第5話 過去
「それじゃあさ、戦いが始まるまでまだ時間がありそうだし、その間にお話ししようよ! 身の上話とか、どんな世界にいたかとか! 私、もっともっと二人のこと知りたいの!」
手を組むことが決まり、作戦計画も十分に煮詰まった頃。壇際沙津樹は進とレンの二人にそう提案した。レンが沙津樹のことを面倒くさそうに見る。
「身の上話? 嫌に決まってるでしょ。なんでアタシが、アンタ達なんかにそんなこと教えなきゃならないのよ。いい? アタシ達は単に手を組んだだけ。友達とかじゃないんだから。そんな話をする必要性は皆無よ」
「えぇー? でも、これから私達お互いに命を預け合うんだよ? 戦友だよ戦友! そんな二人のことを知りたいって思うのは、普通じゃないかな?」
「…確かに、それは一理ありますね」
進の同意を聞いて、沙津樹は嬉しそうに「でしょー!」と笑う。逆にレンは「ちょっと、アンタまで!」と驚いていた。
「沙津樹さんのおっしゃる通り、僕達はこれから互いに背中を預けることになる。城ヶ﨑さんだって、素性も知らない、得体も知れない、いつ裏切るともわからないような相手より、過去やその素行を少しは知っている方が安心できるんじゃないですか?」
「それは…そうだけど」
「それに、嫌なら構わないんです。城ヶ﨑さんは話さなくても。僕と沙津樹さんが話しているのを聞いてもらうだけで良い。僕は知っていて欲しいだけなんです。僕のこと、お互いのこと…これから一緒に戦う、僕達の事を、城ヶ崎さんに少しでも」
「…そうすれば『裏切りにくくなる』から?」
レンの指摘に、進は「はは、それもあります」と笑う。
先に述べた計画――レンの持つ死に戻りの能力で互いの裏切りを監視し合う作戦のお陰で、城ヶ崎レンが裏切る可能性は極めて低いとしても、それでもなお安心は出来ない。もしかしたら思いもよらぬ方法で、進達を出し抜こうとしてくるかも知れない。
結局、裏切りを防ぐ最大の要素は“情”だ。仲間に対する情、それが当事者に裏切りを拒ませる。情とはつまり、相手を知ること。その人の過去を知り、性格を知り、思いを知り、『好きだ』と思って貰うこと。信頼を得ること。その為ならば、自身の過去や身の上話の一つや二つ安いものだ。
進の「聞いているだけで良い」という提案を聞き、レンが諦めたようにため息を零したのを見て、進は「それじゃあ、まずは僕から」と話し始める。
「僕は苦野崎進って言います。元々は普通に高校に通ってたんですけど…あ、高校ってわかりますか?」
「そのくらい知ってる。バカにしてんの?」
「すみません…もしかしたら、そういうのがない世界の人かもしれなかったので一応確認を。…それでまあ、高校に通ってたんですけど。2年の夏にトラックに轢かれまして。死んで異世界に転生しました。そして転生先の世界で、なんて言うか…色々やってました」
「“色々”って何よ。そこが一番肝心でしょ。ちゃんと説明しなさい」
「説明と言っても…うーん、ちょっと難しいですね。本当に色んなことやってましたから。会社立ち上げたり、投資やったり、政治に手を出したり…」
「へぇ! すごいなぁ進くんは。そんな難しい事やってたんだね」
「えぇ、まあ…」
「ふんっ、別にすごかないわ。そのくらいアタシにだって出来るし。なんならアンタより上手く出来るに決まってるわ。調子に乗らないでよね?」
「いや、別に調子に乗ってるわけでは…」
レンは不機嫌そうに「うっさい。黙りなさいよ」と命令する。
「それじゃあ、僕の自己紹介はこれくらいで…次、お二人のどちらか――」
「はいはーい! 私やりたい!」
「…それじゃあ沙津樹さん、お願いします」
「はーい! 私、壇際沙津樹! 沙津樹ちゃんって呼んでね! さっちゃんでもOK! 私も進くんと同じで高校生だよ! 私はね、ここに来る前――」
そこまで言いかけて、沙津樹は突然言葉に詰まった。その様子に、進は「…? あの、どうかしました?」と尋ねる。
「え、あ…ううん! ごめん! なんでもない! えっとね、私はここに来る前は…進くんと同じで、異世界に飛ばされちゃったんだ。それで、そこで色んな危ない目に遭ったんだけど、友達とか色んな人達に助けて貰って、なんとか生き延びたの! 今日の戦いでは、二人の足を引っ張らないように頑張るからよろしくね! 一緒に優勝を目指そー!」
元気いっぱいにそう宣言する沙津樹の姿――そこに進は“不自然さ”を感じ取った。まるで、何かを隠しているような――けれど、それが何かまではわからない。いや、もしかしたらそう感じるだけで、別に何も隠してはいないかも知れない。だがしかし、“何か”を感じる。
レンもまた、進と同じような感覚を覚えたようで、沙津樹に不信感の募った視線を向けていた。
二人は、今この場で壇際沙津樹を問い詰めることが出来る。抱いた不信感を解消すべく、彼女を糾弾する事が出来る。しかし、あえてソレをしなかった。そうしなかった理由の一つは、試合開始が目前に迫っているかも知れない今の状況で、チーム内に不和を生み出すような事を尋ねるのは望ましくないと考えたこと。そしてもう一つは――こちらが理由の大部分を占めるのだが――仮に壇際沙津樹が何かしらの秘密を抱えていたとしても、レンの持つ“死に戻り”の能力さえあれば、十分に対処できるだろうという一種の楽観があったからだ。
そう言った事も相まって、二人は『何かを隠している』ような素振りを見せた沙津樹のことを咎めたりはしなかったのである。
「これで僕と沙津樹さんは終わりですね。あとは城ヶ﨑さんだけですが…どうします?」
進はレンの方を見てそう尋ねた。レンは一瞬渋るような様子を見せたが、しかしすぐに「アタシだけ言わなかったら、なんかアタシが悪役みたいになっちゃうから教えたげるわ」と答えた。
「城ヶ崎レンよ。レン様と呼びなさい。そしてこのアタシとチームを組めることを深く感謝するのね」
「レンちゃんはここに来る前、なにをやっていたの?」
「高校生だったわ。アンタ達と同じね。…けど、2年くらい前にタイムスリップして戦国時代に飛ばされた。それからはもう、苦労の連続……じゃなくて、八面六腑の大活躍! 時に戦場で敵をバッタバッタとなぎ倒し、また時には敵軍を一網打尽にする作戦を考え、また時には政治の裏で暗躍して覇を争った! そうして見事天下に君臨したのよ! どう、すごいでしょう?」
レンの武勇伝を聞き、沙津樹は「うわぁすごい!」と疑うことなく信じる。逆に進は「どこまで本当なのやら…」と半ば呆れていた。
最初に話したときから気がついてはいたが、やはり城ヶ崎レンはプライド…というより自尊心がかなり強いらしい。彼女のそれを傷つけ怒らせないように注意する必要があるだろう。
「ふふん、良い反応ねアンタ。よろしい! そこまで言うなら、このアタシを神とあがめ奉ることを許してやらなくもないわ! 決めた、アンタはアタシの信者第一号よ壇際沙津樹! アタシを神と呼び、未来永劫語り継ぎなさい!」
「え…いやぁ、それは良いかな。私、レンちゃんと友達になりたいだけだし…神様とかはちょっと…」
妙なところで冷めている壇際沙津樹。その反応が予想外だった所為か、レンは「そ、そう…」と面食らっていた。
しかしとりあえずはこれで、お互いの自己紹介は終わった。親睦が深まったかと問われれば微妙なところではあるが…。
「それじゃあ、お互いの事も知ったことですし。とりあえず一度、向こうに戻りましょうか」
進は二人にそう提案した。彼らは今、他の参加者達の居る大ホールの隣部屋に居た。密談をするには丁度良い場所だが、しかしここは密室であるため、長居は危険だ。もし今戦いが始まり、この場所に強力な能力を持った敵が彼らを襲いにきたならば、逃げ場もなくその上狭いこの部屋では苦戦を強いられるだろう。一旦、大ホールに戻るのが良作だ。
レンと沙津樹も同じ事を思っていたらしく、進の提案に賛同した。
「ひとまず、僕達がチームを組んだことは秘密に…といっても、この部屋で話をしていたのを見られている以上、公然の秘密と言った所ですが。それでも一応、黙っておくべきでしょう。無闇に狙われるリスクを増やしたくないですし」
「その通りね。アタシも、こんな奴らと仲間になっただなんて知られたくないし」
「酷いなぁ、レンちゃんは。私はむしろ皆に知って欲しいな、二人と友達になったって事」
そんな事を話しつつ、三人は部屋の入り口の方へと向かう。その途中で、沙津樹が進に「そういえばさぁ…」と切りだした。
「なんで進くんは、さっきからずっと敬語なの?」
「…はい?」
「私もレンちゃんも、進くんと大体同い年でしょ? ならため口で良いじゃん。なんて言うか…そんな風に敬語を使われちゃうと、なんか…仲良くしにくい」
「……」
沙津樹の指摘に、レンも「あぁ、それね。アタシも思ってた」と賛同する。
「別に嫌いじゃないのよ、敬語を使われること自体は。むしろ敬われてる感じがして、気分が良いくらい。けど、アンタのそれは違うのよ。相手を敬うって言うより、どっちかって言うと、相手と自分の間に壁を作ってる感じ?がするの」
「そうそう、そうだよね。レンちゃんもやっぱりそう思ってたんだ」
二人に指摘され、進は黙っていた。正直、痛いところを突かれたとすら感じていた。
何せ彼女らの言うとおり――進の敬語は相手を敬うためのものではなく、拒むためのものであったから。
なぜ“あの晩”――進がこの場所に連れてこられた日の夜。彼は一人で夜道を歩いていたのか? 政治パーティーの帰り道、独り寂しく歩いていたのか。多くの仲間を持つはずの彼が、孤独に帰途についていたのか。その理由は単純だ。
今の苦野崎進という人間には、ボスである彼の帰りを待つ“仲間”こそいれども、彼を一個の人間として愛し、必要としてくれる“友人”が居ないからである。
進はこれまで、数多くの喪失を経験してきた。友を失い、初恋の相手を失い、命を預け合った戦友を失い――数え切れないほどの絶望を味わった。
この世界を生み出したという創造主の思惑を知るまで、進はこれらの喪失を全て『自分の責任だ』と思っていた。自分がいたから…愛したから、彼らは死んだのだと。苦野崎進という人間は、愛する者達を悉く奪われる星の下に生まれたのだと。運命を呪っていた。そしてある意味で、それは正しかった。
そんな彼が、もう友人も恋人も作るまいと心に誓うのは、至極当然のことだったのだろう。彼は段々と、他者との間に壁を作るようになった。
敬語とは書いて字の如く『敬う言語』だ。そして『敬い』とは、友情や愛情とは最もかけ離れた行いと言える。
友情や愛情と行った繋がりは、お互いが平等な立場に居て初めて生まれるものだ。上下関係のある者達の間に生まれるのは主従であって、友情でも愛情でもない。
相手を敬うという行為。一見礼儀正しいそれは、実のところ自分と相手の間に壁を――否、溝を生み出しているも同然なのだ。『私はあなたと対等な関係を望まない』と公言し、他者を拒絶しているだけなのだ。
進のことを“ボス”と呼んで慕う仲間達。彼らとの関係は主従であって、友情や愛情ではない。彼とそう言った関係を結んでいた者達は――皆既に死んだ。
他人と関係を結ぶことを――親しくなった者達を失うこと何より恐れるようになった進が、常に敬語を使い、相手と一歩距離を置いていること。それはある種、苦野崎進という人間の防衛反応…『もう誰も、失って苦しみたくない』という気持ちの表れでもあるのだ。
だからこそ、進は城ヶ崎レンや壇際沙津樹という仲間達にも敬語を使う。壁を作るために。壁を作って自分を守るために。もう愛する人を失って苦しまないために。これ以上絶望しないで済むように。彼らを愛してしまうことがないように。
彼女らに進が求めるのは、単なる協力関係。友情や愛情ではないのだ。
「すいません、癖なんです。敬語を使うのは。普段、目上の人や取引先の方とばかり話していたので…染みついちゃったんです」
「ふーん、そんな感じはしないけど…まあ良いわ、別に。アンタにため口されたら、それはそれで苛つくし」
「えぇー、じゃあレンちゃん。私は? 私がため口使っても苛つくの?」
「…アンタは別にどうでも良いわ。バカだし」
「ほんと? やったー! それじゃあこれからもため口使うね! レンちゃんも私には思う存分ため口で話してね!」
喜ぶ沙津樹の隣で、レンは小さく「バカにしてんのよ、このバカ…」と呟く。
進はその様子を見て、弱々しく笑った。もうすでにこの状況を…この二人との会話を、少し楽しく思ってしまっている自分がいる。情が湧きかかっている。このままではいけない。そう自分に言い聞かせ、緊張の糸をピンと張り詰めさせた。
もう嫌だ、苦しむのは。大事な人を目の前で失いたくない。そんな思いをするくらいなら、いっそ誰も愛さない。愛されたくない。
そんな思いを胸に、進は大ホールに繋がるドアのノブをひねった。この部屋に入ってきた時より、ドアが重たく感じた。
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