表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色アゲハ  作者: よつば猫
クロアゲハ
2/41

 2匹のアゲハ蝶が、ヒラヒラとたわむれるように飛んでいた。


 そこに、携帯の着信音が鳴り響く。


『ごめん、揚羽あげはちゃん。

ちょっと仕事が押してて……

今日の同伴、30分くらい遅れるかもしれない』


 同伴とは、ホステスがお店の営業時間前にお客様と食事などして、そのあと来店してもらうシステムだ。


「いいですよぉ。

私は田中専務とお食事出来るだけで嬉しいですもん」


 その時、片方のアゲハが蜘蛛の巣にぶつかりそうになり。

途端、もう片方が守るようにしてそれに捕まった。


「……じゃあ、お仕事頑張ってくださいね」

揚羽と呼ばれたかつての少女は、そう会話を締めくくると。


 蝶に自己犠牲みたいな概念があるんだろうか?

目の前の光景をそんな思いで眺めて……

まさかね、と鼻で笑って通り過ぎた。



 揚羽というのは源氏名で。

煌びやかに身を飾る(・・・・)水商売の女性を、夜の蝶(・・・)と例える事から。

蝶に因んだその名前をつけていた。


 さらにその漢字には、上がるという意味があるらしく。

絶望から這い上がってやる……

そんな思いも込められていた。


 あのあと戸籍上の夫とは、失踪届により離婚が成立したものの。

その結婚詐欺で、お金も住む所も失った揚羽は……

年齢を偽って、日払いのある水商売で食い繫いできた。



 そうして11年。

都道府県や店を転々と変えながら、今は高級ラウンジで働いていた。


 でもそれは表の顔で……


〈データPCに送った〉


〈ありがと。少し時間が空いたから、こっちにも送って〉

揚羽はバディからのぶっきらぼうなメッセージに、そう返すと。

すぐに送られてきたそれを開いた。


 こいつがターゲットの岩瀬鷹巨いわせたかおみか……

結婚詐欺師とはいえ、飛び抜けて甘いマスクね。


 データの写真を見ながら、これなら大抵の女が騙されるだろうと溜息を漏らす。



 依頼者はこの男に、母親の治療費として集めた300万を騙し取られたらしく……

親を心配する気持ちに付け込まれ。

「結婚したら、俺がもっといい治療を受けさせるから」と。

その定期預金の満期が来るまで、結婚資金を立て替える事になり。

それを奪われたようだ。


 依頼内容は、母親の病状が悪化する前に全額取り戻して欲しいとの事だった。


 そう、裏の顔は……

詐欺師を騙す黒詐欺師として、嘘で飾る黒アゲハ(・・・・・・・・)


 ターゲットは、結婚詐欺などを主とした赤詐欺師で……

お金だけじゃなく愛まで奪う赤詐欺を、より卑劣だと思っているからだ。


 この依頼者も、愛する人に裏切られた挙句。

親の命に関わる大事なお金を奪われて、どれだけ辛かっただろうと。

揚羽は依頼者の痛みに自分の痛みを重ねて。


 許せない……

復讐心に火を灯す。


 憎むべき詐欺行為に、自ら手を染めたのは……

当時のホステス仲間が悪徳ホストに騙されて、その復讐に加担する事になった際。

ずっと燻ってた憎しみのはけ口を見つけたからだった。


 そんな奴ら、今度はこっちが騙してやると。

そして腕を上げて、いつかあの男に復讐してやると。


 そうして赤詐欺専門の復讐代行サイトを立ち上げた揚羽は、そこに寄せられた依頼からターゲットをピックアップしていた。


 被害が深刻なものを優先しつつも。

ターゲットが大きな組織の場合、下手に手を出せばこっちの身が危ない。

さらに、依頼内容がハードすぎるものも引き受けかねる。


 また、嘘で塗り固められた詐欺師を探し出すのは、ただでさえ難しいのに……

手がかりが極端に少ない場合も手に負えないし。

虚偽の事実で相手を陥れようとしてるケースも見抜かなければならない。


 そのため、いつもバディの天才ハッカーが……

ターゲットだけじゃなく、依頼者とその事実関係も調べていた。



 うん、確かに……

依頼者の母親は陽子線治療が必要な状態で。

そのためらしき300万も引き出されてるし、他の情報も申告通りね。


 ただ……

揚羽はターゲットの調査データに疑問を持つ。

詐称ではなく、本当にエリートなのだ。

それも、大手証券会社の営業マン。





「ねぇ倫太郎りんたろう、どう思う?」

その日仕事を終えると、揚羽は真っ先にバディの家を訪れていた。


「どうって……

身分詐称も甘かったし、初犯なんじゃね?」

倫太郎と呼ばれた天才ハッカーは、その切れ長の大きな目を揚羽に向けた。


「でもそんな高給取りで人目につく多忙な人間が、わざわざリスク負って犯罪に手を染める?

しかもここまで男前とか、なんか胡散臭いと思わない?」


「いやそれまんまアンタだろ」


「は?

ケンカ売ってんの?」


「だってそーだろ?

その美貌で、人目につく水商売でけっこう稼いでんのに、わざわざリスク負って犯罪に手を染めてんじゃん」


 なるほどと合点しつつも、ふと思う。

じゃあそのターゲットも私みたいに、何かを抱えているんだろうかと……


 だとしてもバカなの?

揚羽は鼻で嘲笑った。


 自分と違って、誰もが羨むような人生に身を置きながら。

それを無防備に危険に晒しているからだ。


「まぁ私は化粧で誤魔化せるからね」


「そっか、アンタ顔面詐欺師でもあったよな」


「あんた殺されたいの?」


 すると倫太郎は、楽しそうにハハッと笑う。


 クソ生意気だけど、その笑顔は可愛いのよね……

ぶっきらぼうな6コ下の天才ハッカーは、時折無邪気な笑顔を見せる。


 だけどその風貌は、長身で男らしい体つきで、やんちゃな雰囲気をまとっていて。

見た目通り喧嘩が強く、揚羽のボディガードも兼ねていた。


 バディになったのは2年半前。

まるで道でも尋ねるかのように声掛けられたのだった。




「アンタの黒詐欺、混ぜてくんない?」


 当然、揚羽は警戒する。


「……何者?」


「天才ハッカー、ってトコかな」


「天才って……

自分で言うのってどうなの?

むしろチンピラ小僧にしか見えないんだけど」

相手にしない方がいいと判断した揚羽は、そう言って通り過ぎようとした矢先。


「じゃあチンピラでいいよ、バツ1の西原サン」


 誰も知るはずのない情報と、とっくに捨てた本名を口にされて、踏み留まる。

こいつ、本物のハッカーだ……


「アンタの詐欺情報、けっこう出回ってんだよ。

このままじゃ捕まんのも報復されんのも時間の問題だけど。

俺と組むなら全部揉み消してやるし、チンピラらしくボディガードもしてやるよ。

断るなら、アンタのデータ売らせてもらうけど」


「……何が目的?」


「まぁ金と、楽しそうだから?」


 つまり一時的な収入より、継続的な報酬が欲しいってワケね……

バカそうに見えても、ハッカーだけあって賢い男だと、警戒を強める。


「悪いけど、脅しには屈しない主義なの。

私は誰も信用しないし、誰とも組む気はない。

相手が男なら尚更ね。

データも、売りたいなら好きにすれば?」


 そう、人生に希望がない揚羽には……

誰かに屈してまで、守りたいものなどなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ