もう一匹のパピィ病
「はじめまして、ロレーヌです」
お辞儀状態のまま耳打ちされ、まだ少女といっていいこの彼女が第三王女だということを教えてもらった。
「はじめまして、ラパウルと申します。こちらは息子のプックルにございます。王女様の御尊顔を拝謁する栄誉に浴しましたる事、身に余る光栄に存じます」
「ぼくプックル! 5歳!」
なんと言われようと、これが今のぼくの挨拶なのだ。
「ラパウルとプックルちゃんね、よろしく」
口に手を当て、くすくす笑っている王女様から言葉をいただいた。
「あっ、こらっ、馬鹿!」
「きゃっ」
ソファに置かれたナップザックに入ったまま寝ていたはずのガジローが起きて這い出してきたと思ったら、侍女さんの足元まで走り寄りじゃれ付く。
彼女は小さく叫び声をあげるも、胸に優しく抱いた手を守るようにしている。
「あらまぁ、この子が例の子ね」
王女様がパタパタと駆け寄り、ガジローくんを抱き上げる。
そしてそのままアルル様の隣、つまりぼくらの向かい側のソファにぽふんと座った。
ガジローくんは体をよじって抜け出そうとしている。
「レイラ、こちらに」
「はい」
侍女さんがぼくらの中間にあるテーブルの上にそっと置いたのはガジローくんそっくりの仔狼だった。
「この子はテトル。3ヶ月くらいまえに、大きく成長しない珍しい種だと夜会で知りあった貴族のご子息にいただいたの。でも最初の頃は元気だったのに、どんどん元気がなくなって今はこんなにぐったりしてしまっているの。お医者様に見せてもパピィ病らしいということしか分からなくて困っていたのよ」
お姫様の手の中から抜け出したガジローくんがテトルと呼ばれる仔狼の傍にかけより鼻をすりつけクンクンすると、相手も顔を起こし鼻をすりつけている。
「父ちゃん、この子って兄弟なのかな」
「う~ん、どうだろ。露天で見たときに小さな狼が3匹売られていたけど、全部がパピィ病だったか、そしてこいつがそのうちの一匹だったかは見ても分からん」
そりゃそうだわな。ちょっと見ただけの動物の違いなんて覚えてないよな。
「アルル叔父様から聞いたのですが、楽しいことや珍しいことを経験させると元気になるってほんとですの?」
「うん、パピィ病の子達はね、退屈すると元気がなくなるの。王宮なんか珍しいもので一杯かもしれないけど、同じ部屋に閉じ込めて外に出さなかったり、毎日がいつも同じ生活なんかだと退屈しちゃんだよ。散歩とかさせてるかな、させてないんだったらするといいよ。そしてそれも飽きないようにいろんな場所へね」
さっきまでぐったりしていた姫様の仔狼もいつのまにか元気になって、ガジローくんと部屋の中で追いかけっこしている。
弱って見えたのに一瞬で復活するとはやはり出鱈目生物だ。
姫様も二匹を微笑みを浮かべながら眺めており、アルル様もその彼女を見て微笑んでいらっしゃる。
二匹の追いかけっこは飛びつき、じゃれあったりと激しくなってきたところで侍女さんにテトルは抱き上げられてしまった。
それでも自由になろうと腕の中でもがいている。
「ガジローくん、おいでっ」
遊び相手を取り上げられ、ひとり床でゴロゴロして遊んでいたガジローを呼ぶと、ぼくの元まで駆け寄って足にじゃれ付いてきたので抱き上げ膝の上に座らせてあげた。
軽くしつけはおこなっているのだ。
ガジローくんも遊びの一種だと思ってるのか、それを嫌っている風はない。
そんなうちの子を見て、姫さまは目をキラキラと輝かせている。
「よく言うことの聞くのね」
「名前を呼んで、優しく接してあげるのがコツかな。ただ構うだけじゃ駄目だよ。テイマーの人とかにしつけを教わるのもいいかもね。でも、叩いたり厳しい人はだめだよ。パピィ病の子には楽しくだよ」
この世界にはテイマーと呼ばれる動物や魔物と心を通わせる、もしくは従わせることができるものがいる。
そういった人に話を聞いてみるのもいいだろう。
安易に薦めてみたけどテイマーなんて会ったことないんだけどね。
「話は変わるけど、プックルたちは板芝居というのを作ってるのよね。見せてくださらないかしら」
「う~ん、馬車の中に置いてあるからちょっと難しいかな」
「叔父様の馬車かしら。それでしたら誰かに取りに行かせればよいのではなくて」
「俺が取ってくるよ。アルル様、いですよね」
「あぁ、馬車のところに御者が居るからひと声かけて取ってくるといいよ。姪の我侭に付き合わせてすまないね」
ぼくだったら待たせまいと走っていくところだったけど、貴族家の生まれだけあって父ちゃんは走りもせず優雅に急いで出て行った。
庶民暮らしが性に合ってるっていうけど、たまに良いとこの生まれだってのが所作にでるんだよね。生まれから庶民のぼくとはちょっと違うわ。
待つ間新しく入れてもらった紅茶とお菓子を口にしながら、お互いの仔狼のことを楽しく話し合った。
ちなみにお菓子はクッキーみたいなやつで、この世界で食べた中では甘く一番美味しかった。もっともバター使ってたのかな、ちょっと物足りないものを感じたのは内緒だ。
そして少しして戻ってきた父ちゃんが持ってきたのは建国物語だった。
板に描かれた絵を皆に見せながら、裏に書かれた物語を抑揚つけて読んでいく。
場面が変われば、相手側に見えている板を一番手前に下げ、次の絵を相手に見せ続きを読む。
紙ではなく板なのでそれなりの厚みもあり重さもあるため、10枚に満たない程度しかないが好評のうちに物語は最後を迎えた。
「素晴らしいですわ。演劇もいいですが、こちらは簡単に独りで演じることができ、さらに風景などのその場の光景まで簡単に見られるなんて、ある意味演劇よりも上ですわ」
「気に入ってくれてありがとう。他にも色んな話を用意してるんだよ。それとぼくは読むのはあんましうまくないんだけど、従兄弟のリーグにぃはとっても巧いんだよ」
「ほう、そういえば前にも名前を聞いたことがあるな。城内や貴族屋敷で披露するときはそのものを連れてくるがいい」
お姫様にもまた違う板芝居を見せることを約束させられ、ぼくらは城を後にした。
お偉いさんと話をするのは疲れるんだよねって話をしたら、学園で行儀作法、礼儀についての授業もあるから、そのうち勉強して来いって言われてしまった。




