アリア 1-8 魔法の詠唱のススメ
(アリア視点)
訓練場にはギルドマスターらしき男性や、私と同い年ぐらいの年の男の子と女の子がいました。
男の子と女の子の2人は協力してその男性に挑んでいるようです。
ちなみにディーさんは気配を消して、この訓練場のどこかから見ているらしいです。
訓練場に入る前にディーさんから、
「保護者同伴ではアルスが他の冒険者なめられてしまうかもしれない。だから俺は気配を消して見守っているよ。」
そう言ったあと、驚くことに目の前にいるディーさんの姿が消えてしまいました。
受付嬢さんが戦闘中?の3人がいる方向に歩いていくので付いていきます。
「ギルマス、昨日お話ししましたアルス様をお連れしました。」
受付嬢さんがそう声をかけると、ギルドマスターさんは休憩の指示を出してこちらに向かってきました。
ギルドマスターさんは体の縦と横が私の倍近くあります。
「おう、坊主がアルスか。俺はエリアスのギルドマスター『クライブ』だ。」
「アルスと言います。よろしくお願いします。」
「ああ。だが・・・」
クライブさんが訝しげな顔で私の全身を見ます。
「あ、あの?どうかしましたか?」
「ずいぶん線が細いと思ってな。ちゃんと飯は食ってるのか。冒険者は体力が命だぞ。」
「は、はい。」
一瞬、性別を偽ってることがバレたのかと思いましたが、クライブさんはただ心配しているだけだったようです。
「その様子だと魔法使いタイプということでいいのか?」
「はい。剣はほとんど振ったことがありません。」
本当は一度も剣を振ったことはありませんが。
「そうか。とりあえず実力を見せてほしいんだが・・・。よし、得意な魔法をあそこに向かって撃ってくれるか。」
そう言ってクライブさんは訓練場の隅にある的を指差します。
とりあえず先日も使ったフレイムアローでいいでしょう。
そう考えた私はフレイムアローの詠唱を行い、的に向かって放ちます。
『カッ、ボォ』
炎の矢は狙った場所に当たり、的に火が付きました。
私は魔法がうまく当たったことに安堵します。
「アルス、お前の魔法は確かに正確で綺麗だが、それでは発動が遅すぎる。」
しかし、クライブさんにとっては全然ダメだったようです。
確かにあの時出会ったゴブリンにも私の魔法は簡単に躱され、その後どうすることもできなくなってしまいました。
「魔法というのは正確に唱えなくても発動する。確かに完ぺきに唱えれば威力は最大なものになる。しかしもしその相手を7割の力で倒すことができるなら、残りの3割は無駄になる。加えて言うと相手を倒し切らなくても、相手の動きを抑えることができれば十分なことも多い。」
クライブさんは手を前に向けて伸ばします。
「例えばフレイムアローの正しい成句は『紅蓮の炎よ、万物を貫き焼き払え』とまあ比較的短い魔法だが、『紅蓮よ、貫け』だけでも7割ほどの威力で発動する。さらに詠唱の省略で重要となるのは想像力だ。もし使い慣れた魔法であれば、炎の矢を想像して『貫け』と唱えるだけでも発動する。そして想像力の極致が詠唱破棄とされ、優れた魔法使いであればいくつもの魔法を詠唱なしで使える。」
説明をしながらクライブさんはそれぞれの詠唱で魔法を発動させます。
すると、詠唱を省略したフレイムアローは、完全に詠唱したほうよりも小さいものの、確かに炎の矢が発射されました。
なるほど、と思い私も詠唱の省略を試してみます。
『紅蓮よ、貫け』
するといつもよりはわずかに小さいものの、的を焼くには十分な威力の炎の矢が発射されました。
「おお、一発で成功か。イメージは十分みたいだな。もっと練習すれば詠唱破棄もすぐだろうよ。とりあえず今日は好きに魔法の練習をしていてくれ。」
クライブさんは満足げな様子でそう言い残すと、先ほどのおふたりのところに戻って行ってしまいました。
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私は休憩をはさみつつですが、2時間ほど魔法の詠唱省略の練習をしていました。
魔力を使いすぎたせいか、少し頭がぼーっとしています。
するとクライブさんは彼らとの稽古を終えたのか、私の方に歩いて来ました。
「アルス、明日からとりあえず走れ。」
「えっ?」
突然のクライブさんの言葉に驚いていると、クライブさんが説明を始めます。
「魔法使いは前衛に守られつつ、足を止めて魔法を使うというのが普通だ。だが冒険者の魔法使いは様々な状況で戦わなければならない。同時に多数の敵を相手取る場合や、狭い場所での戦闘なんかもある。魔法使いは魔法を行使するためにある程度冷静でなければならない。ソロで活動するにしてもパーティを組んで活動するにしても、全体を俯瞰できるように立ち回る必要がある。」
そこで、クライブさんが話を止めて私の顔を見ます。
どうやらクライブさんは、私の表情を見てきちんと理解できているかを確認しながら説明をしてくれているようです。
しかし今の私は頭があまり働いていないせいか、クライブさんの言っている内容が7割くらいしか入ってきません。
「うまく立ち回るためには素早い移動と体力が必要となる。それに冒険者には逃げ足が必要な場面もあるしな。見たところ今のアルスにはあまり体力がないだろう。だからアルスにはまず体力をつけてもらう。」
「そうなんですね。分かりました。」
「実践的な訓練は体力がついたら行う。まあ今日は魔力をたくさん使って疲れたようだから、もう休んで明日からがんばれ。」
私の様子から魔力欠乏による疲労を見て取ったようです。
クライブさんは私に帰って休むように言い残すと、訓練場から出て行ってしまいました。
その後、冒険者ギルドから出た私はディーさんとは冒険者ギルドの前で別れ、ハイドさんたちの待つ家に帰ったのでした。
次回はボルス回です。
今回の話を書いてから気付いたのですが、やたら7割という数字を使っていました。
自分にとって7は使いやすい数字みたいです。
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