第1話 プロローグ
苦野崎進は主人公である。
彼は3年前、高校からの帰宅途中にバスに撥ねられ異世界転生した。そして転生先の世界で現代知識を武器に成り上がった。所謂『知識無双系』の小説主人公だ。
そんな彼は今、奇妙な経験をしていた。
とある政府関係者に招待された祝賀会、その帰り道。夜道を一人ポツポツと歩いていた彼は気がつくと、何処とも知れぬ光の中に居たのだ。得体の知れない光。辺り一面を煌々と照らしているが、しかし眩しいとは感じない。見たことも無い光景だった。
そんな最中にあって、進の心は落ち着いていた。いや、正確に言えば驚いてこそいたが、しかし慌ててはいなかったというのが正しいだろう。
彼はこれまでに、幾多の困難に直面してきた。その経験が、予想外の状況に直面しても狼狽えないだけの強心臓を彼に与えていたのだ。
一面を覆い尽くす光の中に迷い込んで数秒後、気がつくと今度は見たこともない――まるで高級ホテルのエントランスの様な場所にポツンと立っていた。天井には豪華絢爛なシャンデリアがつるされており、床や壁は大理石で覆われている。そして奥の方にはエレベーターの入り口があった。
進がキョロキョロと周囲を見まわしていると、背後から言葉が投げかけられる。
「苦野崎進さまですね。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
声の方向を見ると、そこには受付のような場所に座ったホテルマン――否、ホテル“ウーマン”がいた。進は若干怪しみながらも、彼を呼んだホテルウーマンの指示に従い、彼女の方へと近づく。
「…あなたは?」
「申し遅れました。私は今回の祭事の運営を任されております、パープルトンと言う者です。以後お見知りおきを」
「…“祭事”?」
「えぇ。この度、我らが創造主の開催なさった『主人公バトルロワイヤル』という大会です。その運営責任者の一人と思って頂きたく存じます」
「……」
進は黙ったまま、『主人公バトルロワイヤル』なる大会の責任者であると言う女の顔を見る。女はニコニコと張り付いたような笑みを浮かべ、進のことを見ている。その姿から、嘘をついているような印象は見て取れない。
「あー…えっと。一つお尋ねしても?」
「もちろんです。なんなりと」
「…なんですか、その『主人公バトルロワイヤル』って。少なくとも僕は初耳なんですけど」
「ありとあらゆる物語に登場する主人公達を集め、生き残りをかけて戦って頂く。そういった大会です」
「……」
質問をしたにもかかわらず、かえって知りたいことが増えてしまった事に、進は内心苦笑いする。退屈な政治パーティーから解放されたと思ったら、こんな場所に連れてこられ、あげく得体の知れない大会に参加しろと命じられる。何とも度し難い。可能なら、今すぐ家に帰ってベッドに飛び込みたい気分だ。
というか…『主人公バトルロワイヤル』? あらゆる物語に登場する主人公を集め、戦って貰う? 意味がわからない。何のためにそんなことをしなければならないというのか。いや、そもそも『主人公』とはなんだ。『物語』とは? まさか自分が、その『物語に登場する主人公』だとでも言うのか?
(……いや)
よくよく考えてみれば、自分――苦野崎進という人間が『主人公』というのは、あながち間違いでもないかもしれない。少なくとも、異世界に転生するなんて経験を『普通の人間』はしないのだから。むしろ、苦野崎進という人間が『なにがしかの物語』の主人公であると仮定すれば、これまで彼の人生で起きてきた様々な出来事――彼にとってあまりに“都合が良すぎる”出来事の数々は、全て納得がいく。
死んで生き返るという幸運、仲間に恵まれた幸運、能力に恵まれた幸運、困難に直面したとき必ずそれを乗り越える「方法」があった幸運…そういった数々の幸運に、説明がつく。彼が物語の主人公で、所謂『ご都合展開』に愛されていたのだとすれば。
しかし、仮にそうだとして。自分が主人公だとして、ではどうしてこんな『主人公バトルロワイヤル』なるものに参加しなければならないのか。なぜ見ず知らずの者達と命懸けの戦いをしなければならないというのか。
「それは、我らの創造主が退屈しておられるからです」
苦野崎進の考えを見透かしたように、パープルトンはそう言った。
「私やあなた――この世界の全てを生み出した創造主は、常に刺激を渇望しておられます。刺激とはつまり、物語です。あなた達“主人公”が、様々な人と出会い、多くの経験をし、困難を乗り越え成長していく。そう言った『物語』だけが、創造主を満足させられます。しかし刺激は、繰り返す毎に馴れ、薄れていくもの。数多くの世界を想像し、物語をご覧になられた創造主は、いまや生半可な刺激では満足出来なくなってしまわれたのです。そこで創造主は――今まで作り上げてきた物語の主人公達を一同に集め、戦わせようとお考えになりました。一人一人の『ありきたりな』物語では満足出来ずとも、それらを集め戦わせれば――そう、まるで蠱毒のように。より洗練された、蒸留された、純度100%の『物語』を味わうことが出来る。そうお考えになられたのです」
パープルトンは進にそう説明した。それを聞いて進は『なんて身勝手な奴だ』と怒りを覚えずには居られなかった。
これまで進は、数多くの困難に直面してきた。苦痛も味わった。喪失も味わった。彼のために命を落とした仲間も少なくない。最愛の人だって失った。それも目の前で。
それら全てが、たった一人の――“創造主”なる者の退屈を和らげるための物語でしかなかった? 困難や喪失に直面し、苦しむ自分を見て、それを面白がっていた? 冗談ではない。苦しめられるこちらの身にもなれという話だ。進は身勝手な創造主に対して『ふざけるな』と叫びたくてたまらなかった。
しかし、今不満を叫んだところで何の意味もないことは、進にもわかっていた。なので、怒りを抑えパープルトンの説明を引き続き聞くことにした。
そんな進の思いを見透かしてか、パープルトンはニヤリと笑う。
「もちろん『タダで戦え』などとは言いません。この大会の優勝者には、それ相応の賞品をご用意しています」
「…賞品?」
「はい。それは『どんな願いも一つだけ叶える権利』です」
パープルトンの言葉に、進は息を呑む。
「先程も述べましたとおり、創造主はこの世界の全てをお創りになった存在です。無論、どのような願いであっても叶えることが出来ます。苦野崎進さまはこれまで、数多くのご友人を亡くされているものと存じます。如何でしょう? この大会で優勝し、彼らを生き返らせて差し上げるというのは」
「……」
進は怒りに震え、歯を食いしばる。
『生き返らせてはどうか』? ふざけるのも大概にしろ。先程言ったではないか。お前の言う『創造主』とやらが退屈を紛らわすために、苦野崎進という人間の人生を――物語を作ったのだと。言ってしまえば、これまでに死んだ人達は全員、創造主が『退屈』を紛らわすために殺したも同然なのだ。それなのに『生き返らせてやる』とは、どこまで馬鹿にすれば気が済むのか。マッチポンプどころの騒ぎではない。
「…それなら、もし『創造主を殺してくれ』って言ったら、どうなるんですか?」
進は怒りを滲ませた声でそう尋ねる。しかし彼の問いに、パープルトンは毛ほども笑みを歪めずに、飄々と返答する。
「構いませんが、お勧めはしません。そんなことをすれば、私や進さまはもちろんのこと、無関係な方々も全員、この世界と共に消えてしまうからです。あなたもこれ以上、“大切な人”や“帰るべき場所”を失いたくはないでしょう?」
パープルトンの答えを聞き、進は再び抑えがたい怒りに襲われた。怒りのあまり、彼の奥歯にヒビが入る。目の前のこの、張り付いた笑顔を全く崩さない人形のような女を殴り飛ばしてやろうかと思うほどだった。
その怒気は凄まじく、彼が平静を取り戻すのにはしばらくの時間を要した。
怒りをようやく抑え込んだ進は、歪な作り笑いを浮かべ、出来る限り“にこやか”にパープルトンに語りかける。
「…冗談ですよ。僕だってまだ死にたくないですから。なにより僕は、何処かの誰かと違って、自分のために無関係な他人を苦しめる悪人じゃありません」
「それは素晴らしい判断です、進さま」
「…それで? 僕はその『主人公バトルロワイヤル』っていう大会に参加しないといけないんですか? 絶対に? …一応確認なんですけど、辞退することは?」
「もちろん可能です。ただしその場合、創造主があなたに対して、どんな感情を抱いてしまわれるか…。創造主が求めておられるのは、あくまで『自分の退屈を潤わしてくれる存在』です。苦野崎進という登場人物が、それに満たない存在であると判断された場合に、無用となったあなたを残しておく保証はありません」
「…なるほどね。つまり生き残りたかったら、絶対参加しろと。まあ、わかってはいましたよ。聞かなくても」
進はため息を零し、頭を抱える。
どうやら自分には、もはやこのバトルロワイヤルを戦い抜き、生き残るほかにないらしい。しかし、対戦相手――自分と同じく『何らかの物語の主人公』であるという者達と対峙し、勝ち残るのは、きっと至難の業だろう。
これまでに彼は、幾度となく困難に直面し、それを打ち破ってきた。しかし先程の話を聞く限り、それらは言わば“主人公補正”のようなもので、単に物語の“ストーリー”が苦野崎進という人間の味方をしていただけに過ぎないのだ。
これから戦う相手は、その全員が主人公。つまり自分と同じ『物語』に愛された者達だ。今までのように、主人公補正だけで生き残れるほど甘いとは思えない。むしろその“主人公補正”が、敵に回ることだってありえる。
窮地に陥ったとしても、これまでのように、それをまぬがれる方法が突然思い浮かんだり、運が味方をしてくれるとは限らないのだ。実力がものを言うことになる。
生き残れるのか? 無事に帰れるのか? そんな不安が進の中で渦巻いていた。
「それでは苦野崎さま。最後に私ども大会運営から、ささやかではありますが、あなたに一つ『プレゼント』を差し上げたいと思います」
「…プレゼント?」
パープルトンの唐突な申し出に、進は若干の警戒心を露わにする。
「ご安心ください。罠などではありません。『プレゼント』の代償に、命を寄越せなんて事は言ったり致しません。むしろこれは、進さまの為ではなくて、私達大会運営者がこの大会をより『面白い』ものにするための行為なのです」
「というと?」
「当然の話にはなりますが、様々な作品の主人公を集め戦わせると言っても、中には『戦いが主題ではない』世界を舞台にした物語の主人公もいます。そう、例えば学園を舞台にしたラブコメディであったり、日常系の物語であったりです」
「…当然ですね。この世界をつくったとか言う創造主が、よほど戦闘モノの話が好きでもない限り、そういう平和な物語は少なくないと予想できる」
「その通りです。そして、そんな世界の主人公達を連れてきて『さあ戦え』では、他の主人公――戦いを主題とする世界の主人公達に蹂躙されるのは明白。しかしそれではつまらない。そこで私どもは、そう言った不公平を是正するべく、『明らかに戦闘力で劣る主人公には、その人物の性質に即した特殊能力を一つ与える』というルールを付け加えました。進さまは、その『戦闘力で劣る』という条件を満たしておられるのです」
「……」
確かに進の居た異世界は、魔法や超能力と言った類いのものは無かった。かつて進が暮らしていた“現代世界”に非常に近しい、科学の栄えた世界だった。その為、進自身もそう言った特別な力――戦闘で有利になるような魔法や超能力の類いは持っていない。彼の武器はあくまで、現代知識とそれを自由自在に応用する事の出来る頭脳だけだった。パープルトンの言うとおり、そんな人間が戦いに身を投じたところで、他の主人公――暴力が常に傍らにある世界で生きてきた人間達に太刀打ちできるとは到底思えない。為す術もなく殺されるのがオチだろう。
しかし、そんな事を創造主が――退屈を何よりの敵と考える存在が看過するはずがない。無力な人間が、圧倒的な力の前に鏖殺される。そんなもののどこが面白い? 互いに拮抗した実力を持つ者同士が、自身の全てを賭けて命懸けの戦いをする。そこにカタルシスが生まれ、面白さが発露するのだ。故に、創造主の退屈を紛らわすべくこの大会を主催しているパープルトン達が、進に『ほどよく強力な特殊能力』を与えて、『退屈しない戦い』を演出するように取り計らうのは、当然のことと言えるだろう。
とすると問題は、彼女が一体どんな能力を与えてくれるのかというその一点になるわけだが…。確かパープルトンは『その人物の性質に即した特殊能力』を与えるのだと言った。では苦野崎進という人物の性質とはなんなのか? それに即した特殊能力とは?
そんな進の疑問に答えるように、パープルトンは答えた。
「進さまはこれまで、あらゆる困難を『知識』によって乗り越えてこられました。従って我々はあなたに『知る能力』を差し上げます。苦野崎進さまに与えられるのは『視界に入った敵がどんな能力を持っているのかがわかる』能力です」
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エントリーNo.1
苦野崎進:能力『視界に入った敵がどんな能力を持っているのかがわかる能力』
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