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「……なに、言ってるの?
私は詐欺師なのよ?
一般人のあんたとは、住む世界が違うのよっ?」
動揺して、噛み合わない答えを返す揚羽に。
鷹巨はふっと優しく笑う。
「だからそんなのやめて、これからは同じ世界で一緒に生きよう?」
それは……
人生を諦めていた揚羽には、考えもしない事だった。
「無理よっ、どうかしてる……
犯罪者なのよっ?
今さら普通に生きれるわけがない。
たとえ足を洗っても、罪は消えないし。
鷹巨の人生がめちゃくちゃになるかもしれないのよっ?」
「だったらまた1から始めればいいし、罪だって一緒に背負うよ?
言ったじゃん、俺……
聡子さえ残ってくれればって。
そしたら何でも頑張れるよ」
ぼろっと、揚羽の瞳から涙が溢れる。
「だから聡子じゃないのにっ、バカじゃない!?
素性もわからない女と結婚考えるなんて、バカにも程があるっ……」
「そんなの籍入れたら嫌でもわかるし、知ったところで何の保証にもならないよ。
どれだけ立派な家柄でも、どんなに堅実に生きてきた人でも、実際何が隠れてるかわからないし。
俺は自分の目で見て、心で感じたのものを信じたいんだ」
そう優しく涙を拭う鷹巨。
「……その結果騙されたくせに?」
「あの時(元カノ)はっ……
別に結婚とか考えてなかったから、色々気にしてなかっただけだし。
仮に騙されても、聡子ならいいよ?」
「っ、お断りよ。
あんたみたいなバカ、騙す価値もないし……
もう付き合い切れないわ」
顔を背けて、そう別れを突き付けると。
小さく震えてるその身体を、鷹巨は優しく抱きしめた。
「じゃあなんで泣くの?
それに、気付いてる?
断る理由が、俺を気遣う事ばっかで。
俺じゃダメって事は、一つも言ってないって」
「もぉうるさいっ……
とにかく、無理なもんは無理だからっ」
「そんな理由じゃ諦められないし、別れもOK出来ないよ」
くすくすと笑う鷹巨。
涙のわけは、揚羽自身もわからないでいた。
だけど、鷹巨の気持ちが嬉しくてたまらなかったのは確かだった。
そして、一瞬夢を見てしまった。
こんな自分でも、普通の幸せが手に入るんじゃないかと。
この復讐の渦から、汚れきった自分から……
脱皮して、もう一度生まれ変われるんじゃないかと。
そのため、はっきり断れなかったのだ。
そんな揚羽を抱きしめながら……
鷹巨はずっと、その髪を撫で続けていた。
◇
「はぁ……」
倫太郎の家で食事の最中、もう何度目かのため息吐く揚羽。
「……なんか、あったのか?」
プライベートな事だと思い、何も訊けずにいた倫太郎だったが……
痺れを切らして問いかける。
「……まぁ、ちょっとね」
心ここにあらずな様子でそう答えると。
少しして、またため息を零した。
「あぁも!言えねんなら人んち来てまで溜息吐くなよっ。
せっかくのメシが不味くなんだろ」
「せっかくのって……
私が作ったんだからいいじゃない」
「だからっ……
そんな時まで作りにくんなよ」
久保井の件が滞ってから、揚羽は3日に1度のペースで作りに来ていた。
「だって作りにでも来なきゃ……」
会う理由ないし、と思いながらも。
「寂しいでしょ?」
そう続けると。
「はあっ!?誰がだよっ。
むしろプライベート邪魔されるこっちの身にもなってみろよっ」
倫太郎は図星を誤魔化すため、つい言い過ぎてしまう。
「……あっそ、そんなふうに思ってたんだ?
じゃあもう来ないわよ。
プロポーズされたし」
途端、むせて吹きこぼす倫太郎。
「もう何やってんのよ」
ついまた拭こうとしたが……
「自分でやるからいいって!」
「でも取れてないわよ?」
ふふっと笑いながら、親指でその唇のソースを拭うと。
「だからやめろよ!」
感情を押し殺すのに精一杯だった倫太郎は、バシンと強く払い退けてしまう。
「あ、わり……」
「ううん、そうだったわね。
けど、あんたってどこまでも私の事拒否るわよね」
「別に拒否ってねぇし……潔癖症?」
「部屋こんななのに?」
いつも大雑把に掃除されていて、お世話にも綺麗とは言えなかった。
「っせーな。
つかプロポーズってなんだよ。
オマエらまだ付き合って1ヶ月くらいだろっ。
しかもあいつ一般人だろ?」
「そこなのよ。
一般人が、それもあんな完璧なエリートが、こんな犯罪者にプロポーズするなんて……考えられる?」
「なんか裏がありそうだな」
「そっち!?
じゃなくて、そこまで愛してくれるなんて凄くない?って話よ」
すると、呆れた顔を向ける倫太郎。
「なによ?」
「いやそれ、まんま結婚詐欺の手口だろ。
やたら良いヤツ演じて、短期勝負で尽くして、こんなに愛されてると思わせて……
なにどっぷり術中にハマってんだよ」
言われてみれば、と思いながらも……
「まさか、だって相手は何もかも身バレしてるのよ?」
「それがなんだよ。
実際、表の顔で詐欺してるヤツもいるし。
まだあの女(毒女)と繋がってたら、また捨て駒やってる可能性もあるし。
アンタ金あるし、結婚が難しい仕事だし?
1度はあの男に騙されてるし。
絶好のカモじゃん」
「だからって!この私がお金の無心に応じると思うっ?」
「金目的じゃなかったら?
例えば戸籍とか、アンタの情報が欲しかったら?
それで復讐企んでる可能性だってあんだろ」
でも鷹巨に限って……
そう思った瞬間、青ざめる。
まさしくそれは、この前の柑愛や赤詐欺被害者の考えだからだ。
「しっかりしろよ、オマエ騙す側だろ」
「そうだけどっ……
私だって人間よ?
幸せを夢見ちゃいけないのっ?
愛されたいって思っちゃいけないのっ!?」
愛なんて信じてなかったはずなのに、思わず感情的になる揚羽。
「だったら!」
俺が誰よりも愛してやるよ!
慌ててその言葉を飲み込んだところで、ハッとする。
同じ犯罪者の自分じゃ……
こんな何もない自分じゃ……
鷹巨が与える幸せの足元にも及ばないと。
「だったら……
なんでため息ばっか吐いてたんだよ。
幸せな夢見てたんじゃねぇのかよ」
「それは……
鷹巨の人生考えたら、別れるべきだと思ったし」
その事で久保井の件まで、また動けなくなったため。
どうしたらいいか思い悩んでいたのだ。
一方、倫太郎は……
鷹巨のために身を引こうとするほど、そいつが好きだったのかと。
その事でため息を繰り返すほど、結婚したかったのかと。
ショックで胸が八つ裂かれる。
「っっ……
そこまで想ってんなら、いっそプロポーズ受けてやれよ」
「はあっ?
意味わかんないんだけど……
あんたが今結婚詐欺って」
「そーだけどっ。
そんな偽物の気持ちで、そこまでオマエの気持ち奪えるとは思えねぇし。
もし詐欺じゃなかったら、こんないい話ケるとか勿体ねぇだろ」
「……なにそれ。
てゆうか……
倫太郎は、私が結婚してもいんだ?」
「……は?」
思わぬ問いかけに、大きくした目を揚羽にぶつけた。
いいわけねぇだろ!
つかそれ以前に……
「……なんで俺に訊くんだよ」
「なんでって……
バディだからよ。
私が足洗ったら困るでしょ?」
騒いでた胸が、一気に鎮まる倫太郎。
でもすぐに、とある言葉に反応する。
「別に困んねぇよ。
1人で出来る事するし、必要なら新しいバディ探すし」
そう、たとえ他の男と結婚しても。
一緒にいられなくなっても。
倫太郎は揚羽に、自ら足を洗ってほしかったのだ。
これ以上傷付かないうちに、出来れば幸せな形で……
そこに本人から、それを匂わす言葉が発せられたため。
こっちの事を気にせず、安心してバディをやめれるように仕向けたつもりだったが……
倫太郎にとってその程度の存在だったのかと、揚羽は激しくショックを受ける。
「っ、へぇ……
最高のバディとか言っといて、誰でも代わりになるんだ?」
「そうじゃねぇけど……
まぁ、天才ハッカーだし?
バディには不自由しねぇだろ」
「……だったら足なんて洗わない。
私だって、天才ハッカーを譲るわけにはいかないからね」
それを口実にする揚羽。
「はっ?
いやこっちが意味わかんねぇし……
幸せになりてんじゃねぇのかよ」
「ちょっと夢見ただけでしょ?
だからプロポーズは受けないし、ずっとあんたのバディでいるから」
その言葉に、一瞬喜んだ倫太郎だったが……
天才ハッカーだからかと、すぐに切なさに潰される。