ぼくらはいつも人任せ
「昨夜、泥棒に入られたんだ」
商人ギルドに入ると番号札を取る間もなく、昨日の男が歩き寄ってきて個室へと案内された。
ぼくは一緒に来てるけど、ガジローくんは留守番してもらってる。
つつかれる内容は少ないほうがいいもんね。
「それは災難でしたね。それより昨日お約束しました契約書の控えはお持ちになりましたか?」
父ちゃんの泥棒に入られたという言葉は軽くスルーされてしまった。
「そ、それが金目なものと一緒に控えも……」
「なんと! 無くされてしまったというのですか。仕方がありませんね。こちらに保管してある契約書がこれです。ここをみてください」
男が指差す箇所をぼくらは見つめる。
「えっ!?」
「うちの住所じゃない!」
「そうなんですよ。あなた方が購入されたのは通りの端にある土地なんですよ」
「待ってください。その部屋は使用中なんです」
ドアがガチャリと音をたてて開くと、押し留めようとする女性、押しのけようとする男性がもつれ込むように入ってきた。
そしてそれに続く執事が平然と後をついてきている。
「やっぱりお前たちか。早く店を明け渡すんだな」
入ってくるなり男は服の埃をはたく仕草をみせ、口を開く。
勝ち誇ったような顔をしててむかつく。
「クレル様、ただ今彼らに説明をおこなっているところですので、もうしばらくお待ちください」
「それで住所に誤りがあったってことだが、ちゃんとギルドの人間立会いの上であの店を買う話をして、書類を作ったんだぞ」
「そうはおっしゃられましても、あなたが買われたのはその住所の場所ですので、早急に店を明け渡してください」
いやいや、住所の間違いとかそんなミスなかったはずだからね。
父ちゃんの合図でウエストポーチを開き、中に入っていたものを取り出した。
「ここに契約書の控えがあります。もちろんギルドの印があります」
ギルド職員の男がそれを取ろうとしたが、ひょいっと引っ込め父ちゃんに渡した。
「見せてくれないと、確認できないではないですか」
「そうだ、そうだ。本物はここにっ、あっ」
乱入してきた男が懐に手を入れなにやら紙を取り出したものの、自分の失言に気がついたようですぐに仕舞い込む。
昨晩、うちの従業員の爺様は店にこっそり泊り込んでたそうな。
暗闇の中、部屋の隅に身を隠していると、裏口の方からゴトゴトと音がしたと思うと灯りを手にした男が二人入ってきて、棚をごそごそ漁った後に机の上に置きっぱなしの契約書の写しを見つけ、それを手にすると出て行こうとしたんだとか。
それを爺様が取り押さえ、訳を聞き即興で作った偽物の契約書を渡し、そのまま返したと教えてくれた。
話してくれた内容はこうなんだけど、たぶん違うと思うんだ。
老いたりとはいえ王家の裏の仕事をしてた人間だよ。
来たのは契約書の控えを盗むように頼まれた泥棒、もしくは黒幕の手下。
店の中で暴れたりしたような感じがしないことから、抵抗されることなくあっさり捕まえたんだと思う。
訳を聞いたって言うけど、素直に話すわけないから脅すとか拷問したとかはありそう。
父ちゃんの手にあるのが本物で、あちらは泥棒に持たせた偽物なんだろうね。
「クレル様とやら、その手にしたものを見せてもらえないかな」
「ふん、下賎なものの言う事など聞く必要は無いわ」
父ちゃんに睨まれて脂汗を流しながらも断っている。
いつもはちゃらんぽらんでいい加減だけど、やるときはやる人なんだよな。
部屋中が緊張感に包まれていて、巻き込まれて部屋に押し込まれたクレル様のすぐ近くにいるギルド職員の女性なんてみるみる顔が青ざめてちょっと可哀想なくらいだ。
「見せなさい」
開けっ放しのドアから声と共に入ってきたのは壮年の男性。
ギルド職員じゃないよな。もっともっと高級な服装っぽいし、威厳というか、人の上に立って人を使うのが当たり前って雰囲気出してる。お貴族様か!?
「父上!」「旦那様」
とっちゃん坊やと彼に従ってる執事が同時に声を出す。
ということは伯爵様か、また厄介なのが来たよ。
「わたしに同じ事をもう一度言わせるのか?」
「は、はひぃ、どうぞ」
「ふむ、これは契約書か。ギルド長、確認を」
伯爵様に意識がいってて気付いてなかったけど、後ろにギルド長も来てるわ。
ギルド長が紙を受け取り、内容を確認している。
「そうですね、伺っていましたとおりギルド印が少し違っています。ガジローくんかな、プックルくんが使っているというブランドマークの仔狼が紛れるように書き込まれています。ギルド印の偽造というより似た違うものに見えますね」
「ふむ、ギルド長にもギルドにも迷惑をかけた。この元息子は今朝の時点で我が家から籍を抜き赤の他人となっている。こやつの不始末の後始末もは我が家も助力を惜しまぬつもりだ。なんでも言ってくれ」
「衛兵のみなさん、お願いします」
ギルド長の言葉でぞろぞろと入ってきた兵士に伯爵の息子と付き従ってる執事、そしてこっそり部屋を出ようとしていたぼくらを担当してくれていたやせぎすのギルド職員が取り押さえられた。
「父上、わたしは無実です」
「クレルよ、わたしは既に貴様の父ではない。既に証拠は固まっており、申し開きの余地はない」
「父上のお力でどうにかしてください」
「くどいぞ! 既に貴様はクレル・ミニステルではなく、ただの平民クレルなのだ。連れて行け!」
「ちちうえ~」
うなだれ力ないその姿は一気に歳を重ねたようにも見える。
兵士に連れられていく三人のうちの一人にギルド長が後ろから声をかけた。
「君はこのギルドのために真面目に尽くしてくれていたと思ったのに、わたしには見る目がなかったようだ」
「金というものは怖いものです。昔の私が今のこの私を見たらなんと思うでしょう」
こんなことを言うくらいだから、若い頃は真面目でやる気に満ちていたのかもしれない。
副ギルド長、もしくは伯爵家の権力に言うことを聞くしかなかったのか、それとも彼の言うように欲望に負けたのかもしれない。
しかし、それを思いとどまることができるように抑止する周囲の環境も大事なんだろうな。
「ラパウルといったか、君は。この件はお父上はご存知なのかね?」
「俺もここのギルドの人間に呼ばれて来ただけなんで、なにがなにやら。父もまったく関係していないはずです」
そう嘯く。
確かに爺ちゃんは関わってないはずだけど、王家の裏の仕事をしていたお爺さんが従業員として働いているのも父ちゃんは知っているし、彼が泥棒を捕まえて偽の契約書を渡したのも知ってる。
いつもとぼけた顔してるけど、嘘をつくときも雰囲気はまったく変わらない。
「ふむ、そうか。それならばよい。何か困ったことがあれば言いたまえ。それではわたしはこれで失礼する。ギルド長、後は頼むよ」
ぼくが思っていたより、すんなりと問題が片付いた。
よかった、よかった。
後日板芝居屋で働いてもらっている爺ちゃんに聞いた話だけど、元副ギルド長は勘当されて個人の資産は没収の後、金貨10枚を温情として渡され王都から10年の期間追放となった。
彼に付き従っていた執事は主人の行いを諌める事が出来なかったことを罪とされたが、長年仕えてきたことを考慮され、王都追放で許されたらしい。
この二人は貴族がらみで甘い処分であったが、元ギルド職員は犯罪奴隷落ちだそうだ。
もっとも、知識もあるし頭もいいので奴隷商で散々脅したり、悪質を装った主人に一度売って心を折った後に、アルル様が買い取るんだそうだ。
大人ってずるいこと考えるよね。
あ、ぼくらと絡みがなかったけど、うちの隣の大きなお店。
今回お世話になった伯爵の御用商人だったらしいんだけど、追放されたあの馬鹿と組んでちょこちょこあくどい事をやってたらしく、伯爵家との縁は切られたんだそうだ。
もっとも、お縄になるほどの悪事をおこなってたわけじゃないみたいなんで、捕まったりはしなかったみたい。
それと、元副ギルド長がうちの店を奪おうとしたのは、このお店の主人に頼まれたからだとか。
犯罪を唆したんじゃなく、どうにか手に入れられないかって大金を提示したら、あの坊ちゃんが暴走したんだと。どこまで本当だか知らんけど。
まぁ、今回の事件はそんなところかな。




