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「はあっ?」
盗聴器越しに聴いていた倫太郎も、同じく「はあ!?」と面食らう。
「……あぁ、そう。
でもごめんなさい」
「速攻っ?」
「当たり前でしょ?
どう考えてもおかしいでしょ」
「確かに、出会い方は悪かったけど……
でも俺、復讐に協力してる時から、聡子さんの事は悪い人に見えなくて。
今となっては、優しい人だなって」
「どこをどう解釈したらそうなるワケ?
あの女への仕打ち、見てたわよね?」
「だから、それも。
厳しい状況に追い込む事で、足を洗う方向に持ってって、更生させようとしてたんだなって」
「はあっ?」
確かにそういった意図もあったが……
それは再犯防止と、これ以上被害者を増やさないためが主な目的で。
「あんたの頭もたいがいお花畑ね。
私はあの女がどうなろうとどうでもいい」
そう、毒女の兄に復讐を依頼した被害女性は、当時自殺未遂にまで追い込まれ。
毒女も、そんなふうにたくさんの被害者を苦しめていたため。
突然の報いだと思っていた。
それでも今は後悔や反省をしているのなら、少しは現状を考慮するところだが。
逆恨みするような相手に、同情の余地はなかったのだ。
「でも被害者の事は1番に考えてくれてる。
加害者に謝罪させようとしたり。
タダ働きになるのに、依頼料も全部返してくれたり」
「別にお金目的じゃないからね」
「ほらっ、それってつまり被害者の救済が目的って事だし」
「やめてよ、そんなつもりさらさらないわ。
強いて言うなら、自己満足で自分がスッキリしただけ」
そう、自分が救われたいだけよ。
「だとしても、結果的に救ってる。
しかも無償でもいいなんて、そんないい人いないよ」
「いい加減にして!
都合よく妄想するのは勝手だけど、私は復讐にしか興味がない冷酷な人間よ」
そう、いい人なんかじゃない。
そんな人間になったら、あの男に復讐出来なくなる。
「……俺には、悪ぶってるようにしか見えないよ」
その言葉に、思わず揚羽は胸を締め付けられる。
「っとんだ甘ちゃんね、あんたに何がわかんの?」
「じゃあさ。
わかりたいから、今度の日曜デートしよう?」
「はいっ?
……何企んでるの?」
「そりゃあ、彼女にしたいなって」
バカバカしい答えに、冷めた視線を突き刺す揚羽。
「あははっ、そういう冷たい顔もいいね」
「マゾなの?
悪いけど、あんたに構ってる暇はないし、わかってもらわなくて結構だから」
「でも簡単には諦められないんだっ。
本当に信じられるのは、聡子さんみたいな人だろうなって」
「……バカなの?」
こんなとこじゃ口には出来ないけど、詐欺師なのよ?
「一番信用しちゃいけない人間だから」
「だから、そういうところ。
信じるなって言ってくれる人の方が、逆に信じられるなって」
確かに……
信用される行動をしてないヤツほど、信じてを乱用するかもね。
「そこまで言うなら。
何があっても、私の事信じなさいよね」
そう言えば、今度は不信感を持つって事でしょ?
「もちろん信じるよ」
「どっちなのよ!
結局なんでも信じるんじゃない」
「えっ?あ、そっか。
でも俺、元々さ……
信じられない事だらけの世の中だから、好きな人くらいは信じたいなって思ってて」
「ほんと懲りない男ね。
それであの女に利用されたっていうのに、今度は私からも利用されたいの?」
「それでもいいよっ?
そうだ、タクシー使うくらいなら俺が足になっても全然いいし」
なるほど、今わかったわ。
毒女から騙されてるのか、それとも一肌脱いでる共犯なのかと二択にしてたけど……
この男はきっと、どっちもだ。
つまり、騙されてる部分もありながら。
好きな相手のために、一肌も二肌も脱いでしまうタイプなのだと。
「残念なイケメンね」
こうも完璧なスペックを持ちながら、その残念さは……
もはや天然記念物だと、呆れる揚羽。
「もうちょっと賢くなってから出直してくる事ね」
「賢くって……
俺これでもやり手営業マンで通ってるし、策士だよ?」
「自分で言うのってどうなの?」
そう突っ込みながらも。
その実力は認めざるを得ないと、一転して面目が立たなくなる。
仮にも揚羽は、一般人相手に心を掴まれそうになり、一杯食わされたのだから。
「あと本気で出直されても困るから、ここにはもう2度と来ないで。
そしたら連絡してあげる」
「ほんとにっ?
でも連絡がなかったら、また来るから」
揚羽はあしらえない鷹巨に、ふぅと脱力すると……
「1つ教えといてあげる。
私、しつこい男は嫌いなの」
そう言ってダミーマンションのエントランスロックを解除して、その中へと立ち去った。
程なくして、その場に倫太郎が到着すると。
鷹巨の姿はもう見当たらなかったが……
今までのやり取りを聴いていた倫太郎は、ストレートに気持ちを伝えられる鷹巨を羨ましく思い。
やり切れなくなって、無性に揚羽に会いたくなる。
〈大丈夫か?〉
とりあえずそうメッセージすると。
すぐにその本人から電話がかかってきた。
『大丈夫だけど、もしかして来てくれたの?』
「まぁ、来た意味なかったけど」
『ふふ、でもありがとう。
ねぇせっかくだから、部屋寄ってかない?』
瞬間、心が躍る倫太郎。
「……なんか、食いもんあんなら」
『はいはい、なんか作ってあげるから、合鍵使って上がってきて』
倫太郎は、それを使った事はなかったが……
何かあった時のため、お互い交換していたのだ。
ところが。
弾む気持ちで車を停めようとした矢先、メールが入り。
倫太郎は苦渋の思いで、用事が出来たと揚羽に断りの連絡を入れたのだった。
その週末、ようやく田中専務の仕事が落ち着き……
揚羽は柑愛と一緒に、約束していた久保井との2対2同伴に来ていた。
「いやもうほんとに大変だったよ。
システムが全部パァになるし、なかなか復旧出来ないし、取引先の対応には追われるしでさぁ」
「それは災難でしたね……
結構ご無理をされたんじゃないですか?
同伴は来週でもよかったのに」
「いやいやっ、ずいぶん待たせちゃったし。
揚羽ちゃんに会えただけで、今までの疲れも吹き飛ぶってもんだよ」
「ほんとですかっ?
だったらもっと吹き飛ばしたいんで……
お店に入ったら、愛情たっぷりの肩揉みをさせてくださいね?」
「ほんとかいっ?それは嬉しいなぁ。
ちょっと来ないうちに、あの2人があんなラブラブになってるから悔しかったんだけど。
こりゃあ僕の方が幸せもんだなぁ!」
田中がそう言うように……
柑愛と久保井は、人目もはばからずイチャついていて。
揚羽は見るに耐えない思いで、2対2同伴を後悔していた。
柑愛の携帯を乗っ取って以来。
揚羽は2人のやり取りを耳にしたり、文字で見たりはしていたものの。
実際目の当たりにすると、不可抗力に胸が疼いて……
それが腹立たしくてたまらなかったのだ。
すると、ふいに久保井と視線が絡んで。
「っ、本当に仲がいいですね」
慌てて笑顔でそう取り繕うと。
「うん、いつかは結婚したいと思ってるし」
返ってきたその言葉に……
感激する柑愛と持て囃す田中専務に紛れて、揚羽は胸を抉られる。
かつて自分も久保井に言われた、プロポーズを思わせるその言葉は……
今までで一番嬉しかった言葉で。
この上なく残酷な言葉で。
憎らしくて、遣り切れなくて……
でももう2度と、久保井なんかに心を乱されたくなくて……
今に見てろと、必死に自分を奮い立たせた。