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揚羽はその日、ようやく久保井が柑愛に名刺を渡しているのを目にした。
あれから田中専務は仕事が立て込んでいるらしく、しばらく顔を出せないとの事で。
久保井もここ1週間は来店してなかったため。
先行きが不安になっていた揚羽だったが、ほっと胸を撫で下ろす。
「柑愛ちゃん、やっと名刺もらえたみたいね。
約束通り、ちょっと確認させてもらえる?」
「えっ……
まだもらってないですけど」
「えっ?
でもさっき、もらってるとこ見たわよ?」
「あれは……
面白い名刺を見せてもらってただけです」
軽く目が泳いだのを、揚羽は見逃さなかった。
「ふぅん……
じゃあもらったら、ちゃあんと教えてね?」
口元に笑みを浮かべながらも、目で訴るように見つめると。
柑愛はすぐに視線を逸らして、ペコリと背を向けた。
「あ、あと。
久保井さんには気をつけてね?」
振り向いた柑愛は一瞬怪訝な顔を覗かして、再び会釈をして去っていった。
ちゃんと釘を刺したのに、もう久保井に絆されちゃった?
柑愛が嘘をついてると睨む揚羽。
まぁいいわ。
確信を得るまで、このまま泳がせとくか……
後日、毒女への反撃準備が整った揚羽は……
親が回復した旨を伝え、鷹巨とのデートに漕ぎ着けた。
手料理の約束は、監視カメラ避けるため。
手に怪我をしたという理由で、事実上無期延期に持ち込んでいた。
「延期になったお詫びに、今日は私にご馳走させてください」
「いえっ、手料理楽しみにしてるんで、ここは僕に奢らせてください」
「そんなっ……
遊園地でも全部出していただいたのに」
「それは僕が誘ったんで当然です。
でも……
出来ればこれからも、そうやって僕にカッコ付けさせてもらえると嬉しいです」
「もうっ、鷹巨さんってどこまで優しいんですか?」
結婚詐欺師じゃないくせに……
今回延期を伝えた時も、相変わらず「いつでもいいですよ」と言う始末で。
詐欺師にしては間抜けだと思っていたが、やっぱり一般人なんだろうと改めて思う。
だからこそ。
聡子を陥れたいはずなのに上手く美人局に誘導出来ず、待つ事しか出来ないんだろうと。
でも実際、鷹巨本人はそれだけじゃなく。
どうしても聡子が悪い人間に思えず、訴えるのに抵抗を感じていたのだ。
「次どこ行きますっ?」
「あ、行きつけの服屋さんに寄ってもいいですか?
それで……
鷹巨さんの好みで見立ててもらっても、いいですか?」
「もちろんですっ。
僕好みで良ければ、喜んで」
そうして。
選んでもらった服を、嬉しそうにレジに運んだ揚羽は……
そこで10%オフの葉書を提示すると。
それを見た店員が丁寧に頭を下げた。
「誕生日おめでとうございますっ。
承ります」
「えっ、今日誕生日なんですかっ?」
「いえ、来週です」
その葉書は今月が誕生日の顧客に送られたDMで、揚羽が工作により手に入れたものだった。
「だったらこの服、僕にプレゼントさせてくださいっ」
バツが悪そうに、慌てて財布を取り出す鷹巨。
「こんな金額いただけませんっ。
それに、誕生日は来週ですよ?
私は縁起を気にする方なので、早くいただくのはちょっと……
なので、お気持ちだけで」
「そんなわけには……
何か他に、欲しいものとかないですかっ?」
そりゃあ、この流れじゃ引き下がれないわよね。
「いえほんとにっ……
あ、じゃあこれをいただいてもいいですかっ?」
打開策を思い付いた素ぶりで、揚羽は携帯を取り出した。
そしてハンドメイドの通販サイトを開いて、それを鷹巨に提示した。
「私、この作家さんの食器を集めたいと思ってて……
また鷹巨さん好みで、選んでもらってもいいですか?」
それらはどれも安価で、遠慮する聡子らしいチョイスだった。
「どれも素敵ですね。
わかりました、じゃあサイトのリンクを送ってください」
「はいっ。
ありがとうこざいます、楽しみにしています」
送ったリンクは、本物そっくりの偽サイトに繋がるもので。
詐欺師とバレているため、今までの流れは怪しまれないための演出だったのだ。
「じゃあまた、誕生日に」
「えっ……
平日なのに、一緒に過ごしてくれるんですかっ?」
「もちろんですっ。
聡子さんのためなら、いくらでも時間を作ります」
なるほど、その日なら罠に誘導しやすいもんね。
そう、誕生日演出で甘いムードに持っていったり。
もしくは、平日で短い時間しか過ごせなかったからといった理由で。
もっと一緒にいたいと、家に誘いやすいのだ。
しかも、お祝いしてもらった立場なら断りにくく。
美人局を企んでるなら、喜んで食いつくはずだからだ。
そこで揚羽も、その頃にはこっちの手筈も整ってるだろうと……
その日に決着をつけてやろうと目論んだ。
相手が美人局の現場を押さえるつもりなら、毒女も結果を気にして近くで待機するはずだと踏んだのだ。
◇
「は?
まさか2対1でケリ付ける気じゃねぇよな?」
「そのつもりだけど何?」
「バカ、どう考えても危ねぇだろ」
「大丈夫でしょ。
あの男は一般人だろうし、女の方は逆らう気も失せるだろうしね」
「だから、追い詰められたらヤケんなって何するかわかんねぇだろっ」
倫太郎の言葉は、例の最後にした美人局を物語っていた。
「でもあの男の反応を確かめたいのよ。
もし騙されてるなら、あの男も被害者だし」
「知らねぇよ。
いいからあの女とサシでやれよ」
「そんなワケにはいかないわよ。
赤詐欺に復讐代行してる私が、その被害者かもしれない相手を見過ごせると思う?」
揚羽はあれから気になっていた。
鷹巨は騙されてるのか、それとも一肌脱いでる共犯なのかと。
その結果。
目的のためにヤクザと交際した毒女の手口や、考え付いた状況から……
鷹巨はただの捨て駒でしかないように思えていた。
騙されてるなら、もちろんそうだが。
共犯の方だとしても、そうじゃないかと。
身分を晒してまで、復讐詐欺の片棒を担ぐほど好きなら。
鷹巨の性格や立場や懐具合を分析する限り、恐喝に加担するよりお金を貸す方が自然だ。
となると逮捕目的で共謀してる可能性が高いが、詐欺師が利益なしに動くとは思えない。
つまり毒女は、逮捕と恐喝の両方を企んでいて……
それなら揚羽と鷹巨のどちらが成功しても、お金が入る。
障害者の兄を支えるには、それが1番必要なものだろうと考えたのだ。
そしてその場合、どちらが成功しても鷹巨は切り捨てなければならない。
揚羽が成功した場合、鷹巨から奪ったお金を返さずにネコババするため。
鷹巨が成功した場合、身分を晒してる当人に罪と報復の矛先をなすりつけるため。
訴えられたくなかったらと恐喝して、金銭を奪った挙句。
兄の報復のため、裏切って訴えれば……
約束が違うと報復される危険性が高い。
だとしても、身分を詐称してる毒女だけドロン出来るからだ。
もしそうだったら、鷹巨はどれだけショックを受けるだろう……
揚羽は胸が痛んだ。
「……ったく、だったら俺も同行する」
いつもは近くで待機している倫太郎だったが、そう妥協すると。
「美人局じゃないんだから、倫太郎を不必要に晒したくないの」
と言い逃れる揚羽。
そう、身分を詐称してない倫太郎を晒すわけにはいかなかったのだ。
復讐するような相手には、尚更。
「だからってアンタになんかあったら意味ねぇだろ。
変装してでも側で守るからな。
じゃなきゃその案には乗らね」
「じゃあ距離を空けて話すから、倫太郎はすぐ側で隠れててよ」
「そんなんでいざって時に間に合うか?」
「間に合うわよ、倫太郎なら。
だって私たち最高のバディでしょ?」
「言ってろよ」
倫太郎は嬉しそうに笑って。
「けど今度こそ、命懸けで守ってやるよ」
当たり前のようにさらっと零した。
命懸けでって……
その言葉に、揚羽はドキリとしながらも。
「大げさね」と笑って流した。