板芝居
「あらあらプックルちゃん、髪の毛切ってほしいって?この前切ったばかりで伸びていないじゃない」
「いいのー、このくらい切ってほしいの」
指で5センチくらいを表してママに散髪を頼んでみる。
「無理よぉ、そんなに切ったら変になるわよ」
「いいのー、ていうかこのくらいの長さの毛がこのくらいいるのー」
こんどは親指と人差し指で円を作って見せる。
「どうして髪の毛なんかが欲しいの?」
「絵を書くのに筆を作ろうと思ってるの」
「あらあら、そうなの? それじゃぁあなた、じっとしててね」
僕ではなくラパウルの後ろにまわり、肩口まである髪をひとふさ切り取り渡してくれた。
のんびりしていると思った母だがラパウルが反論する間もなく一瞬の手際だ。
切った跡も変に見えることもなく、どこ切ったの?っていうくらいに見える。
さっそくもらった髪の毛を家にあった裁縫道具から持ってきた糸で棒に縛りつけた。
とりあえず筆でほっぺを擦ってみる。
うん、悪くない感触だ。
次はっと。
近所をまわって色が着きそうな花や実、葉っぱなどを摘んできた。
森や山に行った方がいろいろありそうだけど、どっちみち顔料、染料の知識なんかほとんどないんでとりあえずお試しに近所の素材で十分。
もっとも森にも山にも一度も行ったことないんだけどね。
乳鉢と乳棒、もしくはすり鉢とすりこぎ棒があればよかったがないので、平たい石の上に素材を置き、持った石を叩きつけて潰して見ることにする。
結果は緑と茶色っぽい赤、少し赤っぽい茶色、茶色を手に入れることができた。
家から持ち出した黒インクとあわせて薄い木の板に絵を描いてみる。
前世で絵は得意でなく、5段階評価の通知表でいつも2だったが、今描いた絵は酷い。
下手なりに大人の描いた絵ではなく、幼児の描いた意味不明な絵にしか見えない。
年齢相当といえばそうなのだが、以前はもっとマシな絵は描けていたと思う。
それがどうやっても幼児の絵にしかならない。
「ほうほう、お絵描きかい。ちょっと貸してみな」
昼ごはんを食べに帰ってきていたラパウルが僕の手からひょいと筆と板を奪うと、さらさらっとものの数分で僕の顔を描いて渡してくれた。
巧い。
剣の腕もダメそうな門衛だけど、マジで絵が巧い。
「おぉーっ、パパ凄い!凄く巧いよ」
「へへー、ちょっとしたもんだろ。絵は得意なのさ」
珍しく僕からの尊敬の眼差しを受けたせいか、腰に手を当て胸をそらしている。
「じゃぁじゃぁ、こういうの描ける?」
目指すタッチはマンガ日本昔話の怖くないほのぼの回の画風だ。
「ほぅ、結構面白い感じの絵だね」
僕の指示にあーでもない、こうでもないと。
「あら、あなた。まだ出掛けていらっしゃらなかったの?もうお昼休み終わりですよ」
「うわー、しまった。それじゃぁまた帰ったらな」
ラパウルは町の入り口方向へ走っていった。
「あらら、可愛らしい絵ね。あの人は昔から絵を描くのが好きでしたものね」
そうなんだ。この世界だと絵を描く人なんてあんまりいなさそうなものだけどな。
とりあえず失敗作の絵の板を洗ってきれいにするか。
ベニヤ板みたいな薄い板は技術的にも自分で簡単に作れるものではなく、母親に我が儘言って大工の親方にお金を払って切ってもらったものだ。
親方に何に使うんだって聞かれて、板に絵を描くのーっていったら笑って切ってくれた。
技術料とかなく、ほぼ板の値段だけだったと思う。感謝。
そんなこんなでただではないので、洗ってまた使う。
木目に絵の具?が入り込んで落ちにくいが、つけ置きも駆使して綺麗にした。
数日かけてとりあえず満足のいくものができた。
というか仕事から帰ったラパウルをおだてて毎夜描いてもらった。
休みの日に描いてもらえばと思うかもしれないが、門番の仕事は月に休みが一日ととんだブラックだった。
まぁ、江戸時代の日本の商人なんかも休みは月一だったそうだけどね。
ちなみに武士は二日働いて一日休みとか、一日働いて二日休みとか、さすが特権階級といった感じだったらしいけど。
この千人規模の町の門衛は二人。
門で番をしているのが二人というわけではなく、門番を仕事にしてるのがラパウルともう一人ということだ。
この二人が毎日夜明けから日暮れまで町の入り口で人の出入りを管理している。
もっと朝は遅くから始めてもいいだろうと思うかもしれないが、夜が明けてすぐから町の外へ出掛ける農家の人や、商人、冒険者もいる。
町の人間なんかは顔パスだが、外から来る商人なんかは身分証、簡単な荷物の確認、入門税などの徴収をおこなったりが仕事だ。
ちなみに月に一度の休みの日は臨時で人に頼んで来てもらっている。
町の人の出入りを一日休みにするわけにはいかないのだ。
そんな感じでまだ休みは先のため、仕事後の夜に絵を描いてもらっていた。
待ちきれなかったのよ。
絵の裏側には僕の言ったお話を文字に筆で書き起こしてもらう。
羽ペンで板に文字を書くのは木目のせいで難しいことがわかった。
こしゃくなことにラパウルは筆で文字もきれいに書いていく。
出来上がった紙芝居を母のミュレに披露したら想像以上に喜んでくれた。
数日後リーグにぃの一家がやってきたので板芝居をまた披露したら、この前村でお話ししたものと同じにも関わらず大好評だ。
特にリーグにぃの目が釘付けになっている。
「僕が作ったんだけど、いやラパウルがかな、まぁいいや。これあげるよ」
「えっ、ほんと?いいの?」
「ほんとこんなすごいもの貰っていいんですか?」
今日は日が暮れてからやって来たので、ラパウルも一緒にリビングにいる。
この狭い部屋に6人はぎゅうぎゅうだ。
リーグにぃのとこの伯父さんの問いにラパウルが了承の答えを返す。
「プックルがいいってってるんだったらもちろんいいさ」
「あげるにあたって条件というか、お願いがあるんだけどいい?」
「なんだい?プックル君」
「えっとねぇ、行商に行った先の村なんかで子供たちに見せてあげて欲しいんだ、お試しなの。おじさんじゃなく手の空いてるリーグにぃなんかがやるといいんじゃないかな。それと商売仲間なんかにこれのことを言いふらしたりしないで欲しいの。もうこの前のおろし金みたいに真似されるのは嫌なの」
「えっ、僕が?」
ビックリ顔のリーグにぃ言う。
「これが直接お金にはならなくても、村では喜ばれると思うよ。彼らには娯楽が不足しているから。あっ、リーグにぃはお話の練習ね。お話をするといっても抑揚やテンポ、怖い場面や楽しい場面での話し方とかいろいろあるからね」
「へー、奥が深いんだね。いろいろ教えてよ」
興味津々、目を輝かせてリーグにぃが身を乗り出してこっちに迫ってくる。
小一時間程度の練習ですぐに僕より上手く話せるようになっていた。
まぁ僕もまだ4歳だし、アドバイスとかは出来ても話すと言うこと自体の経験が不足してる。
これまた年齢に引っ張られたということだ、たぶん、うん、絶対にそうだ。
ちなみに紙芝居を見たい人は水あめ買って、なんてことはしない。
この世界この時代、田舎の子、いや都会でもだろうけど子供がお金なんて持ってないと思うし。