プックル怒る
あー、レモネードうめぇ。
商人の婆ちゃんに鎌を紛失したことを謝りに行ったら、婆ちゃんはレモネードをご馳走してくれた。
このレモネードは絞ったレモンに蜂蜜とお湯を加えたものだ。
冷たいのがいいなら水でもいいが蜂蜜は水には溶けないのよ。
かといってこの世界では砂糖は蜂蜜より高いし蜂蜜はお湯で溶かす必要があったのだ。
あー、レモネードうめぇ。
そういや、レモンって旬は冬って知ってた?
この世界に来てはじめて知ったよ。
レモンなんか年中売ってたイメージだからね。
今は春になったばかりだからまだレモンがあるんだよ。
「鎌をコボルトに盗られたってことだけど、命まで盗られなかったなら問題ないさ」
「そうさね、無事が一番さね。それよりあんた新しい鎌を出してやるさね」
「ありがたいけど、それは駄目だよ。これから薬草をバンバン採ってそれで稼いだお金で鎌を買うからね」
好意は嬉しいけど自分のポカなのにそこまで甘えていられない。
子供の力で草を折り取るのは難しいけど、以前買った解体用ナイフもあるしなんとかなるでしょ。
それに言っちゃなんだけど、このお店いつ来てもお客がいなくてあんまり儲かってなさそうだし……
数日後、また木こりの護衛の依頼を受けたラパウルに同行させてもらった。
Cランクだからもっといい仕事も受けられるはずなんだけど、今更パーティ組むのも面倒だしとか言ってこの低ランクの依頼をまた受けてきてたのだ。
ぼくは木こりのおじさん達が木を伐ってるとこからあまり離れないよう、また薬草探しをしている。
あっ!
またコボルトと鉢合わせしてしまった。
そう何度も予想外の遭遇でフリーズしてたまるか。今回は冷静に考えることができている。
後ろに飛び退き距離をとり、薬草採取用にと持っていたナイフを構える。
すると相手も手にした鎌を……鎌!?
やつか!!
目の前のやつはにいっと歯をむき出すと背を向け走り去っていった。
「とうちゃ~ん、またあいつが出た! 出たよ!」
「ほっとけほっとけ、今仕事中だし。ほら、我が家には俺の稼ぎを待ってる嫁さんと子供、そして使用人達がいるから父ちゃんは稼がなきゃならんのよ」
犬顔のやつが走り去るとぼくは魔物が現れたことを父ちゃんに報告に戻った。
鎌を取り返してよーって甘えた願望がなかったわけではないけど、スルーされてしまったよ。
それでもズボンを掴んで駄々こねてたら真面目な顔してある方向に目を向け始めた。
ぼくもそっちに目をやると大分離れた場所に奴が現れ、地面に何かを置いたと思ったらすぐにまた去っていった。
「なんだろ」
「行ってみるか。危険はないと思うが一応周囲に気を配っておけよ」
行ってみると、薬草が。
えっ?
そこには薬草やよく分からない草、木の実などが置いてあった。
「止血草だったかな、それと腹痛の時に使う草だったかな、他はよくわからん」
「どういうことだろ」
「この前角兎をやったから、そのお礼かもな。もらっとけ」
「うん」
ぼくは置いてあるものをナップザックに入れ、代わりに昼ごはんにと思って持ってきたパンを半分ちぎってそこに置いて木こり達のところに戻った。
護衛の仕事が終わり冒険者ギルドに戻って薬草なんかを買い取ってもらったが、止血草も腹痛の時の薬草もなかったが一応調薬で使う草だったため買い取ってくれた。
引きちぎったような採取だったため状態はいまいちですねと嫌味を言われたが、まぁしょうがない。
買い取ってもらったのはどれも森で比較的容易にみつかるものだったため、さして高額にはならなかったがそれでも角兎1匹は余裕で超えるくらいの額にはなったのでうはうはだ。
その後も何度か森に行ったときには犬顔が現れ薬草やなんかをぼくらから少し離れたところに置くので、代わりに余分に持ってきたパンやラパウルがサクッと捕らえた角兎を置いて帰るといったことを繰り返した。
「今日は来なかったねぇ」
「そうだなぁ」
ギルドに立ち寄ると併設されている飯屋で下品な声で騒いでる声が聞こえたが、ぼくらはそのまま買取カウンターに向おうとしたところ、背負っていたナップサックに入っていたガジローが飛び出し走り出した。
「ギャハハハ、こんなもん持ってやつは何する気だったんだ、草刈か?」
『キャウキャウ』
痩せぎすのあまり人相のよくない男が二人酒を飲んでるところにガジローが走り寄り吠え出した。
まだ両手に乗るくらいのちびっこい狼なもんで吠えたっていっても周囲の喧騒に埋もれる程度のほどでしかないが。
「すみません」
すぐにガジローを抱き上げぼくは頭を下げる。
そして頭を上げた時に目に入ったのは……
カッと血が上り男達に突っかかってしまった。
「返せー、それどうしたんだよー」
ぼくが手を出す前に頭を押さえ込まれた。
「プックル、抑えろ」
「なんなんだよ、急に。これか? これは昨日森でコボルトをやっつけた際に手に入れたものだ。笑えることにそのコボルトがこの鎌を持ってたんだ」
男は笑いながら鎌を左右に振って見せる。
それを見てぼくは更に血が上りバタバタと暴れようとしたが、より強く頭を押さえつけられ何も出来ない。
「それぼくんだー!」
「すまないね、その鎌なんだけど、うちの息子が森で無くしたものみたいなんだ。これで売ってくれないかな」
小金貨2枚を男達の前のテーブルに置き交渉する中、なお暴れようとしたぼくはラパウルに抱きかかえられていた。
「それじゃぁ足りねぇなぁ」
「そうさな、もう少し貰わないとなぁ。ひぎっ」
ニヤニヤしながら金を毟り取ろうとした男達の顔が引きつる。
ぼくは言いようのない恐怖を一瞬感じ後ろを振り向くとラパウルが真面目な顔をしてやつらを睨んでた。
もしかしてこれが殺気ってやつかな、それとも威圧とかかな。
感じた恐怖で怒りゲージが一気に下がって少し冷静になれた頭でそんなことを思った。
「おぼっちゃまの物というのでしたら、もちろんお返しします」
ラパウルがそれを無造作にひったくると、ぼくに抱かれていたガジローが飛び出し男の腰に下げていた袋に飛び掛った。
「それはなんだ?」
威圧感満載の声でラパウルが訊ねる。
「は、はひぃ。これは昨日今日とで稼いだ魔石ですぅ」
机の上に置かれた袋にガジローがじゃれている。
じゃねーか、袋に噛み付いてる?
いや、開けようとしている?
袋を取り上げラパウルが机の上に中身をじゃらっと溢すと、そのうちひとつにガジローが飛びついた。
「この魔石も売ってもらえないかな」
小金貨1枚を追加で机の上に乗せ、その魔石を手に取りガジローも抱き寄せた。
あのくらいの魔石だと銅貨数枚だと思うんだけどどうしたんだろ。
ぼくとガジローを両手に抱き、鎌と魔石を手にしたラパウルは、いや、ぼくらはギルドを後にした。
「俺もまだまだだなぁ。魔物は倒すべきものだが、少しばかりあのコボルトに情が移ってたみたいだ。さっきのふたりは全然悪くないというのに。それどころか危険な魔物を倒したってことで褒められることなのにな」