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そんな中、とうとう久保井が動き出した。
揚羽がいつものように、2人のやり取りを盗聴していると……
『あのね仁希、お金どうにかなるかもしれないっ』
お金っ?
いつの間に……
恐らく、ピロートークで無心したのだろう。
さらに、続いた会話によると……
お金の工面方法も、久保井のアドバイスによるものらしかった。
それは、一括で支払っている学資保険を解約するといった内容で……
バカじゃないの!
大事な子供のためのお金に手を付ける柑愛と、それを狙う久保井に怒りが込み上げる。
すぐにでも阻止したいところだったが……
さすがに今それを伝えるのは、盗聴を勘づかれる可能性が高いため。
揚羽は次の日、柑愛に電話する事にした。
「実はね、大事な話があるんだけど……
落ち着いて聞いてね?
あの久保井仁希は、結婚詐欺師よ」
『は?
なに言ってるんですか?
どんな勘違いか知りませんけど、違いますから』
「間違いないわ。
私の親友が被害に遭ったの。
本当は、久保井がその犯人かどうか確かめたくて、柑愛ちゃんに連絡先を訊いてたんだけど。
教えてくれなかったから、確信するのに時間がかかったの」
『うそ……
嘘よそんなのっ』
もちろん親友の話は嘘だが、大勢騙してる久保井には判らないと踏んだのだ。
「本当よ。
シングルマザーをターゲットにしてるみたいで、親友もそうなの。
それで、学資保険の解約返戻金を奪われたんだけど……
柑愛ちゃんは、そんな話されてない?」
『そんなっ……
証拠は、証拠はあるんですかっ?』
柑愛は声を震わせた。
「証拠はその子の証言よ。
もっと明白なものがあれば、とっくに警察に突き出してるわ」
『なんだ……
じゃあ違うかもしれませんよねっ?
てゆうか……
それ、作り話なんじゃないですか?
そうだ、きっとそうよ。
揚羽さん、私が保険会社に行ったの見てたんですねっ?
それでこんな嘘思いついて……』
「あのね……
そんな嘘ついて、私に何のメリットがあるのよ」
『ありますよ、嫌がらせでしょ?
自分が仁希に相手にされなかったからって、水を差すのはやめてくださいっ』
「……あんた、どこまでおめでたいの?
信じないならそれでもいいけど。
子供を愛してるなら、そのお金に手を付けるのはやめなさい。
それでフラれたら、それこそ証拠になるんだし」
『だからっ、そっちに誘導するのはやめてください!
あたしたちを別れさせたいんでしょうけど、その手には乗りませんからっ。
てゆうか、こんな事して恥ずかしくないんですかっ?
揚羽さんにはがっかりしました』
「ああそう。
じゃあ好きなだけ騙されれば?」
バカな女……
あんたみたいな女がいるから、結婚詐欺が絶えないのよ。
電話を切ったあと、そう苛立つ揚羽。
だけど……
あの時の私もきっと、そうだった。
ふうと溜め息をついて、そう思い直す。
愛する人を信じたくて……
希望に縋りつきたくて……
そう、1人で子育てするのは大変だ。
子供が病気になれば、その間ずっと仕事を休まなければならない。
それは共働きでも同じ事だが……
ひとり親の場合、自分の収入のみで全てを賄わなければならないため、数日の欠勤でも死活問題になる。
にもかかわらず、一週間近くも店を休んでいた事を考えると。
恐らく柑愛には、他に頼れる場所がないのだろう。
無理をして倒れれば、全てが立ち行かなくなり。
その危険性と隣り合わせの中、無理をするしかなくて……
そうやって1人で戦ってるから、支えが欲しくなるのだろう。
辛いからこそ、救ってくれる希望に縋り付きたくなるのだろう。
かつての私のように……
そう重ねて、胸を痛める揚羽。
そしてそんなボロボロの心を、さらにグチャグチャに踏み潰そうとしている久保井に。
絶対許さないと、心火を燃やす。
あぁも焦りたくなかったけど……
仕方ないから、保険を解約する前に強行突破してあげる。
後日、揚羽は……
ハッキングの位置情報で得た潜伏先らしきビジネスホテルで、久保井が帰ってくるのを待ち伏せた。
その到着を前に、深呼吸をして自分を落ち着けると。
盗聴器をオンにした。
それを捉えた倫太郎は、とうとう久保井をターゲットに動き始めたんだと認識する。
「あれ、揚羽ちゃん。
こんなとこで何してんの?」
「久保井さんを待ってたんです」
「俺を?
でもここ、教えた覚えないんだけどな」
「はい。
久保井さんが帰る時、尾行させてもらったんです」
「へぇ、何のために?」
「心当たりがないですか?」
「いや、ありすぎてわかんないやっ」
そう久保井は吹き出した。
憎らしいほど余裕ね……
相手にもしてない久保井の態度に、怒りが露わになる。
「じゃあ教えてあげるわ。
柑愛から、学資保険の解約返戻金を奪おうとしてるみたいだけど。
今すぐやめないと、警察に通報するわよ」
「ふぅん、それ本性?
面白いね。
けど揚羽ちゃん、勘違いしてるよ。
俺は借りるだけで、すぐに返すつもりだし」
「そんな嘘が通用すると思う?
あんたが結婚詐欺師って事は、調べがついてんのよ」
「それどこ情報っ?
そんなの信じるなんて、揚羽ちゃんって騙されやすい人?」
自分を騙した張本人から、そう笑い飛ばされて。
揚羽はカチンと逆上する。
「とぼけんのもいい加減にしたらっ?
それが通用する相手かどうか見抜けないなんて、あんた三流の詐欺師?
あぁそっか、同じ名前で詐欺するぐらいだし、ただのバカか。
そんなバカの分際で私の親友を騙したなんて、いい度胸じゃない。
残念だけど、その子の証言で訴えさせてもらうから」
「なんだ、完全にバレてたんだっ?
でもおかしいな。
バカでも証拠は1つも残してないのにな。
まぁあるなら訴えていいよ」
「明白なものはね。
でもそれで充分なのよ?
私にはとても懇意にしてる、警察キャリアのお客様がいてね。
癒着を黙ってる代わりに、なんでも力になってくれるの。
だから、あんたなんてどうにでもなるのよ」
もちろんそれはハッタリだったが……
「うわ、すごいな!
じゃあ俺はどうすればいいワケっ?」
相変わらず動じない久保井に、歯がゆさを感じる揚羽。
「そうね、まずは……
最初に言った通り、柑愛からすぐに手を引いて。
そして親友が騙し取られたお金と、慰謝料と示談金を合わせて……
一千万、払ってもらうわ」
「一千万っ?
大きく出たね。
でもそれって脅迫だよね?
悪いんだけど、今の会話全部録音してるからさ〜。
訴えたら、そっちも無傷じゃ終われないよ?
ほら俺は裏稼業だからいいけど、揚羽ちゃんは表の人間でしょ?
しかも職種的に、色々隠してる事も多いだろうし。
それもバレちゃっていんだ?」
この男っ……
いくら焦って事に及んだとはいえ。
筋金入りの詐欺師なだけあって、一筋縄にはいかない状況に。
してやられたと苦汁を味わう。
「まぁそれでも訴えたいなら、好きにすればいいけど。
例え立件出来ても、そんな金額手に入んないし。
どうせなら、無傷で圧勝したくないっ?」
「つまり、何が言いたいの?」
「つまり、俺と勝負しない?
そしたら柑愛からは手を引くよ」
「勝負?」
「そっ。
揚羽ちゃん面白いから、気に入っちゃったんだよね。
だから、その調子で俺の事落としてみてよ。
それでも一応、プロのホステスでしょ?」
こいつ、どこまで舐め腐ってんの!?
「いいわ、受けてあげる」
挑発に乗ってしまった揚羽は、すぐに了承してしまう。
「それで、落としたら?
私が勝ったらどうする気?」
「その時は、一千万も払うし自首もするよ。
けど逆に、揚羽ちゃんが俺に落ちたら……
恨みっこなしで、今までの人生捨ててくれる?
そんで、全部俺がもらおうかな」
そうね……
そうやって私は、あんたに全てを奪われた。
瞬時に、その時の絶望が甦る。
「あれ、怖気付いちゃった?
やっぱやめとく?」
「冗談でしょ。
相手は詐欺師でも、三流バカだし。
せいぜい足をすくわれないようにする事ね」
そう、あんたなんかに落ちるわけない。
二度と同じ手は食わないわ。