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「まずは…
こちらの結婚詐欺師から奪い返した、ご依頼金の300万円です。
お納めください」
そう封筒を差し出すと。
セリフにそって手の平を向けられた鷹巨は、「えっ」と意味がわからない様子を示し。
毒女は一瞬バツが悪そうな顔を覗かして、「ウソでしょ、いつの間に」と混乱を極めた。
やっぱり鷹巨は被害者か……
2人の様子から、そう判断する揚羽。
結婚詐欺師という設定を本人に隠していたのは、聡子が赤詐欺専門の詐欺師と知られないためだろう。
それがバレれば、聡子に狙われた兄が赤詐欺という事を物語るからだ。
すると毒女は開き直った様子で冷笑した。
「やるわね、だけど……
アポなしでなんの報告もなく、しかもこんな形で渡すなんてルール違反じゃない?
そんなんじゃ依頼料は払えないから」
「確かに、正規の依頼ならルール違反でしょうが……
依頼された復讐代行サイトには、虚偽の申告には然るべき処置をいたしますと書いてましたよね?
なので、何も文句は言えませんよ?」
と、依頼者の名をさん付けで呼んだ後。
「あ、違った。
詐欺師の」と声色を低くして、その本名を口にすると。
再び毒女の顔が驚きで染まり。
チラリと覗き見た鷹巨も、耳を疑う素ぶりを見せた。
「確かお兄さんは、詐欺で奪ったお金を奪い返されて。
薬物の代金が払えなくなって、売人からリンチされたのよね。
それで逆恨みして、復讐しようって?」
「全部お見通しってワケ。
赤詐欺専門って割には、美人局以外にも脳があったんだ?」
「逆にあんたは美人局でくるとしか思わないなんて、どんだけ脳無しなの?」
そう言い返されて、毒女は揚羽をキッと睨んだ。
「脳ナシはどっちよ。
わかってて依頼を達成するとか、頭スッカスカなんじゃない?
残念だけど、受け取ったもんは返さないから」
「どうぞ?」
後で回収するし。
「こっちはあんたみたいな小物相手にしてないから、受けた依頼をこなしただけだし。
あんたの男のお金だから、痛くも痒くもないからね」
そこで、黙って状況を読み取っていた鷹巨が、青ざめた顔で呟いた。
「でも俺、取られた覚えなんか……」
揚羽は胸を痛めながらも、不敵な笑みを鷹巨に向けた。
「それは後でわかるわ」
カード会社から請求が来るからね。
そう、鷹巨がプレゼントを購入した偽サイトでは、非会員はカード払いのみという設定にしていた。
怪しまれないように、会員になれば支払い方法が増える設定にしていたが……
会員登録にはカード情報の入力が必須のため、結局はどちらでもその情報が得られる仕組みになっていた。
倫太郎が睨んだ通り、鷹巨の場合その収入から限度額も高額で。
つまりそのカードから依頼金を調達していたのだ。
「あと、受け取るなら依頼料はきっちり払ってもらうわよ?」
そう請求書を差し出すと。
「180万!?
ふざけないでよっ、そんな金額払えるワケないでしょっ?
だいたい、最初に提示された金額と違うじゃないっ。
……っほら!」
毒女は、それが記載されたメールを見せ付けてきた。
「だから……
差額は然るべき処置の一環に決まってるでしょ?
どこまで頭お花畑なのよ」
苦虫を噛み潰したような表情を見せる毒女。
「でもそんな金額、すぐには払えないわっ。
せめて期限を設けてよ」
「払えるじゃない。
その依頼金から抜き取ればいいだけでしょ?」
「これはっ……
鷹巨のお金だから」
「へぇ、返す気あるんだ?
てっきり、鷹巨を上手く言いくるめてネコババするのかと思ってた」
「っ、しないわよそんな事。
嫌われたくなかったから、嘘はついてたけど……
愛してるもの」
「じゃあ今すぐ返しなさいよ。
それで鷹巨に180万建て替えてもらったら、返済猶予も出来るじゃない」
「それはっ……
鷹巨のお金がほんとに取られてるってわかったら返すわよ。
もしかしたら、あんたのハッタリかもしれないし」
揚羽は呆れたふうに溜息を吐き零した。
「身銭切ってまでそんな事して、私になんのメリットがあるのよ。
つくづく往生際も頭も、だいぶ悪い詐欺師ね。
だいたい、愛してるなら極力晒したくないって思うもんでしょ。
なのに鷹巨だけ晒して、復讐詐欺の実行犯をさせるなんて。
でもまぁ……
ここまで完璧なスペックなら、それを使わない手はないし。
逮捕も恐喝も両方成し遂げるには、必要な駒だけど。
そこまで謀れる頭はなさそうだし、あんたみたいな小物にそんな技量はないか」
「小物小物って、それぐらいで技量とかウケるんだけど。
こっちは余裕で両方やるつもりだったし、それを見抜けないあんたの方が小物なんだけど」
はい認めた。
まぁこんだけ蔑まれたらアピールしたくもなるわよね。
「見抜けなかったら、そんな誘導尋問してないわ。
お疲れ様。
せっかく鷹巨を捨て駒にして、恐喝も逮捕も謀ってたのに。
そしたら私たちのどっちが成功しても、金銭が手に入るはずだったのに。
とんだ無駄骨だったわね」
鷹巨を捨て駒だと認めざるをえない、一連のやり取りに。
毒女は悔しそうに苛立ちの表情を覗かせた。
「別に暇つぶしでやってただけだし。
こんな金、返してやるわよ。
けど、手持ちがないから依頼料は建て替えてもらうけど」
そう言って、抜き取ったお札を数え始めた。
建て替えてもらうって、返す気なんかないくせに……
そしたら損はしないもんね。
依頼料を受け取った揚羽は、立ち上がって下座の後方に進むと。
襖の前に置かれた椅子に腰を下ろして、金額を確かめ始めた。
移動は身を守るための行動で。
襖の向こうでは倫太郎が、中の状況に神経を張り巡らせていた。
「確かに180万、いただくわね」
「じゃあ私は帰らせてもらうから」
「なに寝ぼけた事いってんの?
まさか、これで終わると思ってんの?」
「はっ?
これ以上なにがあるってゆうのよ」
「いやこっちが、は?
まずは、鷹巨に何か言う事ないの?」
その言葉に驚く鷹巨。
「……ごめんね、鷹巨。
でも一緒にいた時間は本当に、詐欺師なんか辞めたいくらい、」
「この期に及んでなに取り繕ってんのよ。
誠心誠意謝れって意味でしょ?
もういいわ、話にならない」
揚羽はそう毒女の弁解を遮ると。
「じゃあ、本題に入るわ」
足を組みなおして、偉そうに見下ろした。
さ、ここからが本番よ。
「うちの組織に喧嘩を売った落とし前、付けてもらわなきゃね」
「組織?……落とし前っ?」
「そうよ、私が単独犯だとでも思った?
残念だけど、逆恨みした相手が悪かったわね」
そう、私には天才ハッカーがいる。
せいぜい後悔するのね。