伯父さんぽ
「伯父さん、今日はどこ行くの?」
「蹄鉄工のとこさ。鍛冶屋で蹄鉄を打ってもらって付けるのは安いんだが、専門のとこの方がいろいろやってくれるし安心だからね。それにこいつらも家族の一員だから可愛がってやらねばね」
伯父さんが馬の足を持ち上げ、足の裏を見せてくれる。
そこにはU字型の蹄鉄が取り付けられていた。
「村など石畳のないところだけを歩くのであればなくても問題ないんだけど、王都なんか石畳が敷かれてるところがほとんどだから蹄鉄がないと馬の蹄が痛んでしまうんだよ」
へ~、でも平らな石の上に鉄なんて滑りそうな気もするけど、そうじゃないのかな。
そんなことを考えてたら、ナップザックの中のガジローがぼくの頭によじ登り、小さく吠えた後頭をジャンプ台にして馬の背に飛び乗った。
ガジローは最近馬たちとも仲がよく、背に乗せてもらうのが結構好きみたい。
馬の方もそれを気にした風もないので、嫌ではないのだろう。
「ガジローくん、一緒に行きたいの?」
「がう」
「そうか、それならちょうどいい。リーグがいないから二回に分けて連れて行こうと思ってたけど、プックルくんも一頭連れてついてきてくれないかな」
それくらいなら、お安い御用だ。
今日はリーグにぃは商人さんたちに頼まれて板芝居の読み聞かせ指導に行ってるんだよね。
登場人物や場面ごとに声色やトーンをかえ抑揚をつけて語るリーグにぃはなかなかのものなんだ。
「いいよ」
元気よく返事をした後、ぼくは馬を連れに行った。
カッポ、カッポと歩く馬を引いて町を歩けば葉団扇を手に扇ぎながら歩いている人がちらほらといる。
それに露天や道行く人に売りつけようとしている人なんかも目に付いた。
聞こえる声からは銅貨2枚とか3枚とかいった値段が耳に入る。
「伯父さん、早々に撤退しておいてよかったね」
「そうだね。でもまた何かいいのないかな。秋の収穫後の定期ルートの行商まで、まだ少し日があるからね」
例年だとこの時期もいろんな街や村に出かけてるんだけど、伯母さんが妊娠しているので今年は長期間出かけるのをできるだけ控えてるらしい。
「そういえば、いつも行商のときに一緒にいる護衛の人たちって、護衛の仕事無くても大丈夫なの?」
伯父さんが王都の外へ出かけることが少なくなればそれだけ仕事がなくなるので少し心配だ。
「彼らは普通に冒険者ギルドで依頼を受けたりして働いてますよ。わたしが出かけるときに優先的に護衛の依頼をお願いしているに過ぎないんですよ。私も常時雇ってあげられるほどお金に余裕があるわけではないですしね」
冒険者か~、最近父ちゃんは絵を描いてばっかりだから、気分転換に冒険者の仕事を受けてみたらって言ってみようかな。
ぼくもまたついていってみたいし。
「それにしても今日も暑いね~」
「うん、そうだね。帰ったら井戸の水を頭からかぶろっかな」
「私もそうしたい気分だよ」
伯父さんは布切れで額の汗を拭っている。
タオルとかあればいいなって思うけど、作り方が想像つかん。
パイルっていう輪っかみたいのがいっぱいあるってことは知ってるけど、どうすればあんなになるんだろう。
あー、駄目だ無理だわ。
「暑いと汗をかいてしまって、洗濯も大変だろうね。ヴァルツォーク侯爵様が派遣してくださったメイドさんには頭が下がる思いです」
「そうだね~、足で踏み洗いとかしないで手で揉み洗いしてるみたいだけど大変だろうね。踏み洗いすればいいのに。でも踏み洗いと洗濯板だとどっちが大変なのかな」
「洗濯板ってなんですか?」
あー、洗濯板無いのか。
実は洗濯板って昔っからありそうな感じだけど、前世の地球でたかだか200年程度の歴史しかないんだよね。
こっちの世界でも作られてないみたい。
江戸時代とか洗濯板使ってそうだけど、明治とかからなんだよね。
「こんな感じの板にね、ギザギザがついてて、そこで服なんかをこすって洗うの」
「ほうほう、ところで前から思ってたんですけど、プックルくんってどうしてそんなことを知ってるんだい?」
あちゃー、やりすぎか。
緊張して汗が流れ落ちる。声がうわずってしまいそうになるが、咳をひとつ間に挟んで続ける。
「えっとね、ゴホン、前にね、困ってるところを助けてあげた発明家っていうおじいちゃんがくれた本にいろんなことが書いてあったの」
「そうなんですか、それは凄い。それでその方はどこに住んでらっしゃるんですか?」
「んーとね、もう亡くなっちゃったの」
とりあえず、嘘の発明家をでっちあげた。
ぼろが出ないように設定固めておかなきゃ。
「そのご本にね洗濯板や石鹸のことも書いてあったの」
「石鹸ですと!?」
「う、うん」
なんか伯父さんが食いついた。
「作り方を知っていると?」
「う、うん。簡単に言うと灰と油から作るの」
「そんな材料で石鹸が作れるのですか? 石鹸といえば値段も高く貴族や裕福な商人くらいしか使えないんですよ」
そうだったんだ。存在自体無いもんだと思って別に気にしてなかった。
「それで石鹸って、液体石鹸? 固形石鹸?」
「液体? 固形?」
伯父さんは縄を持った手にもう片方の手を近づけ、このくらいであまり固くなかったと思うと教えてくれた。
とりあえず固形石鹸みたいだ。
伯父さんに簡単な作り方と、作るのには手間と時間がかかることを教えてあげた。
草木の灰からは固い石鹸は作りにくく、少しどろっとしたものになり、海草の灰からは固まった石鹸が作れるということも補足したら、海だと面倒だなと呟いてた。
で草木の灰から炭酸カリウムがとれて、海草の灰からは炭酸カリウムに加えて炭酸ナトリウムもとれるので、それが固形石鹸つくるのにいいらしい。
「やりたいんだったら、伯父さん、やってみていいよ。だけど既存の生産や販売してるとこと揉めるかもしれないんで注意だけはしてね」
しばらくして、商人の爺ちゃんの店では液体石鹸と洗濯板が売られるようになった。
伯父さんが行商で廻ってる村のひとつで作り方は他に漏らさないように、そして他の商人には売らないようにという条件で作ってもらっているらしい。
爆発的ヒットというわけではないが、ちょこちょこと売れてはいるようだ。
ついでに言うと洗濯板はうちでお手伝いしてくれてるメイドさんからヴァルツォーク家の使用人に話が伝わり、ヴァルツォーク家のハウスキーパーに呼ばれ伯父さんが洗濯板の説明に行ったんだよね。
あ、ハウスキーパーってのは女性の使用人のトップの人のことね、メイド長なんかと似た感じかな。
爺ちゃんとこなんかだと、使用人も多いし、常に清潔にして身だしなみに気をつけないといけないから洗濯物も大量にあり、ランドリーメイドと呼ばれる洗濯担当のものまでいるらしい。
それが結構大変なんだそうで、洗濯板の導入を検討するとかで伯父さんは呼ばれたらしい。
洗濯板なんて、商人の爺ちゃんとこで銀貨数枚程度で売ってるからそこまで大げさなものじゃないんだけどね。
なんて思ってたら、息子たちのいるヴァルツォークの領地の方に送ってやりたいとか、爺ちゃんが働いてる王都の騎士団に話をしてそこに納入させたり、その騎士団に勤めてる貴族家の人間が以前より服が綺麗になっていると実家に話しをしてそっちからも購入希望の問い合わせがきたりと、体を動かし汚れる仕事をしているが清潔にしていないといけないような人たちからの支持を得て、貴族の使用人界隈で一気に広まったらしい。
伯父さんもちょっとびびりながらも、ぼくの狼マーク使っていいっ?て聞いてきたので、ガジローくんブランド三番目の伯父さんバージョンの焼印を作って、洗濯板に焼き付けて売りまくっていった。




