表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色アゲハ  作者: よつば猫
トリバネアゲハ
29/41

 週末。


〈今日、仕事が終わったらそっちに行くわね〉

事前にそう連絡していた揚羽は……


 その時間を迎えると、待ち遠しい気持ちで鷹巨の家に向かった。


 組織と折り合いをつける時間を装い、一週間近く日を空けていたため。

早く足を洗った報告をして、喜ぶ顔が見たかったのだ。



 すると、店用の携帯に公衆電話から着信が入り。

怪訝に思いながらそれに出ると。


『もしもし揚羽ちゃん?』


 その声はまさかの久保井で……

瞬時に胸が攫われる。


 揚羽からしてみれば……

もう無理だと思った相手が。

鷹巨のためとはいえ、諦めた相手が。

この土壇場で現れて。

まるで教会から攫われる花嫁のような、ドラマティックな錯覚に襲われる。


 だけどすぐに。


「今さら何の用?

悪いけど、」

そう撥ね退けようとした矢先。


『追われてるんだ、かくまってくれないかっ?』

その言葉に……


ー「追われてんだろ?かくまってやるよ」ー

かつての記憶が、ぶわりと甦り。

心臓が激しく揺さぶられる。


「……っ、どういう事?」


『実は俺、かなり大きな組織の一員で。

足洗おうとしたんだけど、無理みたいでっ……

今逃げてるとこなんだ』


 かなり大きな組織……

それも、足を洗えないくらいの。

それは、久保井がヤバめの組織ぐるみで動いていると言った、倫太郎の情報と合致していて。


 完璧なまでに手掛かりを残さない男が、自ら暴露した状況に。

あながち嘘じゃなさそうだと判断する揚羽。


「だからって……

私に助けを求めるのは筋違いじゃない?

しかも勝負を途中で投げ出しといて」


『投げ出してなんかないよ。

揚羽ちゃんの事、好きだって自覚して……

だから足洗おうと思って立ち回ってたんだ』


 私のためにっ?

思わずぎゅっと胸が掴まれて。

慌ててそれを振りほどく。


「そんな手口に騙されると思うっ?

悪いけど私、結婚するの。

だからもう、あんたのお遊びには付き合えないから」


『遊びじゃないよ。

てゆうか、結婚?

この前まで、愛なんか信じてなかったくせに?』


「信じられる愛を見つけたのよ」


『だからって、そんな人間が簡単に人を愛せるとは思えないけど』


「愛される幸せに気付いたの!

とにかく、そういう事だからもう掛けて来ないで」


『無理だよ。

だってそいつより俺の方が、何倍も……

何百倍も愛してるから』


 その言葉と、切実な声に……

また胸を掴まれそうになった揚羽は、カチンと苛立つ。


「いいかげんにして!

あんたなんかに愛を語る資格はないわ」


 それを喰いものにしてきた分際で!


『……俺にだって愛はあるよ。

誰にも負けないくらいの愛が。

ずっとずっと、ただ1人だけ……

死ぬほど愛してるよ、のぞみ


 その瞬間、揚羽の心が破裂する。



 それは、とっくに捨てた本名で……

11年ぶりに耳にした呼び方で……

再び呼んだのは、最後に呼んだその人で……


 まるで羽化するように。

揚羽の皮を破って、死んだも同然だった「望」の心が甦る。



「気づい、てたの……?」


『うん、最初から。

気づかないわけない。

忘れるわけない。

今日までずっと、ほんの一瞬だって忘れた事なんかなかったよ』


 途端、ぶわりと涙が堰を切る。


「じゃあどおしてっ」


『言えるわけないだろっ。

あんな目に合わせといて……

なのに会いたくて、近付きたくてっ。

今だって!

本当は関わらせたくなかったのに、最後にもう一度だけ会いたくて……

きっともう二度と、会えないだろうから』


 最後?

もう二度と、会えない?

その言葉と、ヤバい組織から逃げているという状況から……

命を狙われているのが窺われた。


「今どこっ?

すぐに向かうわ」

逸る思いで問いただすと。


『望っ……!

……ありがとう』

仁希はそう声を震わせた。




 それから、タクシーの運転手に行き先の変更を告げた()は……

今度は別の涙に襲われる。


 ごめんね、鷹巨……

ごめんなさいっ……


 そのマンションを目前に、きっともうここに来る事はないだろうと。

胸が千切れそうになる。


 そう、仁希が全てだった心が甦った事で。

望の心は仁希に向いてしまったのだ。


 それにより、鷹巨に別れと謝罪のメッセージを送ろうとしたが……


ー「受け取ったら最後、あんたの前から消えるわよっ?」

「うん、そうして?

そうでもされないと俺、一生諦め切れないからさっ……

聡子が本気で別れたいなら、俺との手切れ金にして奪っていいよ」ー


 そのやり取りを思い出し。

苦渋の思いで、聡子の携帯の電源を落とした。


 手切れ金は、頃合いを見計らってこっそり返すとして。

今は詐欺を装って消えた方が、鷹巨も踏ん切りがつくんじゃないかと。


 だけどそれは、かつての自分と同じ目に遭わせるという事で。


 どれだけ待っても、くる事のない連絡を……

鷹巨も、何日も何日も待ち続けるのだろうかと。

信じた相手に、愛する存在に……

大金を奪われて、悲しみを与えられて。

あんな辛い日々を送るんだろうかと。


 自分が味わった裏切りを、一番許せない事を……

鷹巨にしようとしてる現実に。


「ごめんっ、鷹巨……」

望は胸を抉られる。



 そして追い討ちのように。


ー「いや笑いすぎっ。

あぁも、ソラ!

ちょっとは援護しろって」ー

お腹が痛くなるくらい、笑ったあの日や。


ー「そういうのって、被害を受けてるのは身体だけじゃないと思うから」ー

その優しいバカさに、じんわり癒された日。


ー「もっと、抱いてい?」

「んっ……

全部、忘れさせてくれるんでしょ?」ー

初めて肌を重ね合った日や。


ー「だから付き合お?彼女になってよ」

「もぉ、困らせないでよ……」

「ごめん、困らせたい。

いいって言うまで、ずっとキスするよ?」ー

甘いキスに溺れて、付き合う事になった日。


ー「私は、詐欺師なのよっ?」

「うん、でもその前に1人の人間だよ?」ー

優しく慰めてくれた日や。


ー「詐欺師を辞めて、俺の奥さんに転職しない?」ー

プロポーズに驚いて、嬉しくてたまらなかった日。


 そんな鷹巨との日々が思い出され……

ぼろぼろと泣き崩れる望。



ー「愛してるよ、聡子。

すごく、すごく……

無事にやめれたら、結婚指輪買いに行こう?」ー


 約束、守れなくてごめんなさいっ……



ー「俺の事、ちょっとくらいは好き?」ー


「ううっ……」


 今頃になって、ちゃんと鷹巨を好きだったと気づいて……

いっそう涙に襲われる。



 だけど、それでも仁希を選ぶほど……

その存在は絶大だったのだ。


 かつては自分の全てだった存在で。

その裏切りで、今までの自分は成り立っていて。

つまり望の基盤は仁希で形成されていて。

もはや一心同体とでもいうべき存在に、惹き寄せられずにはいられなかったのだ。





 そうして望は……

仁希を拾って、自分の家にかくまうと。


「お腹空いてるでしょ?

とりあえず何か作るから、苦手なものがあるなら言って?」


 タクシーの中で、一日中逃げ回っていたと聞き、そういたわる。


「えっ、作ってくれんだ?

だったらリクエストしてい?」


「まぁ、材料があればね」


「じゃあ、薄味の生姜焼きはっ?」


「生姜焼きっ?

男って好きなのね。

でもごめん、それは個人的な理由で作りたくなくて……

他には?」


「……ふぅん、じゃあ何でもいいよ。

薄味で水分少なめのものなら」


 やたらと落ち込む仁希に、気が引けながらも……

細かいリクエスト内容が気になる望。


「どこか、悪いの?」


「あぁ俺、透析患者なんだ。

ほら今、逃亡中で受けれないからさっ。

せめて食事は、いつも以上に気を付けとこうかなって」


「そうなんだ……

でもそれ、早く受けなきゃヤバいんじゃない?」


「うん、でも……

後で話すけど、当てはあるから大丈夫だよ」

安心させるように、目でもそれを訴える。


「ならいいけど……

話はじっくり聞かせてもらうから。

あの日の事も、この数ヶ月の事も」


 そう、合流してからその事が聞きたくてたまらなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ