お引越し
この世界、というかこの国では貴族や裕福な商人なんかは8歳から2年間、そして更に高度な学問を身に付けたい場合はそこからまた3年間学校に通うものもいる。
ちなみに成人は15歳なのである。
なぜ学校の話をするかというと、父方の祖父から8歳になったら王都で学校に通わないかと手紙が届いたからだ。
祖父とは産まれて数ヵ月の時に一度、そして1歳頃に一度の2回あっただけである。
産まれてすぐの時ももちろん自我があり、赤ん坊なりに愛想を振りまいた。
1歳の頃には「じーじ」と呼んだらでれっでれの表情を見せてくれた。
笑顔が似合わない怖い顔だったのは内緒だ。
王都からこの町までは馬車で片道2週間くらいかかるらしく、容易に会いにこれないため呼び寄せたいらしい。
ちなみにまだ僕は4歳。もうすぐ5歳といったところだ。
僕が「学校行きたい!絶対行くー!」っていったら父のラパウルも「じゃぁ、王都に引っ越すかぁ」と軽く返してきた。
詳しくはしらないが、母のミュレとの結婚に反対されたから家を出て王都から離れた場所で結婚、生活を送ってたとかちらっと聞いた気がする。
まぁ子供、つまり僕が産まれたことで祖父とも和解したらしいけど。
今の季節は晩秋。
寒くなる前にこの町より南にあり冬の寒さも控え目な王都に移っちゃおう、とあれよあれよという間に引っ越しが確定した。
王都に行って仕事とかお金とか大丈夫なんだろうかと不安だがラパウルは呑気なもんだ。
門番の仕事はすぐに代わりの人が見つかった。
中年の冒険者が引退して門衛になるそうだ。
祖父からの手紙が着いてから5日後、この前の旅から10日もしないうちに僕は2度目の旅を経験することになった。
ラパウルってフットワーク軽すぎだろ。
今度の旅も驚くことにリーグにぃの一家と一緒である。
おじさんが今年の冬は王都方面に行こうというラパウルの誘いに乗ったのだ。
おじさんはなぜか大量にすりおろし鍋を買い込んで馬車に積んでいた。
チャレンジャーだな。
2頭だての幌馬車にはリーグにぃ一家3人とうちの家族3人が乗っている。
引っ越しに際しほとんど荷物は持ってきていない。
家具や料理道具、食器類も全部処分してきている。
ラパウルは門衛の時に着てた鎧までいらないからと売り払ってた。
持ってきたものは着替えなど旅に必要なものがほととんどだ。
引っ越しじゃなく旅行と言ってもいいくらいだ。
あと載せてるのはおじさんたちと護衛の人たちの旅の荷物、食料そしておろし鍋などの売り物だ。
今回の旅はうちの一家が荷物となったので売り物はそれほど載せてない。
護衛の人たちは一緒だが全員馬車の外だ。
今まで住んでいた町から王都まで最短距離を進めば2週間くらいで、
旅の途中リーグにぃから魔法を教わることになった。
馬車旅というのも存外暇なのだ。
景色をみたり雑談したりというのも二日もすれば飽きてきた。
これが2週間というとうんざりだ。
当初、母のミュレから教わる予定だったが、教わり始めてみるとすごい感覚派だということがわかった。
「うぅーんって力を溜めて、呪文を唱えたらえいやって魔法を放つのよ。呪文はえぇっと確かこうだったかな?」
母は魔法を覚えた最初の頃こそ呪文をきちんと唱えていたらしいが、いつの間にか無詠唱魔法プラス形だけの嘘っぱち呪文の組み合わせで魔法を使っていたということが発覚した。
魔法の才能はあったみたいだが、ぽやぽやした母らしいといえばらしい。
というわけで教わるのはリーグにぃからだ。
ちなみにリーグにぃは2年くらい前にうちの母から魔法を教わったらしい。
そのころから教えかたは同じみたいだが、まだ呪文をきちんと覚えていたみたいだった。
ラパウルは欠伸をしたりとこれでもかとのんびりしている。
「それじゃぁ僕が言う呪文を間違えなように唱えてみてね。「恵みの神よ、我がマナをもちて水を与えたまえ、リトルウォーター」」
「恵みの神よ、我がマナをもちて水を与えたまえ、リトルウォーター」
桶の上に手を伸ばして呪文を唱えてみるが、リーグにぃと違って手から水が流れてくることはなかった。
「うーん、プックル君は魔法が使えないのかもね。魔法の素質がある人だったら一番簡単な生活魔法の呪文を唱えれば多い少ないはあるけど魔法が発動する。でしたよね、ミュレおばさん」
異世界に来たからには魔法を使いたかった。
チートがないから戦闘は大したことできなそうだけど、やっぱ魔法には憧れる。
僕が泣きそうな顔をしてたら、ラパウルが頭をわしわしと撫でてきた。
「そんな悲しい顔するなよ。魔力が動いた感じはするから大丈夫だって。なぁミュレ」
「え、えぇそうね。確かに水は出なかったけどぽわっと出た感じはするわね」
じーっと母の顔を見てたら微笑み返された。
今度はラパウルを睨んだら親指をグッと立てて頑張れ、いけるさって言われた。
「僕にはよくわからないけど、ラパウル叔父さんが言うんだったらまちがいないよ。次は違う呪文で試してみよう。「さすらう神よ、我がマナをもちて風よそよげ、リトルウィンド」」
おぉ、そよ風が僕の顔に向かって吹いてきた。
「ちなみにこのリトルウィンドという生活魔法は使い道がなくほとんど使われることはないそうです」
そりゃあ魔力を使って微風をおこしても意味ないもんな。
続いてチャッカマン程度のリトルファイアの魔法も豆球程度のリトルライトの魔法も地面に拳くらいの穴ぼこを開けるアースピットの魔法(これが生活魔法というのも意味不明だが)も失敗した。
僕には剣の道しかないというのか。
「もっとこう、おへその下辺りに魔力を感じてとか、リーグにぃが僕に魔力を流してみるとか、そういった教え方はないの?」
「えっ?おへその下に魔力があるの?他人に魔力を流すとかもわけわかんないよ」
「プックルちゃん、今日の練習はここまでにして続きは明日にしましょうね。ねっ」
母の提案でそこまでとなったけど、外の景色を眺めるふりしてその日はずっと魔法の練習をしていた。
当然、異世界ラノベの怪しい知識も動員してだ。夜、床についてもだ。
「アルヴァのバカバカバーカ、魔法使いたいっての!ウォーター!」
心の中でこの世界に来る前に聞いた神様の悪口をいいながら唱えてみたら水が出た。
「うわっ」
ビックリして声をあげたら横で眠っていた母が起きてきて、かけてある寝具をひっぺがされた。
「あらあら、お漏らししちゃったの?いつぶりかしら」
「いやいや違うからね、よくみてよ。ズボンは濡れてないでしょ。さっき布団の中で唱えてたらなぜか魔法が発動したんだよ」
立って焚き火の前でズボンの前も後ろも濡れていないことを主張する。
「ほんとだわねぇ。プックルちゃんはもう随分前におねしょは卒業したものね」
濡れた寝具の臭いを嗅いでみた後に焚き火の近くに持っていき乾かしている母が答えた。
「さぁ、こっちでお眠りなさい」
自分の寝ていた場所を僕に譲って寝るよう促してくる。
夜の番をしている中年のおじさんがニヤニヤしながらも僕とは違う方に視線を向けてるのがちょっとむかつく。
マジでオネショじゃないんだからね。
しかしどうして魔法が発動したんだろう。
トイレといって馬車の荷台に作った寝床から抜け出し魔法の確認をおこなった。
「アルヴァのバカちんが、ファイア使わせろ」
ゴゥと炎の塊が指先から飛び出し岩にぶつかって弾ける。
うぉあぶね。
転生した際にアルヴァという神により祝福を受けていたため、他の神への祈りの文句では魔法が発動しなかったという可能性もある。
これもまたバグだろうな。
特定の神により祝福を受けたのであれば、別の神による加護がもらえないというのはおかしくない話しかもしれない。
設定上これは問題なく、神が転生時に祝福をなんて軽々しく口にしたことがよくなかったのかもしれない。
いや、ただ単に祝福というものをもらえて喜べばいいのかもしれない。
だがまぁ、とりあえず報告だけいれておくとしよう。
いくつかの検証の後、神様に報告をおこなった。
拝啓 神様
当方にてこれ以上の確認が不可能のため調査確認願います。
1.僕の肉体って魔法を使うことができるんでしょうか?魔法の素質があるんでしょうか?
2.「恵みの神よ、我がマナをもちて水を与えたまえ、ウォーター」他複数の生活魔法を試してみたが発動せず。
3.「アルヴァ様、我がマナをもちて水を与えたまえ、ウォーター」の詠唱により魔法の発動を確認。他「アルヴァ様お願いします。ウォーター」でも発動を確認。他属性生活魔法も同様に発動。
以上より、アルヴァ様への呼び掛けにより魔法は発動するが、他の神様への呼び掛けでは魔法は発動しない可能性があります。
どうか調査お願いします。
プックル
「報告内受理。担当する神より調査の後返信をおこないますのでしばらくお待ちください」
「ワシ、ワシ、待たせたのぅ」
ワシワシ詐欺みたいな言葉が頭に響いた。
「ていうか、なぜお主はワシの名前知っておるのじゃ?」
「いや、なぜってこの世界に送ってくれるとき言ってたじゃない。記憶を思い浮かべるから頭の中読んでくださいよ」
「うぉ、まじだわ。祝福まで与えとる。ということで原因がわかった。とその前にこの世界ではワシはアルヴァとは名乗っとらんから。万物を司る神アミタレと呼ばれておるから覚えておいとくれ。で、原因はじゃな。ワシがノリでうっかり与えた祝福が原因じゃ。ちょっと待っとれ」
うっかりってなんだよ。
「待たせたのう。お主に与えてしまった祝福のせいで他の神からの干渉を跳ね返しておったのじゃ。祝福は外してもよかったのじゃが、祝福(微)に書き換えておいたので続いて試しておいてくれ。ちなみに微にしたから効果はほとんど無いといってもいい。他の神々にもちゃんと仕事するよう圧力かけておいたから以後は普通に魔法は使えるはずじゃ、安心するがよい」
数秒で話の続きが頭に聞こえてきた。
「それじゃぁ、これでもワシは忙しいので失礼するの。じゃがまた何かあったら報告頼む」
ほぼ一方的に話すだけ話して通信?テレパシー?は途切れた。