第3話 交渉
「チームを組むですって? アタシと? アンタが?」
「そうです。よろしければですけど…」
進は、先程話をしていた二人の女の内の一人――黒髪ポニーテールの女に、そう提案した。しかし女は「ふん、誰がそんなこと」と邪険に返す。
「アタシはね、アンタと違って誰の助けも必要としてないの。勧誘してきたって事は、どうせアンタ、弱いんでしょ? 戦闘向きのスキルを持ってないから、強い奴のおこぼれにあやかろうとしてるってわけ? 情けない奴ね。シッシッ。どっかいって」
「……」
返す言葉もなかった。なにせ彼女の言うとおりなのだから。
「いい? 忠告してあげるわ。そんなことやめなさい。どうせ無駄よ。寿命を縮めるだけ。勧誘ばっかりしてると、他の連中に『アイツは弱い』って思われちゃうんだから。真っ先に狙われて殺されるのがオチよ。それより、今は目立たないように隠れておいて、一発逆転の機会を窺うべき。そうでしょ?」
「…つまり、僕と違ってあなた――えっと…」
「城ヶ崎レンよ。レン様と呼びなさい」
「…城ヶ﨑さんは、仲間を必要としないくらい強い能力をもってるわけですか? だから僕とはチームを組まない?」
城ヶ崎レンは進の問いに「その通りよ、もちろん」と答える。
それに対し進は心の中で『…嘘だ』と呟いた。
城ヶ崎レン、能力は死に戻り。たとえ死んでも、記憶を保持したままもう一度人生をやり直せる能力。いわゆる『ゾンビアタック』を可能とする能力だ。
何度でもやり直すことが出来る。それだけ聞くと、一件極めて強力な能力に思える…が。実際の所、そう単純でもない。
例えばRPGゲーム。それを考えて欲しい。目の前にはラスボス、対するプレイヤーはレベル1の最弱。仮にそんな状況でゾンビアタックを行ったとして、それでいつかラスボスを倒せる日はやってくるだろうか? 来るわけがない。幾度となく返り討ちにされるだけだ。
死に戻りの能力がその真価を発揮するのは、あくまで『それなりの実力』を当人が有している場合のみ。もし彼我の間に絶望的な戦力差があるなら、その時この能力は虚しいほど無力だ。
そして、今。現状を鑑みるに、城ヶ崎レンの現状は恐らくその絶望のただ中にある。
見たところ彼女は、普通の――平均的な身体能力を有する十代女子だ。そんな彼女が、今ここにいる者達――様々な世界で数々の偉業を成してきた英雄達と、生身でやり合えるか? そんなわけはないだろう。絶望的戦力差が存在していると考えるのが正しい。
ともすれば、彼女の持つ死に戻りの能力は、現在の所最弱の能力と言っても差し支えない程に無力だ。彼女のその貧弱な身体では、どうやっても――何度生き返っても、優勝出来るべくもない。
故に、彼女は仲間を集めなければならない。目の前の絶望的戦力差を覆すべく、仲間を集め、その差を埋めねばならないのである。
(あたかも『助けを必要としてない』風に振る舞ってるのは、僕を警戒してる所為か。…そりゃそうだよな。まだ僕の能力を知らないんだ。もし僕が、本当は強力な能力持ちで、嘘をついているのだとしたら――彼女の強さを推し量るために話しかけてきたのだとしたら。城ヶ﨑さんは隠さなければならない。自分の弱みを。能力が貧弱であることを。僕に知られないように)
「何よ、アタシの顔をジロジロと。惚れたの?」
「え? あ、いや。違います」
「全く…さっきから何なのよ。アンタといい、そっちの女といい。なんでアタシはこうも、“変な奴”に絡まれるのかしらね?」
城ヶ崎レンはそう言って、今の今まで黙って二人の話を聞いていたショートヘアの女――先程城ヶ崎レンと小声で会話していた女のことを見た。
「そういえばお二人はさっき…僕が来る前、何か話されていたようですけど。何を話してたんですか? 僕はてっきり、チームを組む相談をしているものだとばかり…」
「別にそんな話なんてしてなかったわよ。ねえ、そうでしょアンタ…壇際沙津樹だっけ?」
城ヶ崎レンはそう言って、ショートヘアの女の方を見る。女は「うん、そうだよ!」と笑顔で答えた。
「私、壇際沙津樹! レンちゃんの言うとおり、私が話しかけたの。同い年くらいだし、お友達になれないかなって」
「……」
予想外の答えに、進は面食らう。まさかこの状況で、そんな理由から他人に話しかける人間が居るとは。これから殺し合うというのに、お友達とは。理解に苦しむ。
それに、このなんだか楽しそうな話し方。なんというか、この壇際沙津樹という女…少し変わっている。変人の雰囲気がある。いや、狂人と言うべきか?
「いきなりアタシの所に来て『お話ししよう!』なんて言ってきたのよコイツ。それで『うるさい』って言ったら、今度は小声でボソボソ話し始めた。移動するのも面倒だったから、無視して勝手に喋らせてたの。それだけ。チームを組もうなんて話は少しもしてないわ」
「そう…なんですか」
「うん! そうだよー」
壇際沙津樹はニコニコとそう答える。
「それじゃあ…沙津樹さんは、どうなんですか?」
「私?」
「僕…いや、僕に限らず。誰かとチームを組むつもりはないんですか?」
友達になれそうだから話しかけた、と彼女は言った。先程は思わず面食らったが、しかしよくよく考えれば、こんな状況でそんなことをする人間が居るとは思えない。恐らく先ほどの言葉はただ“ぼかした”だけで、その真意は『仲間になりたい』というものだったのだろう。
しかし、自分の弱さが露見してしまうことを恐れて、あえて『友達になる』という建前を装った。そう考えれば、しっくりくる。
「うーん、そうだね…チームを組むとかは、あんまり考えてなかったけど。でも確かに“アリ”かも。一人より二人、二人より三人の方が有利だもんね! ね、レンちゃんもそう思うでしょ?」
「馴れ馴れしく話しかけないで。それに勝手なこと言わないでよ。アタシ言ったわよね? 誰の助けも必要としてないって」
城ヶ崎レンはそう言って、様子を窺うように周囲を見まわす。恐らく、周りの者達に目を付けられていないか…チームを組む相談をしていると勘違いされていないかと、気にしているのだろう。
これ以上の会話は、無駄にリスクを増やすだけだと判断したのか、城ヶ崎レンは「じゃあ、アタシ行くから」と二人に告げる。
「精々、安心して背中を任せられる相手を見つけることね。いるとは思えないけど。じゃ、頑張りなさい」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何よ? まだ何かあるの?」
「……」
このまま城ヶ崎レンを行かせてはならない。その思いから彼女を呼び止めた進は、考えを巡らせる。どうすれば彼女を仲間に引き入れられるかと。
しかし咄嗟に良い考えが浮かぶはずもなく、仕方なく進は“最後の手段”に賭けることにした。それは自分自身の命を危険に晒す選択でもあった。
「…城ヶ﨑さん」
「何?」
「実を言うと…僕の能力は『相手の持っている能力がわかる』能力なんです」
「…!」
城ヶ﨑の瞳が鋭くなる。
「だから僕は、あなたの能力も知っています。もちろん、沙津樹さんの能力も。それらがわかった上で、あなた方に話しかけているんです。僕達三人が手を組めば、優勝も可能だと思ったから」
「…それが本当なら、ソイツの能力を当ててみなさいよ」
城ヶ﨑はそう言って、沙津樹の事を指さす。沙津樹は突然のことに「え、私?」と驚いた。
「…抜け目ないな、城ヶ﨑さん」
「“賢い”と言って欲しいわね」
「……」
仮に進の言っていることが嘘なら、壇際沙津樹の能力を当てられるはずがない。逆に本当だとしても、それはそれで沙津樹の能力が何なのか知ることが出来る。
何より、もしここで進が壇際沙津樹ではなく、城ヶ﨑の方の能力を言い当ててしまったら、彼女は沙津樹に自身の能力を知られることになってしまう。それを見越した上での誘導だろう。
進はこの提案を蹴ることも出来たが、しかし断らなかった。それは進が城ヶ崎レンに『壇際沙津樹よりも城ヶ崎レンの方を重視している』と言うことを暗に伝えるためでもあった。
「壇際沙津樹さんの持つ“能力”は『武器を自由自在に生成出来る能力』です」
進の言葉を聞き、レンは沙津樹の方を見る。
「…らしいけど。どうなの? 当たってる?」
「うわぁ! 良くわかったね、すごい! 当たってるよ!」
「まあそういう能力ですから」
レンは驚く沙津樹の姿を見て『どうやら嘘ではないらしい』と確認した後、進の方へと視線を移した。
「…嘘じゃなさそうね。その様子じゃ。てことは、知ってるわけ? アタシの能力も」
「えぇ。それが戦闘に不向きな事も含めて」
「……」
しばしの沈黙の後、レンは「はーあ。無駄に駆け引きしちゃったみたいね」とぼやいた。
「自分の能力を意地でも隠そうとしてたのがバカみたいだわ。ていうか、そんな能力持ってるなら最初から言いなさいよ。そうしたら、もっと早く話は済んだでしょ。違う?」
「…城ヶ﨑さんと同じですよ。僕もあなたが“信頼に足る人”かを図りかねていた。万一に備えて…敵対する可能性を考慮して、手の内を出来るだけ隠しておきたかった」
「それじゃあなんで、今更話す気になったのよ」
「…あなたに逃げられるより、正直に話すべきだと考えたからです。リスクを冒してでも、城ヶ﨑さんの能力と協力を得たかった。…もちろん、沙津樹さんの協力も」
進の言葉を聞いて、沙津樹は「あはは。ありがとね」と嬉しそうに笑う。
「それでもこれは大きな賭けでした。死に戻りが出来る城ヶ﨑さんと違って、死んだら終わりの僕はミスが出来ない。手の内を晒す行為は、それこそ一か八かの選択…でもその様子だと、協力してくれるってことで良いんですよね?」
恐る恐るそう尋ねた進に、レンは意地悪く笑う。
「もし手を組まないって言ったら、アンタどうする?」
「…本気ですか?」
「ふふ…どうかしらね。それより答えなさいよ。どうするの?」
「……」
進は一瞬迷う。しかしレンの様子からして、面白半分でこんな質問をしているのだろう。きっと進が苦しむ姿を見たがっているのだ。
もっとも、だからといって彼女の思い通りにされるほど、進も優しくはない。カウンターをお見舞いすることにした。
「…そうですね。そうなったら、真っ先に始末すると思います。城ヶ崎さんを。なんせ僕の能力の事を知っているわけですから」
「始末? へえ、そんなこと出来るの? アタシの能力は“死に戻り”よ。殺されても生き返るの。それも過去に戻って。そんなアタシを始末するなんてこと、物理的に不可能じゃなくて?」
「そんな事ないですよ。能力のタネさえわかっていれば、対処法はいくらでもあります」
「例えば?」
「そうですね、一番確実なのは城ヶ﨑さんを殺さずに捕まえた後に、病院とかにある薬物を使って廃人にする…とかですかね。最適なのは麻薬でしょうか? 病院においてあるかはわかりませんが…とにかく、そういった薬品を使って、城ヶ崎さんの脳を破壊する。死に戻りの能力では基本的に、死ぬ前の“記憶”は保持されます。記憶というのはつまり、脳の化学的状態のことです。薬品で脳を化学的に破壊出来れば――廃人にしてしまえば、それは“死に戻った後”でも治らない。それで完全な無力化完了です」
進の返答に、レンは驚いた様子で目を細める。そして、彼らの隣で話を聞いていた沙津樹は「へぇ、そうすれば良いんだ」と無邪気に笑っていた。
レンは進のことを睨み付けながら呟く。
「…決めたわ」
「…? 何を?」
「アンタは危険人物よ。だから今すぐ“死に戻って”、アンタが何かしでかす前に、過去の世界で殺しておくことにするわ」
「そんなっ!」
慌てふためく進の様子を見て、レンは表情を崩す。そして「冗談よ」と笑った。
「わかった、良いでしょう。アンタに協力する。チームを組んであげるわ。敵にするには危険な相手だしね。アンタもよ、壇際沙津樹。『武器を生み出せる能力』らしいじゃない。ちょうど武器が必要だったから、都合が良いわ。よろしく頼むわよ」
レンの言葉に、進はホッと胸をなで下ろす。壇際沙津樹も「やった!」と喜んでいた。
「嬉しいな! 友達No.1と2だよ!」
沙津樹の発言を聞き、進とレンは(友達いないのか…)と心の中でぼやく。
しかしよくよく考えてみると、こんな空気の読めない人間に友人がいないというのは、むしろ納得できることだった。
しかし安心したのも束の間。レンから“当然の質問”が飛んで来た。
「それで、もし私達3人が全員生き残ったら、一体誰が優勝するわけ?」
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