3
「流石だね、揚羽ちゃん。
会うたび惹かれるよ。
もっと一緒にいたいんだけど、アフター行かない?」
「下手な誘い方ね。
まぁせっかくだし、私ももう少し話したいとこだけど……
ごめんね?先約があるの」
「いいよ、待っとく。
俺の車でドライブでもしよ?」
「あのね……
どこの世界にそんな危険なアフターに付き合うコがいるのよ。
だいたい俺の車って……
どうせレンタカーでしょ?」
狡猾な詐欺師が、そんな足がつく手掛かりを晒すわけがないからだ。
「だったら威張って誘わないよっ。
といってもたかがレクサスだけど、外車は目立つから乗れないんだよね」
ふぅん、鷹巨と同じ車か……
それがほんとに自分の車だとしたら、私に晒すなんてどういうつもり?
舐められてるのか、それすら完璧に情報操作してるのか……
そう推測しながらも。
調べる価値はあるうえに。
発信機や盗聴器を仕掛けて、新たな情報を得るチャンスでもあった。
でも鷹巨と約束してるし……
と少し悩んだ揚羽だったが。
「そんなに愛車を自慢したいの?
意外と可愛いのね。
それに免じて(アフターに)付き合ってあげるし、先約も断ってあげるから。
これで借りは帳消しね」
鷹巨の事だから、言いつけ通り眠って待ってるはずだと。
久保井を早めに切り上げてから行く事にしたのだ。
これで借りを相殺出来て、情報まで得られるかもしれないとなれば、逃す手はないからだ。
仕事を終えて、待ち合わせ場所に向かうと……
停まっていたレクサスは、確かにレンタカーではなく。
揚羽は車体とナンバーを、忍ばせてた隠しカメラに収めると。
久保井のエスコートで、その助手席に乗り込んだ。
「どこ行くっ?
県外まで行っちゃう?」
「冗談でしょ。
仕事帰りで疲れてるのよ?
30分だけ付き合ってあげる」
やたらと浮かれてる久保井を、ばっさり切り捨てると。
「え……それで帰すと思ってんだ?」
打って変わって、冷ややかな口調が返される。
「……どうするつもり?」
「そりゃあ、密室に2人切りだし。
この前の続きとか?」
「呆れた……
それしか手がないの?
だいたい、そんな事で落ちると思う?」
「やってみる価値はあるよ。
みんなそれでイチコロだし。
揚羽ちゃんの事も、めちゃくちゃ気持ち良くしてあげるよ?」
「けっこうよ。
そんな事したら訴えてやるから」
強気で跳ね除けながらも。
内心は焦っていて……
「揚羽ちゃんに訴えられるなら本望だよ」
その言葉と同時、車が路肩に停車した。
慌てて揚羽は、車から降りようとしたが……
歩道のガードパイプでドアが開けず。
途端、右手首を掴まれて。
同じく左手首ともども、シートに押し付けられる。
「やめてよ!」
「大丈夫、すぐに気持ち良くなるから」
そう言って久保井は、揚羽の首筋にキスを落とすと。
その唇を胸元の方に這わせていった。
「やっ……いやっ!
ほんとに訴えるわよっ!?」
必死に抵抗しながらも。
その肌は、身体は、異常なほど久保井に感じてしまっていて……
それが許せない感情と、どうにもならない感覚に、おかしくなりそうになる。
「もういやお願いっ……
お願いやめてっ!」
すると胸元を吸っていた久保井は、ピタリと止まって。
「そんな嫌っ?」
小馬鹿に吹き出した。
「無理やりなんて嫌に決まってるでしょ!?」
「無理やりって……」
そこで久保井は掴む手を緩めると。
「嫌よ嫌よもなんとかって言うしさ?
自分で危険とか言っときながら、のこのこ来るぐらいだし。
2度も同じ手食うコじゃないと思ったから、てっきりOKなのかと思ったんだけど。
揚羽ちゃんって実はバカなコ?
俺じゃなかったら犯られてるよ?」
「あんたこそバカじゃない!?
キスマークつけられたら仕事に響くじゃない!」
悔しくて感情的になっていた揚羽は……
「隠れる服着ればいいだけだし。
こうでもしなきゃ、揚羽ちゃん誰にでも股開きそうだからさ」
その瞬間、カッとなって久保井をハツってしまう。
それにより……
「……てゆうかホステスならさぁ、もっと上手くあしらえない?
そんなんでよくやってこれたよね。
なんかがっかりしたってゆうか……
もういいよ、どこに送ってけばい?」
乾いた声と冷めた口調でそう返されて。
やらかした焦燥感に襲われると同時。
2度も久保井に捨てられた気がして、胸が八つ裂かれる。
近くのコンビニで降ろしてもらった揚羽は、茫然と……
呼んだタクシーを待っていると。
不意に、もうどうしていいかわからなくなって。
疲れて、何もかも嫌になって。
ただただ涙が溢れ出した。
そうやって途方に暮れながらも……
やって来たタクシーで、鷹巨のマンションを訪れると。
エントランスロックが、チャイム後すぐに解除されて。
「なんで起きてるの?」
八つ当たりで思わず責める。
『えっ……
ちゃんと寝てたよっ?
ただすぐ出られるように、来そうな時間に目覚ましセットしてただけで……
それよりっ、とりあえず上がって?』
またしても様子のおかしい聡子が、心配でたまらなかった鷹巨は……
「お疲れ聡子っ。
なんか、あったの?」
出迎えるなり、そう尋ねると。
「ん……
ごめんね鷹巨、浮気した」
力なく答える揚羽の胸元に。
キスマークを見つけて、すぐさまぎゅっと抱きしめた。
「聡子は何も悪くないよ?
わかってるから……
辛いのも全部、俺が受け止めるから」
「っ、なんで無条件に信じるのっ?
したって言ってるじゃない……
証拠だってあるじゃない!」
「そんなの、聡子の様子を見れば(無理やりだって)わかるし。
好きだから、何があっても信じるだけだよ」
その言葉に、堪らず揚羽はぎゅっと鷹巨にしがみついた。
「私は詐欺師なのよっ?」
「うん、でもその前に1人の人間だよ?」
そう揚羽の髪を優しく撫でる。
「だけど出来損ないの人間よっ。
簡単に切り捨てられる存在にしかなれなくて……
ずっと詐欺と水商売で生きてきたのに、それですら使いもんにならなくて……
だったら私には何もない!」
「でも俺は聡子に救われたし、きっとたくさんの人が救われてるよ?
それに、告白した時も言ったと思うけど。
俺にとっては、簡単には諦められないくらい特別な存在だし。
聡子に呆れられるくらい、ストーカーするくらい?
聡子じゃなきゃダメだから」
「っ、ほんとは聡子じゃないのにっ?」
「そこはまだ、信用を勝ち取れてないだけで。
俺の前で聡子でいたいなら、俺はその聡子を愛するだけだよ」
ずっと撫で続けてる腕の中で、揚羽はボロボロと涙が零れる。
口では何とでも言えると思っていても。
今欲しい言葉が、胸に染み込み。
愛なんて信じてなくても、今だけの幻でも。
鷹巨だけは自分をこんなにも愛してくれると、その存在に救われていた。
「でも……
今私が好きなのは、モンブランだけよ?」
すると鷹巨は柔らかく吹き出して。
「じゃあすぐコーヒー淹れるよ」と、涙を拭うようにキスをした。
「もぉ……
眠れなくなるわよ?」
「じゃあ一晩中抱き合う?」
「ちゃんと寝てたの?」
「寝てたよ!
じゃあOKって事っ?」
「別にいいわよ?抱き合って寝るくらい」
「ええ、そっち!?」
揚羽はふふっと吹き出しながらも。
そんな鷹巨を愛しく思えていた。
「んっ、美味しっ……
なにこのモンブラン、死ぬほど美味しいっ。
来てよかった」
「良かった〜。
じゃあ毎日何か用意しとかなきゃ」
「……毎日来させる気?」
「そりゃ、毎日会いたいよ。
付き合ってるんだし」
「やっぱり付き合ってるの?」
「うん、だって聡子も……
浮気を謝るって事は、そういう関係って認めてるわけだし」
「あれは……」
胸元のキスマークなんて言い訳しようがないと思い、敢えてそう言ったのだったが。
「だからいつでも来れるように、はい」
と合鍵を渡される。
「……さすがにこれは、バカすぎない?
帰ったら何もかも無くなってるかもよ?」
「あははっ、聡子さえ残ってくれればいいよ」
そう言われて、思わずキュンとなる揚羽。
「可愛い、聡子……
大好きだよ」
その言葉とともに。
唇から口内へと入ってきたものは、モンブランより甘く溶けて……
その夜2人は、何度も何度も抱き合った。