淫魔族最後の男の困惑
今回は説明回のケが強いです。
でもまあ、見どころのハレはこういうケがなきゃ成り立ちませんし。
ちょいと我慢してお付き合いくださると是幸いです。
村の南東、そこにあるのはまず深い森である。
とは言っても村がある時点で村の周りのある程度の距離までは木を採ったり狩り等がしやすいように整えられている。
しかし今回の場合はそこからさらに深くまで潜らないと目的の洞窟は見えてこないし、洞窟まで行かないにしても敵の機動力や武装を知るというアピールをするにはやはりかなり深くまで潜る必要はどうしても出てくる。
そして森というのは慣れている人間なら兎も角、まったく奥まで入ったことのない人間には「移動しづらい・迷いやすい・危ない」の三点が如実に表れる。
つまり何が言いたいかというとレミルが足手まといになる可能性が高いのである。
それを伝えた所、レミルは眉をひそめた後口を開いた。
「一つずつ訊いていくわね。移動しやすくするような付加魔法は使えないの?」
それを聞いた俺は流石に警戒する。がしかし相手の真意とどう答えればいいかには迷いがある。
そも付加魔法は物に対して壊れない限り永続的な効果を付加する支援魔法の一種である。
そして、支援魔法というのは亜人族と獣族、半数ほどの獣人族には基本的には使えない。これにはどうしようもない理由がある。
そも魔法は魔力を自分の性質に染めてその者の使える魔力にしてからでないと発動ができない。水路に水が通らず水車が回らないような物だ。いくら空気が流れていてもそれでは水車は回らない。
そして、攻撃魔法や生活魔法、身体強化魔法と言われる類の魔法は自分の魔力を魔法として打ち出したらそれで終いなのでどの種族でも可能だが、これが支援魔法となると途端に話が変わる。
支援魔法はその名の通り支援する魔法。人や物に対して攻撃以外の用途で使われる魔法である。つまり、「自分の性質に染めた魔力を叩きつける」のでは何の意味もなく、「支援する人、物の性質に合わせて魔力の性質を変える」事が必要になるのである。
この「魔力の性質を変える」のが中々の鬼門で、それをするにはかなりの魔力と魔力操作精度を必要とする。
魔力が生まれつき多く扱うのが得意な魔族ですら保有する魔力がある程度増えるまで訓練をして十歳になるまでこの魔力性質変更の訓練をしないし、し始めても習得にどんなに器用でも三年はかかると言えば少しは伝わるだろうか。
そう、「魔族ですら」である。「魔法に関してだけなら世界最高の生き物」とされる魔族ですらこれだ。
獣人族はそも魔法の得意な種族が人生の三分の一から半分を捧げ、天界族などは寿命と暇さ加減に物を言わせて十~二十年毎日そればかりしてモノにするのがこの技術なのである。
正直、亜人族の短い人生で習得などできるか怪しい。しかもここに追い打ちがかかるのである。
これに関しては獣族と一部の獣人族もそうだが、これらの者には、魔人族や天界族、魔法が得意な獣人族の持つ「魔力感知器官」が存在しない。
つまり、「支援する対象の性質に魔力を染め変えないといけない」のに「対象の魔力の性質を把握する器官がない」のである。
まあこれに関しては、無くても支援魔法を送った時の反発具合から探っていく事で代用が可能ではある。その代わりさらに多くの魔力と操作が必要になる。ここまでくると必要な魔力は亜人族一人に賄いきれる範疇を超える。亜人族にはそもそも荷が重い。
ただたまに、昔に魔人族の血が入った血族の先祖返りなどで魔力感知器官を持つ亜人が生まれる事がある。
流石に魔人族ほどの感覚はないが、それでも器官は器官であるので、こういう生まれつきの素養と環境によっては支援魔法が使える亜人が出てくることはある。
人間界ではその者のことを「授かりし者」などと呼びもてはやすらしい。何とも皮肉な話である。
さて、そんな大前提を踏まえた上で先ほどの発言を思い返そう。
『移動しやすくするような付加魔法は使えないの?』
そも付加魔法は移動しやすくなるためにはかけない。それは支援魔法のうちの能力上昇魔法か、他者支援型身体強化魔法の分類である。つまり付加魔法とここで言っているそれ自体がおかしいのである。
それでも支援魔法も付加魔法もとにかく一般的な亜人にできるわけもない。となるとこの発言は俺の力量と出自を探るための発言だというのは容易に想像がつく。どうせ口では誤魔化すことは想定済みで、表情を読む腹だろう。
しかしそうなるとやはり「付加魔法」発言が腑に落ちない。何が目的でわざわざ間違えて発言をしたのかが読み取れない。
そう思い怪訝な顔を押し殺していると、やはり俺の顔を見ていたレミルは「あら」というような顔をしていた。
「あなたの事だからそれぐらいできるかもしれないと思ったけど、流石に『授かりし者』ではなかったかしら?」
いや、多分授かりし者だろうと最高峰の魔族であろうと「生身の身体を強化する『付加魔法』」は誰も使えないと思うが……。
まあ何とか誤魔化せたのだから良しとする、か? やはりまだ真意が掴めない。
と困惑しきりな俺をそっちのけでレミルはまた話し始めた。
「なら二つ目。迷う心配はしなくていいわ。ある程度奥まで行ったことはあるし、目印となるものを覚えたらそれを忘れることはほとんどないから」
えーと……つまり何度か森は歩いているし道を覚えたりするのは得意だと。成程。
「そして三つ目。私の危険なんて払える程度の力量をあなたは持ってるでしょ? でないと即座に私がついてくると言ったのを止めなかった理由がないわ」
それは有難い信頼ではあるが……そんなに簡単に言えるのか?
「怪訝そうな顔してるわね。だって、ハイオーガを『一番マシ』なんて言い方する人じゃないの、あなた。それにあなた、随分と私を見定めてたけどもうそんな視線は感じない。で、態度が冷たくなってないって事はお眼鏡に叶ったんでしょ?」
なんというか、ここまで当てられるといっそ清々しいな……。もう態度を繕うのも無駄な気しかしないな……。
「ハア……。もういいか。なら付いて来なよ。ただ、勝手なことはするなよ?」
「あら、随分口調が砕けたわね。信頼を勝ち取ったかしら?」
「その発言を勝ち誇った顔で言われなければ是と答えたんだがなぁ」
「フフフ、図星を突くのは得意なの。まあ、あなたは狼狽えないから少しつまらないけれど」
「さっきも言ったろう。慣れてるのさ。君みたいなヤツに」
「それはそれは、素敵な人生ね」
俺はそうは思えないんだが……。そう思いながらレミルを引き連れて森へと入った。