増えちゃった
大分涼しくなってきて、妊婦さんたちのお腹も大きくなり、そろそろ出産も間近と感じ始めた頃。
「だーっ」
「ぷっくるちゃん、どうしたのぉ~。そんなに腕をバタバタさせて~」
1匹しかいなかった妖精が、いつのまにか増殖してた。
他の人には見えてないみたいだけど、うちの母と伯母さんの大きくなったお腹をぺたぺた触ったり、頬ずりしたりしてるのもいて、追い払おうとしたんだけど他の人にはその考えは伝わらなかった。
手で払っても、運がよければ当たるけど、ほとんどの場合はすり抜けるんだよな。
害はないと思うんだけど、ちょっとうざったく感じてきた。
自室に駆け込むと、ガジローくんの背に乗っている妖精さん、たぶん1号に聞いてみた。
「なんでこんなに増殖してるんだよ、どうしてうちに押し掛けてきてるのさ」
「なんだ、そんなこと? ぼくらは楽しいことが好きなんだ。この前は楽しかったよね、唐辛子粉をお土産に持たせてくれるって言ってたけど、それが届かないからどうしたんだろって来た子がいるね。そしてぼくらは美味しいものも好きなんだ。ここに来た子が今まで食べたことがない美味しいものを食べたって他の子に話したら噂が広まったって僕は聞いたよ」
「少数ならあまり気にもならなかったんだけど、君たち多すぎだよ!」
ぼくの部屋の中だけで10人、いや、10匹はいる。数え方は匹で十分だ。
この部屋の中だけじゃないんだ、屋敷の中、そして庭の方にもわんさかといるんだ。
その癖なぜか、我が家の敷地外にはいないんだ。どういうことなのさ。
今も目の前をツーっと横切って飛ぶもんだから、手で目の前を払ったよ。
でも、すり抜けて当たらないんだ。
もーっ!
「ぼく来たよ!」
そう声がした後玄関にあるノッカーのゴンゴンと鳴る音が開けっ放しの窓から聞こえた。
コンセルくんだ!
部屋を出て、家の中を駆け玄関へと急ぎ扉を開けたところでずっこけそうになった。
コンセルくんの肩や頭の上にごっちゃりと妖精たちが集ってる。
「ごみがついてるよ」
「うん」
手で払う仕草をしたら一瞬わっと離れて行ったけど、すぐ戻ってきた。
もうしらん。
「今日はどうしたのって、そっか。ラーメンを作るんだった」
昨日、不意にラーメン食べてーってコンセルくんがいた時に口に出しちゃったんだよね。
米はそれほどどうとも思わなかったけど、ラーメンが無性に食べたくなったんだ。
料理人にひとこと言って、うちの厨房を使わせてもらうことにした。
前世で自分でスープからラーメンを作ったことはあるけど、麺は打ったことがない。
かん水ってのがいるってことは知ってる。
でも、かん水がなんなのかは知らない。
しかししかし、子供の頃にラーメンの袋に無かん水たまごつなぎって書いてあったのが妙に気になって記憶に残ってるのよ。
うどんやそばを打つのはなんとなく分かる。
子供のときに手打ちうどん屋の実演をじっと眺めてたこともあるしね。
というわけで、小麦粉に卵と水、塩を加えてこねる。
ラーメンは知らんけど、うどんは力がいるんで、足で踏んでこねる。
あれ?ナイロンとか袋に入れてやるんだったよな。布だと布の目から出てきそうだし無理だよな。
父ちゃんに逆立ちをさせ、手で捏ねてもらった。
そしたら、体重、つまり力をかけて捏ねたいんだよなって、途中から強化魔法をかけて手で捏ねてくれた。
しばらく置いた後、麺棒で伸ばして切るんだけど、先にスープを用意するべきだったか。
父ちゃんに肉屋で猪肉と残った骨を貰ってくるように頼んだ。
この世界で骨はやっぱり捨てられてるみたいだった。
この前海に行ったから煮干ラーメンとかもいいかなって思ったんだけど、醤油がないんだよね。
昔ながらのしょうゆラーメンも作れないし、豚骨塩ラーメン、もとい猪骨塩ラーメンにします。
あ、そうそう、鰹節が世界で一番硬い食べ物でギネスに載ってるとか、モース硬度がとか噂されててたけど、あれって嘘らしいんだよね。
ギネスには載ってないし、硬度もそんな高くないとか。
ネットって真偽のよくわかってないものでも本当として広まるなんて怖いよね。
猪の大きい骨は砕いたりしながら下処理をした後、大なべに入れる。
香味野菜のネギと葫も投入だ。そして玉ねぎもだ。それを炊く。
この辺何を入れるかによって違ってくるんだと思う。
灰汁がでるので、それはしっかりと取り除く。
なんか秋だけどポコポコ生えてくるというこの世界のタケノコからメンマも作っちゃう。
煮豚も作ったけど、全部味付けには醤油の代わりに塩だ。
醤油が無いんだもん。でも味見してみたけど、美味しいよ。
ぼくは料理をするときに箸をよく使うんだけど、コンセルくんはそれを不思議そうに見ている。
彼にはなぜか妖精さんが集ってるけど、そのまま誘蛾灯の役目をしていてもらいたい。
たまに、料理している鍋なんかに興味をもった子がふらふらと近づいてくるんだけど、そいつらをお玉で追い払うのも結構面倒なんだ。
できたー!
豚骨、いや猪骨塩ラーメン!
とりあえず途中から料理を手伝ってくれてた料理人と父ちゃん、ぼく、それにずっと見てたコンセルくんで試食してみることに。
竹で作った割り箸で麺を掴んでパクリ。
あっつー、水、水。
口をはふはふさせながら水を流し込む。
久々のラーメンにがっつきすぎた。
スープの表面に脂が層になってて、それをくぐって持ち上げられる麺に脂がコーティングされて熱々のまま口に運ばれたんだ、そりゃ熱いわ。
気を取り直して、ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。
久しぶりに口にするがつんとした豚骨スープ、そして塩分。
臭みもうまく取れており、こってりしていながらも癖が少ないスープに仕上がっている。
麺についてはちょっと残念かな。
なんかボソボソでいまいちだった。
このラーメンを食べるときにぼくはズルズルと音をたてて啜るような真似はしない。
麺の長さは短めにしてあるんだ。この世界は日本みたいにズズっと音をたてていいなんてマナーは無いからね。
煮豚は醤油がないので塩で味付けてるけど、美味い!
じっくり煮込んでホロホロになってるお肉は口の中で蕩けるようだ。
ここまでで十分満足いく出来だったが、悲しいかな味玉ときくらげが用意できなかった。
卵はあったんだけど、日本で普通に使ってる鶏卵の5倍くらいの大きさのものしか手に入らず、これ茹でてゆで卵作ってもでかすぎて使いづらいだろうと今回はパスすることにした。
ぼくが味をかみ締めつつ感動しながら箸を動かしてる横で、料理人が席を立ちもってきた木のフォークみたいなのを皆は使ってた。
ぼくは料理にも食べるのにも今日は箸を使ってたけど、他の人は見たことも使ったことも無いんだもんね。
このラーメンはこの試食の場にいない他の人にも自信を持って提供できると料理を続けようとしたところ、コンセルくんがぼくの隣に近寄ってきた。
「ぼくに任せる」
そう言って麺にしなかった練った小麦の塊を小さく細長く、指先のような大きさ、形にちぎって丸めてお湯の中に投入して茹でていく。
そしてスープを少し薄めて大きな椀ではなくスープ皿によそい、匙を使ってそれを口に運ぶ。
「うん」
そういうと、次々と屋敷の皆の分を同じように準備していった。
ラーメンじゃねー!
豚骨スープの団子汁じゃねーかよーと心の中で叫んだが、口には出さなかった。
この世界ではその方がいいんだろうね。
日本で食べてる料理をこの世界に持ってきて、無条件でうめー、すげーなんてことにはならなかった。
それはそうだよね、味覚にしたって今までの食生活が大きく影響するんだもん。
少し拗ねながら、作ってあった麺をぼくは自分用にと確保するのだった。
そうそう、小麦団子入りとんこつスープは皆に好評だったとだけ言っておこう。
翌朝
厨房が脂でべたべたになるという事件が起きていた。
煮込んだとんこつスープの脂が冷えて固まり、それをいたずらしたものがいる。
現場には人というより、人形の足くらいの大きさの足跡が残っており、脂を投げあったのかあちこちに飛び散っている。
犯人はやつらだー!
他の人には見えていないが、今も体に脂を塗りたくって床を滑っている者や、他の者にぶつけて笑い転げてる姿がぼくには見えている。
今までは害がないと思って放置してたが、流石にこれは許せん!
こいつらを追い出す決意をした瞬間だった。




