契約書
「わしたちは雇われているだけなので、無理を言ってもらっては困るでのお。お話は旦那様にお伝えしておくので、今日のところはお引き取りくだされ」
「主にきちんと伝えておくのだぞ」
店に入ろうとしたところそんな声が聞こえてきたので、物陰に隠れ様子を伺うことにした。
とっちゃん坊やが執事を連れて店を出てきたかと思うと、うちのすぐ隣の大きな店へと入っていく。
それを見届けた後、自分の店へと入る。何があったのだろう。
「お帰りなさい、おぼっちゃん」
老爺が床に倒れた椅子やテーブルを起こしながら出迎えの言葉をかけてきた。
「何があったの? あのとっちゃん坊やはどっかで見た気がするんだけど」
「あの男はミニステル伯爵家の馬鹿息子で商人ギルドの副ギルド長でさあ」
そっか、ギルドでこの店を買うときにあの男に会ったわ。どうりで見た気がすると思った。気分がすっきりしたよ。
それでなんの用だったんだろう。
「この店の売買契約書に不備があったから、店を明け渡すようにって言ってきたのさあ」
「ここを買って何ヶ月も経つのに、今更?」
「ギルドでルンモ男爵からの紹介状を出してからここを紹介してもらったってことでしたよのお。ここのバックに貴族がどの程度関わってるか様子見してたのではないかのお。馬鹿息子という噂だが、そのくらいはできるようじゃ」
ルンモ男爵ってのは板芝居管理部ナンバー2の人ね。アルル様からの紹介状だとやりすぎだろうからって、男爵様からの紹介状を持って商人ギルドに行ったのよ。
ここに貴族とか、その使いみたいなのが来ることもないから、繋がりは薄いと踏んだんだろうね。
「爺さんや、さっそく殺りますか?」
「そうじゃのお婆さんや、ってぼっちゃんが引いてるじゃないか。冗談だぞ、冗談。流石に勝手にそんなこと出来るわけがない」
いつもののんびりした年寄りめいた喋り方ではなく、素っぽい喋り方で冗談であるとの訂正の言葉をかけてきた。
「よぉ、ただいまっ」
従業員が入ったことで、ずっと店番をしていなくてもよくなった父ちゃんが、のんびりとガジローくんを連れて行ってた散歩から帰ってきた。
人通りの多いところではぼくはナップザックに入れて背負うんだけど、彼は好きに歩かせている。
ぼくって少し過保護なのかな。
ガジローくんはぼくに飛びついてきた。最近はいつもセットで行動している妖精さんは途中で分離し、ふよふよと羽を動かしながらぼくの頭へと着地する。
ぼく以外にはこの妖精さんは見えてないらしいんだよね。
「この店買うのに以前ギルドに行ったじゃない。その時に五月蝿くしていた副ギルド長ってのがさっき来て、ここの売買契約書に不備があったって難癖つけてきたんだよ。確認のためにギルドに行きたいんだけど、一緒に来てよ」
ガジローくんを撫でながら父ちゃんにそうお願いする。
5歳児ひとりで行くより、ちゃんと大人にもついて来てもらわなきゃね。
商人ギルドに行ったぼくらは番号札を取り、順番を待った。
番号が呼ばれ、ぼくらは若い男性受付の元へと行き、用件を話す。
「貸し板芝居屋をやってるラパウルと息子のプックルです。今日来た用件ですが」
「あぁ、君、この方は私が担当するから次の方をよろしく。ラパウル様ですね、こちらにいらしてください」
神経質そうなやせぎすの40歳くらいの男性が奥からこちらに歩いてきて、父ちゃんの話を遮りぼくらを個室の方に案内する。
「さて、用件をと言いたいところですが、ギルドに子供や犬を連れてくるとは常識がないのですか?」
「そうか? うちの子は話に十分加わることができるどころか、俺よりも得意なくらいだ。そしてこいつは犬ではなく狼でガジローだ。息子の抱いているバッグに入って大人しくしていて、このギルドに来てから一度も吠えたりもしていない。それにこの前ギルド長と会ったときも何も言われなかったぞ」
「そういうことを言ってるのではありません。常識的に考えてですね」
「子供が駄目とか、狼が駄目とかそういうルールはないだろ」
なんとなくこっちがクレーマーで難癖つけてるって感じがして嫌だな。
「もういいよ、今日は帰って出直そうよ」
「いえ、そういうわけにはいきません。今日はお持ちの店舗についてですよね」
大人しく帰ろうとしたら、引き止められてしまった。
なんなんだよ。
「あぁ、なんでも俺が留守にしているときにここの副ギルド長っての店にやってきて、売買契約書に不備があったといってきたんだ。確認してもらえるか?」
「はい、その件については伺っております。仰るとおり不備が見つかりまして、明日にでもそちらで保管しております契約書の写しをお持ちになって改めて来ていただけないでしょうか」
「写しって、そっちに原本があるんじゃないのか? とりあえずそれを持ってきて不備って箇所を教えてくれよ」
「いえ、そういうわけにもいきません。原本と控え両方揃ってからでないと。そういう決まりなのです」
この人ってなんか面倒そう。
言い合ってもしょうがないし、とりあえず帰って契約書の写しを確認してみようよ。
父ちゃんの腕を引っ張ってそのまま部屋を後にした。
「う~ん、記入漏れみたいなのもないし、書いてある内容におかしなところは無いような気がする」
「そうだな」
「わしにも見せてもらっていいですか」
従業員の爺様婆様、それにぼくたちで見てもどこも不備とやらはみつけられず、明日ギルドで確認しようということに落ち着いた。




