第2話 品定め
――ウゥゥゥゥン…
静かな音を立て、エレベーターが上昇する。久方ぶりの『文明の利器』に、命懸けの戦いが差し迫った状況だというのに――いや、むしろ命が懸かっているからこそ――進の心は高揚していた。
進が転生させられた異世界は、元の世界で言うところの近世から近代ほどの科学技術しかなかった。その為、当然ながらエレベーターなどというものに乗る機会はなく、彼にとってこれは数年ぶりの体験だった。そこに懐かしさを感じないわけもなく、進はまるで初めてエレベーターに乗った子供のように、年甲斐もなく心を高揚させていた。
そしてそんな高揚感を覚えつつ、しかし一方で彼の心は沈んでも居た。
次にエレベーターの扉が開くとき。それは彼が戦いの場――『主人公バトルロワイヤル』なるものの舞台に上がる瞬間だ。
生き残れる確信は薄く、なにより――勝ち残るには他者を蹴落とさねばならない。殺さねばならない。気分が陰鬱になるのも当然だろう。こんな時でも明るいのなんて、それこそ狂人の類いだ。
何より、先程パープルトンから与えられた力――『相手の能力がわかる能力』が、彼の心配を何倍にも膨れ上がらせていた。
当人の性質に見合った能力を渡す。なるほど、それで自分に『相手の能力を知る能力』を与えるのなら、確かに納得がいく。進はこれまで、数多くの危機と困難を知識で以て乗り越えてきたからだ。しかしだからといって…たった一人しか生き残れないこのバトルロワイヤルで『相手の能力を知る能力』なんてものを与えるなんて、この大会を運営する連中はどれほど性格が悪いのだろうか。
当然だが、この能力には『自分一人の力だけで生き残れるだけの強さ』なんてものは無い。なんせ『知ることが出来る』だけなのだ。『わかる』だけで、別に何かが『できる』ようになったりはしない。
仮に、相手の能力がわかったとして。しかしそれに対処する方法がなかったら? そう、例えば敵が筋力を100倍にする能力とかだったら? 一体どうしろというのだろう。虫のように踏み潰されろとでも言うのか。
この手の能力――情報をどうこうする類いの能力が真価を発揮するのは、チーム戦だ。敵の能力に関する情報を武器に、仲間のサポートをする。それがこの能力の有用性だ。しかし『誰か一人しか生き残れない』のが普通のバトルロワイヤルにおいて、これほど『相性の悪い』能力はないだろう。
つまりだ。進は『自分一人の力で生き残らなければならない』バトルロワイヤルにおいて『自分一人では絶対に生き残れない能力』を与えられたも同然なのだ。
しかしこうなってしまった以上、もはや現状を受け入れるほかない。状況を甘んじて受け入れ、対策を練るほかないだろう。もっとも、対策を練るとは言っても、進に残された“手”はたった一つしか無いのだが…。
『他の参加者と同盟を結び協力する』これしかない。
楽観的な予想にはなってしまうが、きっと進以外にも、彼と同じ悩みを抱えた者達がいるはず。『戦闘に不向きな能力』や『際だって強力なわけでもない能力』の持ち主達が。そう言った者達とチームを組み、その中の誰かが優勝した暁には『チーム全員を生き返らせる』と願うことを互いに約束する。この手のバトルロワイヤルにはありがちな“チーム戦術”を実行するしかない。少なくともそれが、進に残された唯一と言っても良い『生き残る方法』だ。
しかし問題は幾つもある。例えば、優勝したチームメイトが約束を反故にして、自分達を生き返らせなかった場合。やはりコレが最大にして最悪の可能性だろう。これに備えて、メンバー選びは慎重に行う必要がある。ベストは『自分が優勝者になる事』だが、進の持っている能力が『相手の能力を知ることが出来る能力』という、戦闘力に劣る能力であることを鑑みれば、彼がチーム内で強い発言権を持つことは難しい。従って、そんな彼が最後の優勝者になれる可能性は極めて低い。大方、チーム内で比較的“強い能力”を持ったものが発言権を得て、最後の優勝者になるはずだ。
チームメンバーの選び方。それは極めて重大な死活問題だ。強力な能力持ちは、きっとチームなど組んでくれないだろうし、かといって“能力が弱すぎる者”ばかりを仲間にしても、チームとしての機動力が失われるばかりでリスクが増すだけだ。誰を勧誘し、誰を拒絶するか。それが肝心と言える。
――チーン
進が狭いエレベーターの中でそんなことを考えていると、エレベーターのチャイム音が鳴った。目的地に着いた合図だ。階数の表記を見れば、100階と書いてある。無駄に階数が高い。仮にこの階層で戦いが行われるのなら、窓を割って外に脱出するという選択肢の生存確率は絶望的だろう。それどころか、エレベーターが戦いの最中に停止して閉じ込められるリスクを考えれば、そもそもこの100階そのものが擬似的に“天空の孤島”と化す可能性すらある。この狭い密室空間で凄惨な殺し合いが行われる可能性が。そうなったら、逃げ場のない戦場で進が生き残れる可能性は恐らくゼロだろう。少なくとも、進に地の利はないと言える。
そんな事を考えていると、ウィーンと扉が開いた。そこは、広いスイートルームのような場所で、既に進以外に10名ほどの人が居た。そしてその全員が、エレベーターの中から現れた進の事を見ていた。これから敵となる相手を――その強さを見定めているのだろう。
進は一瞬、場の重苦しい空気に気圧され後ずさりしたが、すぐに覚悟を決めると、一歩足を踏み出した。
ここに居る、10名ほどの者達。彼らが今回の敵であり、そして自分の味方になるかもしれない者達だ。この中から信頼できる相手を見つけ出し、仲間にならねばならない。もしそれに失敗すれば、待っているのは死のみだ。
進はしばらく歩いた後、ちょうど部屋の全体が見渡せるような位置で立ち止まった。そして、他の者達の観察を始める。
見たところ、新しくこの部屋にやってきた自分に話しかけようと動く者は居ない。警戒しているのだろうか? …いや、そもそもこれから殺し合うことになる相手と、会話を交わす道理もないのだから、別におかしくはない。
何よりこれから行われるのは『バトルロワイヤル』なのだ。開始前に下手に行動して、他の者達から目を付けられるのは愚策中の愚策だ。少なくとも戦いが始まるまでは、何もせず、目立たないでいる方が合理的だ。…その方が合理的なのはわかっているのだが。しかし、そういうわけにもいかないのもまた事実。
この『誰からも話しかけられない』という事は、実際のところ進にとってあまり嬉しい事ではなかった。すでに述べたように、彼はこの中から仲間になってくれる相手を探さなければならないのだ。願わくば、向こうからこちらに接触を図ってくれる…というのが理想だった。しかし現状を見るに、そう言う行動を取る者は居ない。
となれば当然、仲間を見つけることが生き残るために必要である以上、進は自分の方から話しかけ、仲間捜しをしなければならないのだが…そんなことをしてもし、目を付けられたら? 仲間捜しをしている自分の姿を見た周りの者達に『アイツ弱いぞ』と思われたら? 元より勝ち残れる可能性が低いのに、それがさらに低くなってしまうだろう。
この状況で周りの人間に接触すると言う行為。それは『私は自分だけの力で生き残ることが出来ません』と自白するようなものだ。なんせ、もし自分の能力に絶対の自信を持っているのなら、わざわざ他人と会話をする必要もないのだから。他者に話しかけ、あまつさえ『チームを組まないか』と提案する。その行為はそれだけで、自分が弱者であることを宣言する自殺行為に他ならない。
理想は、自分以外の誰かに『仲間にならないか?』と勧誘して貰うことだった。『自分が弱い』ことを周りに知られることなく、仲間集めが出来たから。しかし状況を見るに、その理想は叶いそうもない。
以前の彼――『主人公補正』に愛されていた苦野崎進ならば、こんなことは無かっただろう。きっとその『神に愛されし幸運』によって、何もせずとも向こうから勝手に仲間が近寄ってきてくれたに違いない。しかしどうやら、今この場所に置いて――この『主人公バトルロワイヤル』においては、そんな補正はあてにならないようだった。なにせこの場に居る全員がその主人公補正を有しているのだから。
(…我ながら情けないな。まったく…)
進は自虐的にそんな事を思う。
先程まで、あれほど憎んでいた創造主。苦野崎進とその仲間達に数々の困難と死を与えてきた神。なのに今、進はそんな神に『期待して』しまっている。主人公補正という『神の恵み』に頼ろうとしている。こんな事を考えてしまう自分の事が情けなくなると同時に、もはや自分には『特別な力』が無いのだという事実が…『普通に死ぬかもしれないのだ』という事実が、進の心に重くのしかかっていた。
(とりあえず、情報収集だな。こっちから勧誘するにしろ、向こうから来るのを待つにしろ相手についての情報がないと、何も始まらない。判断できない。少なくとも『手を組むメリットがある相手なのか』が判断できる程度には、情報が欲しい)
進は周りの主人公達の事を凝視しながら、そんな事を思う。
仲間になる相手は、当然ながら慎重に選ばなければならない。その人物が信頼に足る相手なのかという事はもちろんのこと、その能力――手を組むに値するだけの強さを持っているのかということもまた、重要な判断材料だ。逆を言えば『あまりにも役に立たない能力』を持っている者については、出来うる限り仲間になる選択肢を排除するべきだ。わざわざチームの人数を増やして、他の者達から『あのチームは人数が多いから早めに対処するべきだな』と危険視される必要もない。
進に与えられた『視界に入った敵の能力がわかる』能力。彼はそれを発動し、周囲にいる者達の能力を観察する。
(ひとまず、あっちのソファに座ってる男の人から…いや、いきなりすごい能力だな。『不死身になる能力』って)
進は、少し離れた場所で一人ソファに座る男のことを観察する。その男は三人掛けのソファに、大股を開いて我が物顔で座っていた。その様子から、男が自己中心的で独善的な性格であることが透けて見えてくるようだ。
(あの人は…駄目だな。さすがに。色んな意味で。見るからに性格が…アレだし。何より能力がなぁ…)
不死身になる能力。いかにも強力だ。そして『他者の助けを必要としない能力』だ。そんなものを持っている人間が、果たして誰かと手を組もうと考えるだろうか? 答えはNoだ。仮に手を組むとしたら、それはきっと裏切る前提での話だろう。
というかそもそも不死身の能力なんて、そんなのはアリなのか? なんなら、もはやこのバトルロワイヤルゲームの優勝者は決まったも同然なのではないだろうか。あの男の優勝で。
不死。すなわち死なない能力。『生き残ること』が勝利条件のバトルロワイヤルにおいて、これ以上に優秀な能力もそうはないだろう。なんせ『死なない』のだから。
一つ気にかかることがあるとすれば、それは『不死身の能力』ではなく『不死身になれる能力』となっていることだろうか。単に表現の違うだけと言われればそれまでだが…しかし、少し引っかかる。
不死身に『なれる』ということは、つまり不死身に『ならない』ことも可能と言うことだ。それなら例えば――拷問などによって耐えがたい苦痛を与えることで『もう死にたい』と思わせることが出来たなら? 不死身でいることを『やめさせる』ことは可能なのではないだろうか。
このバトルロワイヤルゲームを開催した創造主は、退屈を何より嫌う。そんな奴が『絶対に死なない人間がただ生き残るだけ』の物語を見せられたとして、それを『面白い』と感じるか? きっとそんな事はないだろう。ともすれば、必ず『勝つ術』は残されていると考えるべきだ。不死身の男を『殺す方法』があると。
(…とりあえず、あの男は要注意だな。マークしておかないと…戦うことになった場合に備えて、対処法も考えておこう…不死者を殺す方法か。ははっ、気が滅入る…)
進はそんなことを考えた後、今度は別の者に視線を移す。
(緊張してる人とか、いないかな? ビクついたりオドオドしてるような人は…)
今この場で、精神的に弱い部分を見せている人間。それが狙い目だ。きっと『あまり強くない能力』を持っているのに違いないし、なによりそう言う『自分に自信が無い』人間は思い通りにしやすいから。弱みにつけ込んで“手を組みやすい”のだ。
しかしそんな進の思いとは裏腹に、彼の求める『相手』はその場に存在しなかった。もっとも、それも当然と言えば当然だろう。なんせここにいるのは百戦錬磨の主人公達。ちょっとやそっとのことで弱みを見せているようでは、物語の主人公などやれようはずもない。
刻々と過ぎていく時間。しかし見つからない『仲間』。もしかすると、あと数分と経たない内に戦いが始まってしまうかもしれない。そんな焦燥に駆られる中、進はふと“あること”に気がついた。
(――誰か話してる?)
ボソボソと…それこそ、耳を澄まさなければ聞こえないほどの、小さな声で。誰かが話している。何処かで。
進は部屋を見まわす。そしてすぐに、部屋の隅の方で何かを語らっている二人の少女の姿に気がついた。どちらも高校生くらいの背格好だ。
彼女らの姿が視界に入った瞬間、進の能力が発動する。進はすぐさま、彼女たち二人の持つ『能力』がなんなのかを知った。そして息を呑んだ。『こんなに都合が良いことがあっていいのか?』と。
彼らの有していた能力。それは、それこそ“ご都合展開”としか思えない程に――創造主がそうなるよう仕組んだとしか思えない程に――今の進が必要としていた能力だったのだ。
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エントリーNo.2
城ヶ崎レン:能力『死に戻りの能力』
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エントリーNo.3
壇際沙津樹:能力『あらゆる武器を自由自在に生成出来る能力』
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