待ち伏せ
今日も今日とて僕とリーグにぃは御者台の脇に座ってる。
2頭立ての幌馬車の後ろにある荷台部分は軽トラよりも大きく2トントラックほどもある。
馬1頭の力を一馬力と考えると1馬力って何なんだろうと思ってしまう。
前方に道を塞ぐように荷馬車が停まっているのが見える。
馬車の横を歩いている護衛のおじさんが近寄って来てリーグにぃのとこのおじさんに話しかけた。
「どう思います?馬車の近くに大きな岩もあり怪しいですよね」
「そうだね、あの岩の陰に人が隠れていても見えないしねぇ。周りに何もない見通しのいいとこだったらまだ安心できるんだけど。とりあえずゆっくり進みますので後ろのラパウルさんたちにも話してきてくれないかな」
「父さん、もし盗賊だとしても隠れられるのは岩くらいだから多くても5人くらいかな」
「そんなとこだろうね。今日はミュレもラパウルさんもいるから安心だな」
「プックルくん、怖いかもしれないけどしばらくそこに座ったままでいてね。安全に後ろに隠れててもらいたい気もするけど今から移動して幌で見えない荷台にも人がいるって知られない方がいいからね」
「う、うん……」
なんかもうこの先には盗賊がいるって感じで話しててちょっとブルッとくる。
そうだ!いまこそ精神制御(微)の出番だ。
(なむなむ、精神制御さん心に平穏を、そしてちょびっとの勇気をください)
なんか気持ちが落ち着いた気がする。
余裕ができたのであらためて前方を確認する。
道幅は馬車がすれちがえるように車道1.5車線分くらいはある。
それを塞ぐように馬車は斜めに置かれ、馬が1頭繋がっている。
馬車といっても荷馬車で幌も屋根もなく、そう軽トラの荷台部分みたいなかんじだ。
荷台にはほとんど荷物も載ってない。
そして両手を大きく振ってこちらにアピールしてる小汚ない中年男性が一人。
すぐ近くに村があるわけでもなく、畑があるわけでもない。
もしかするとどこかで荷を売って、今は空で帰っている途中だと考えられなくもない。
だが、無理だろ。あの顔、悪人づらだわ。
幌越しに後ろから声が聞こえてきた。
「義兄さん、盗賊だって?」
「たぶん間違いないと思います。僕らだけだったら威嚇しつつ通りすぎるんだけど、今日はラパウルさんとミュレがいますからね。商人としては盗賊なんかいなくなってもらうに限ります」
「まぁそうなんだがね。それじゃぁ合図を頼むわ」
いつも通りののんびりとしたラパウルの声だった。
馬車は手を振っていた男の少し前で止まり、リーグにぃのとこのおじさんが何も疑ってませんよというふうに気軽に話しかけた。
「こんにちは、どうされました?なにかトラブルですか?」
「あぁ、ちょっと馬車が故障しちまってな。端に寄せたいんだけど手伝ってもらえないかな」
「あれ?岩の向こうに男の人が4人いるけど、その人たちに手伝ってもらえばよかったのに」
小汚ないおじさんと話してる途中、トンっと御者台を降りたリーグにぃが大回りで岩を回り込み声を出す。
「あ、バカ。おい、見つかっちまったぜ、みんな出てこい」
4人のこれまた小汚ない男たちがのっそりと岩陰からでてきた。
馬車はバックも急転回もできないため進行を妨げるよう位置どろうとしている
「あーあ、折角の作戦が台無しじゃねーか」
斧を持つひと際体格がいいのが親玉だろうか。
金を出せとも言わずごつい男は護衛の戦士のおじさんに斧を振りかぶって向かっていく。
おじさんは剣を抜き待ち構える準備をする。
もう一人の護衛、スカウトなんだがこちらは弓を一度放った後そのまま少し下がり盗賊たちと距離をとった。
射た矢はリーグにぃを捕まえようと迫っていた男の太腿に刺さり男は悲鳴をあげうずくまっている。こいつはもう戦闘どころではないだろう。
僕は伯父さんに促され馬車の下に避難。伯父さんは馬が暴れないよう宥めている。
斧持ちの盗賊の振り下ろしを護衛のおじさんはかわし、手にした剣で斬りかかるが斧で防がれてしまう。
「うぐぅわ、卑怯な」
いつの間にか馬車から降り、斬りあってる盗賊の後ろに回り込んだラパウルが剣で鋭い突きを2発放ち背後から両肩に深刻なダメージを与えており、盗賊は斧を取り落としたところで護衛のおじさんからの前げりをくらい悶絶している。
他はと思い馬車の下から周りを見渡すがすでに戦闘は終わってたみたいだ。
「さすがミュレね。麻痺の魔法で3人を一瞬で動けなくするなんて」
「うふふ、運がよかったみたい。3人がまとまって近くにいたし、こちらに気付く前に魔法を当てられたしねぇ」
のんびり屋の母が3人も倒したなんてびっくりだ。そして父ラパウルにも。
出遅れて戦闘に参加できなかった馬車に乗っていた護衛のおじさんとラパウルが盗賊に縄をかけていく。
弓持ちの護衛さんは周囲の警戒、僕とよく話をする護衛のおじさんはうめいたり倒れている盗賊が怪しい行動をとらないか目を光らせている。
ちなみに護衛は戦士、戦士、スカウト的な感じだ。残念ながら魔法使いや僧侶的な人はいない。
「とりあえずみんな縛りましたがどうします?」
「次の町まで1日くらいの距離ですよね。そこまで連れていくのも大変だし処分しちゃった方がいいんじゃないですかね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺たちみたいなちんけな盗賊なんか殺すまでもないだろ。アジトに奪ったお宝がある。それをやるから見逃してくれ。いてて」
護衛のおじさんと伯父さんの話しに盗賊の頭っぽいのが割って入った。
縛られ転がってる盗賊は両肩が血に染まっており苦痛に顔が歪んでいる。
どうするんだろ、ゲームやラノベ的には汚物は消毒だヒャッハー、盗賊の持ち物は根こそぎ奪ってやれだろうか。
「おい、そのアジトとやらには他に仲間がいるのか?」
「グッ、こ、ここにいるので全員だ。命だけは助けてくれ」
護衛のおじさんの靴で肩の傷をぐりぐりしながらの質問に答えが返る。
「仲間がたくさんいるのでしたら町で報告して兵士に任せようかとも思いましたが、近いのでしたら行ってもいいかもしれませんね。もちろん解放はしませんが場合によってはポーションくらいは使ってあげますよ」
まだ麻痺で体が思うように動かない3人、脚に矢傷を負ってうめいてるのが1人、それと両肩に傷を負って顔をしかめている親分。その5人を道を塞いでいた荷馬車に放り込みラパウルが御者台に、今までこちらの幌馬車に乗っていた護衛が盗賊の荷馬車に移り見張りをすることになった。
道を逸れ、平原を馬車が2台連なって進む。ふたてに別れて危険に晒されるなんて御免だということらしい。
まぁ冒険者の集団ではなく、商人と護衛プラスうちの家族という集団だしね。
草地とはいえ所々に石が転がっており、それを踏んだ馬車はガタリガタリと揺れる。
舗装されてないとはいえ街道の方がまだましだ。
3時間ほど進んだだろうか、人の背丈よりも大きな岩がごろごろある場所に着いた。
そこにアジトがあるのだという。
護衛のスカウトのおじさんがひとり偵察に岩々の間に入っていった。
僕らはとりあえず待機だ。
10分くらいすると大きな袋を背負って戻ってきた。そしてもう一人の護衛と伯父さんを連れて再度岩の合間に。30分ほどすると荷物を抱えた3人は戻ってきた。
日も落ち始めてきたので今日はそのままここで夜営だ。
そんなに金目のものは多くなかったそうだが、ポーションも何本かあったそうで脚を怪我した盗賊と肩を刺された盗賊にポーションを飲ませていた。
低級ポーションだそうで完治というわけではなく傷が塞がり痛みが大分減ったというくらいらしい。
今回の傷はそれほど深くなかったというのもあるが、ポーションを使った後の今の状態は怪我をしてかさぶたが取れて薄皮が傷を覆っている感じだそうだ。
盗賊のアジトを見ないまま終わるのかと思ったが、見たい見たいとごねたら後学のためということでリーグにぃと僕は翌朝アジトに連れていってもらえることになった。
「なんだろう、すえた臭い。汗臭いね」
「うん」
岩の間を抜けて歩いていくと、上も岩で塞がれ雨を凌げそうな袋小路に着いた。
広さは20畳程度だろうか、あちらこちらに枯れ草が敷いてある。たぶん寝床なんだろう。
木の食器や服だろうか汚い布切れが散乱している。
護衛のおじさんがたぶんゴキだと思う、20センチくらいの茶色い虫を踏み潰していた。
ここには捕らわれた女性や商人がいるであろう檻はない。
そういったイベントはおきなかったようだ。
「捕まった女性や商人なんかいなかったの?」
「お、おぅ。ちびっこいガキのくせに怖いこというな。幸いここにはそういった痕跡は見当たらないな」
「隠し扉とか秘密の小部屋とかも…なさそうだね。それに物があんましないね」
「そんな上等なものがあるような場所じゃねーよな。物に関しては金になりそうなものはさっき運び出したからな。さすがに盗賊の食い物や酒などの飲み物はそのまま残してるがな」
隅にある箱を覗き込むと果物やパンなどが、その横には酒の入ってるツボが残ってる。
他にめぼしい見るべきものもなく、臭いので早々に退散した。
馬車で移動してみて思った。約1日分の距離ごとに宿場町などがあったりはしないんだね。
町や村から次の町や村まで馬車で数日。その間集落や民家なんてものは一切ないというのが普通みたいだ。
なんて思って聞いてみたら王都など都市近辺は比較的近くに村があったりするらしい。
モンスターなどの外敵がいるこの世界は一軒ぽつんとなんて生活はしないで、集まって集落を、そして壁や柵などで安全な場所を確保しないと生きていけないみたいだ。
そして馬車は暇だ。
後ろの荷台にいる母さんとリーグにぃのとこの伯母さんはふたりお喋りしながら裁縫をしている。
父ラパウルはもう一台の盗賊の馬車の荷台に座り縛った盗賊の見張りをしつつ絵を描いている。