じいちゃんが来た
王都までの2週間は一度盗賊に遭遇した以外はこれといった問題はなかった。
といっても途中何度か遠目にゴブリンやグラスウルフを見かけることがあったが、近付かれる前に弓で牽制して追い払うことはあった。
それより王都だ。
到着にはまだ少しかかるが、向こうに見渡すかぎりの長い壁が見える。
いったい何キロくらいあるのだろう。
「すごい壁だろう。王都には5万人くらい人が住んでるからな。今まで住んでた町とは人の数も広さも段違いというわけさ」
御者台に座ってる僕の後ろの荷台から首だけだしてラパウルが自慢気に説明してくれる。
「へ~、僕らもそれに加わるんだね。それはそうと今さらだけど、仕事と住む場所に宛はあるの?」
「う~ん、どうだろな。昔の伝を当たればなんとかなるとは思うんだがな」
「また門番やるの?」
「いや~、見てみろよ。道の先でずらっと人が並んでるだろ。前住んでたとこと違って人の出入りが多いから結構大変みたいなんだよな。父ちゃんにはあんまし合わなそうなんだよな。なんだったら一緒に冒険者でもやってみるか?」
「やるやるー、冒険者やるー」
なんか燃えてくるー
「あなた~、プックルちゃんにはまだ早いわよ~」
あー、冷や水差された
「5歳くらいにはならないとね」
ママー、だーい好き
それはそうと、列の最後尾に着いたけど中に入るのはいつになるんだろう。
まだ昼を少し回ったとこだけど、夜までに入れるのだろうか。
「ねー、閉門っていつなの?」
「うちの村だと日暮れまでだったけど王都は日暮れに並んでいる人までだな」
「あー、あの人達並んでる僕らの脇抜けてった」
「それはね、馬車と徒歩の人では別に列があるんだよ。馬車は確認に時間がかかるからね」
僕が指差してる3人の冒険者グループの方に目を向けて伯父さんが答えてくれた。
「ラパウルさん達は先に入ってはいかがですか?この分だとまだまだ時間がかかりそうですし、入って宿もとらなきゃいけないですしね」
「そうですね、お言葉に甘えてさせていただきましょうか。宿は馬の尻尾亭でいいですよね。それじゃぁ行くか」
「あら~、あなたとプックルちゃんで行ってきなさいな。わたしは義姉さんとお喋りしながらこのまま行くから」
えっ、2週間一緒にお喋りし通しだったのに、まだ話すことがあるのかい。
主婦恐るべし。
「リーグにぃも行こうよ」
「そうだね、一緒に連れていってもらいなさい」
「父さんありがと、先にいかせてもらいます。ラパウル叔父さん、プックルくんよろしくね。それじゃぁ行こっ」
僕たち3人はずらっと長い馬車や荷車の脇を抜け、人が並んでる列の最後尾についた。
ちなみに護衛のおじさんたちは馬車と一緒に並んでる。
馬車の列の進む速度より断然早く徒歩の人の列はさばかれどんどん進んでいく。
列の横から顔をだして前を覗いてみれば、並んでいるのは冒険者風の人たち、大きな荷物を背負った商人らしき人、明らかに粗末な身なりであまり荷物を持ってない人などがいた。
あ、横を馬車が走り抜けていった。
ラパウルの方に顔を向けると答えが返ってきた。
「あれは貴族の馬車だな。さっきは説明しなかったが、列は3本あって歩き用、馬車用、貴族や軍などの緊急時用だな。貴族用は列さえできてないことがほとんどだがな。それと空いてるからといって貴族用にいってしまうと追い払われるし、恥かくから注意な」
「は~い」
平民風情がーとかやられたくないから貴族には気をつけなくちゃ。
「はっ、隊長!お久しぶりでございます」
もう少しで順番が来る、まだかなーなんて思ってたら、兵士の一人が駆けてきて目の前で止まってビシッと敬礼し、緊張した面持ちで声をかけてきた。
えっ、隊長?
ラパウルの方をみやると、頭をかきながらもう随分前に辞めたから隊長じゃないんだけどなーとかもごもご言ってる。
「さぁ、どうぞこちらへ。お二人はお子さんですか?お時間があるときで結構ですので兵舎の方にも顔をだしてください。皆も喜びます」
とかいって貴族用の方に案内されそのまま素通りで王都内へ促された。
門を抜けると熱気というか活気が溢れているのがもろに伝わってくる。
石畳の道に煉瓦造りや木造の平屋ではなく2階建ての建物。
門を入ってすぐの少し開けた場所では多くの露天が賑わっている。
そして地球ではよくみかけたが、転生してから初めてみるひと、ひと、ひと。
これが王都か。さすが王都侮りがたし。
「えーっと、こっちだったかな。ここで宿に泊まることなんてなかったからなぁ。リーグくん、馬の尻尾亭の場所知ってる?」
「はい、こっちです。案内します」
ラパウルにガシッと手を繋がれリーグにぃの後を着いていく。
僕があまりにもキョロキョロふらふらしてたせいなのだが。
少し歩くと煉瓦造りの2階建ての建物があり、そこへ入っていく。
煉瓦造りといっても、床は板張りなんだよな。
安い宿だと窓は穴が空いててそれを毛皮や板で塞いだり開けたりで光を取り入れたりしてるが、ここは完全無色透明ではないにしてもガラス窓がある。
そこそこの宿なんだろうと思う。
「いらっしゃい、リーグちゃん久しぶりだね。後ろの旦那さんと坊っちゃんは?」
ふくよかなおばさんが入るなり掃除の手を止め声をかけてきた。
「こんにちは。この子の叔父のラパウルです。こっちは息子のプックル。ほら挨拶して「こんにちは」それで三人部屋か四人部屋を3部屋とりたいんだけど、空いてますか?」
「うちは一人部屋、二人部屋、四人部屋、大部屋があるよ。大部屋にはベッドは6つで、簡易ベッドは別料金で貸し出しだが、関係無いみたいだね。四人部屋3つは空いてるよ。何泊だい?」
「義兄さんとかどうするかわからないしな。とりあえず一泊でよろしく。他のメンバーが来たらまたその辺話して何泊か言うよ」
この世界というか、今まで泊まってきた宿では日本と違って一人一泊いくらという値段計算ではない。
その部屋の値段がいくらかということになっており、四人部屋に二人で泊まっても10人泊まっても値段は同じだ。もっともベッド4つ分以上の布団を頼んでも断られてしまうけどね。
それと余談だが、シーツは毎日交換とかはない。
前の人が使ったのをそのままが多い。洗濯は大変なのだ。
無事馬車組と合流して宿に併設の食堂で夕食を皆で楽しんでいたところ周囲の喧騒がピタリと止み、カツカツと重い靴音がこちらに近づいてくる。
「こんなところに宿をとらずに、王都に来たらまずわしのところに来んかい!」
僕とラパウル以外のこのテーブルのみんながバッと席を立ち頭を下げている。
「なんだ、父さんか。落ち着いたら顔をだすつもりだったんだ」
父さんの父さん?爺ちゃんか。そういえば見覚えがある。
高そうな鎧を身に付けた初老の男性がテーブルの横に立っているが僕はゲシゲシ蹴りをいれる。
「む~、みんなで楽しく食事してるのに怒鳴っちゃダメ」
4歳児の子供キックなんかダメージは通るわけはないが、寂しそうな顔をしつつ僕は脇に手を入れ持ち上げられた。
「すまんかったのぅ、プックルのいう通りじゃ。皆そんなかしこまっておらず席についてくれ。それと食事に来てる他の皆にもすまんかった。お詫びに皆に一杯ずつ飲み物を馳走しよう。店主、これで皆に頼む」
爺ちゃんは恐縮した様子で近寄ってきたおじさんに金貨を1枚渡し、他所のテーブルから椅子を引っ張ってきてドカッと座った。
「は~、お貴族様がこんなところに来るもんじゃないだろ。それもそんな鎧姿のままで」
「皆に稽古をつけておったらな、お主を王都の入場門で見かけたって部下が教えてくれたのじゃ。部下にその後の足取りを確認させ、それでいてもたってもおれず来てしもうた。皆にも食事の邪魔をしてすまんかった。初めて会うものもおるが、わしはガイネル・ヴァルツォーク。こやつの父でプックルの祖父じゃ」
「侯爵様、お初にお目にかかります。ミュレの兄のドワイトです。そしてこちらが妻のレジーナと息子のリーグです」
伯父さんがまた立ち上がり頭を下げると、すかさず伯母さんもリーグにぃも同じように立って頭を下げている。
ていうか、伯父さんと伯母さんの名前はじめて聞いたかも。
「侯爵様、ご無沙汰しております~。ご挨拶にお伺いもせず申し訳ございません~」
「僕プックル、4歳! 爺ちゃんって貴族なの?」
子供っぽく挨拶。お貴族様みたいだけど爺ちゃんにはこういった子供の態度の方がいいと思う。
「おぉ、プックルや。よく挨拶できたな偉いぞ。わしはこの国でヴァルツォーク侯爵家の当主をしておる。それと皆も席について気楽にしてくれ。ミュレ殿の兄の家族ということはわしの身内ということだ。ドワイト殿、わしが当時妹御と我が息子との結婚に反対しており、お主らにも迷惑をかけた。すまんかった」
爺ちゃんがテーブルにつくほど頭をさげている。
辺りはシンとしており、首を回してみればうちのテーブルを伺っていた客達が一斉に顔をそむけて聞き耳なんかたててません風をよそおいはじめた。
「ヴァルツォーク侯爵様、頭をおあげください。侯爵家のお方と商人の娘が結婚などと反対されるのももっともな話です」
「父さん、この食堂中の注目の的だぞ。貴族が頭なんか下げるんじゃねーよ。明日にでも屋敷に顔を出すからさ」
「う、うむ。プックルも、そしてミュレさんも連れてくるのじゃぞ」
名残惜しそうにしながらも鎧の男性は入り口に待たされていた兵士たちと共に去っていった。