔放な猫みたいな?」

「それいいねっ。

でもあんまそうすると、刺されたりするからな〜」ー


「もしかして……

前に刺されたって言ってたのは、その事?」


「そっ。

自由を求めて思うままに行動したら、グサリってね」


 私はなんて事を……!


 その壮絶な過去を、知らなかったとはいえ。

そんな仁希をずっと憎んできて。

その時も心で、死ねばよかったのにと毒づいてしまった事に……

自責の念と遣る瀬無い思いで、涙が零れる。



 そしてなにより。


「ごめんねっ、仁希……

私が遺産の相談なんかしたせいでっ。

それを守るために、そんな酷い目に遭わせてしまって……」


「望のせいじゃないよ。

確かに、遺産は守ってあげたかったけど……

それ以前に。

俺が望と結婚したかっただけだから」


「仁希っ……」

ぶわりと涙が膨れ上がる。


「でも私はっ!

遺産なんかより、結婚なんかより、ただ仁希と一緒にいたかった。

仁希さえいれば、それだけでよかったのにっ……

だからこんな事になる前に、ちゃんと事情を話して欲しかった」


「っっ、ごめん……

でもそれは出来なかったんだ。

望の事を、守りたかったから」


「……どういう事?」



 それは……

組織に2人の関係がバレたり、情報を漏らした事がバレたりしたら、望まで狙われるといった内容で。


 だから連絡は公衆電話からかかってくるのみで、会うのも秘密基地だけだったのかと納得する。



「でもそれなら逆に、情報を共有して口裏を合わせた方が隠せたんじゃない?」


「あの頃の望ならすぐに見破られたよ。

こっちはカマかけも尋問もプロなんだし」


「だとしても、そんな事で消されたりはしないでしょっ?」


「可能性はあるよ。

俺の唯一の弱点だから、なんかあったら狙われるし。

仲間に引き込まれて、一生組織に飼い殺される」


 しかも望の場合、身寄りもなく好都合で。

ビジュアル的にもかなり稼げるため、絶好のカモだという。


「だからそうならないように。

俺のカモに見せかけて、遺産を預かる事にしたんだ。

さすがに結婚や逃亡となると、隠すのが難しくなるからさ。

その作戦なら望の存在がバレても、詐欺のターゲットだって誤魔化せると思ったんだ。

事実、逃亡資金を得るために詐欺した事になってるし」


 当時、まだ少年と呼ばれる年代で……

出会った頃からずっと、そこまで冷静に状況判断していた事に。

これまでの勝負でしてやられるわけだと脱帽する。


「けどそのせいで、望を金銭的にも追い詰める事になって……

ほんとにごめん」


「ううん、私を守るためにしてくれた事だし……

むしろ私の方こそごめんなさい。

何も知らずに、恨んでた」


「恨んで当然だよっ。

結局、守るどころか苦しめて……

あの秘密基地でも、ずっと待ってたんだろ?

凍てつく寒さの中で、何日も何日も……

店でそれ聞いた時、本当にショックでさぁっ」


「……嘘。

きょとんとして小馬鹿に笑ってたじゃない」


「あぁそれは、クセってゆうか……

俺、ずっとこんな環境で生きてきたから、自分の感情を見破られないようにしてるんだけど。

ショックが大きいとボロが出そうで、そう誤魔化すようになってて」


「なるほどね……

でもこっちはたまんなかったわよ。

その時もこの数カ月の間も、色々と傷付いてたのよ?」


「うん、わざと傷付けてた……」

切なげに顔を歪める仁希に。


 どういう事?と怪訝な顔を向ける望。


「どうせ望との未来がないなら、とことん嫌われようと思ったんだ。

そしたら、こんな奴と切れて良かったって、過去に踏ん切りがつくかなって。

それにどんな理由だろうと、望を苦しめた事に変わりはないから……

下手に誤解を解いたら、苦しみのぶつけ先がなくなって、余計辛くなるかなって」


 それはつい先程、望自身もとった行動で。

そう、鷹巨に対して考えた事で。


 好きな人を苦しめる、あの胸を抉られるような思いを……

仁希は何度も味わってきたんだと、再び涙が込み上げる。



「でも1番の理由は、もう俺に関わらせないためだった。

なのに矛盾してるよなっ。

電話でも言ったけど、会いたくて近づきたくて……

気持ち止めらんなかった」

そう切なげに見つめる仁希に。


 望は胸を締め付けられて、いっそう涙が溢れ出す。


「ほら泣かないっ、大丈夫だから。

組織に望との関係はバレてない。

そのために柑愛を隠れ蓑にしたんだし。

たとえバレてもまたカモと思わせるために、勝負をふっかけたんだから」


「それであんな勝負をっ?」


 その抜け目のなさに感服するとともに。

そこまで徹底して守ろうとするほど、危険な組織なのかと。

思ったところでハッとする。


「ちょっと待って……

じゃあ私のために、柑愛を傷付けたって事?」


「うん、そうだよ」


「ふざけないでっ!

そんな事して私が喜ぶと思うっ?」


 すると仁希は箸を置いて、情けなさそうに溜息を零した。


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