蛇足
一応ちょこちょこ伏線は挟んでおきましたが救済できる奴は救済しておきたいという自己満足で、話的にはエピローグ(4)で終わりでいいかなと思うので蛇足となります。
「ん、あ?」
自身の全てを消し去る光に身を任せて、次に気が付いたらグエンは妙な場所にいた。あまり広くはない部屋だ。その無機質な作りには覚えがあってスヴァルトの病室に似ている。窓らしき丸いガラスが壁についているが夜のなのか外は真っ暗だった。どうやら自分はベッドに寝かされていたらしいがなぜかベルトでベッドに固定されていた…………それに妙な浮遊感がある。
「あ、目が覚めたっすね」
「…………イム?」
気密性のありそうな扉を開いて見覚えのある少女が部屋に入って来る。しかし彼女は半ば浮きながらこちらへと近づいてきて、そんな魔法は使えなかったはずと疑問が浮かぶ。
「お前も死んだ…………わけじゃないよな」
流石に此処があの世と勘違いするほどグエンも短絡していない。自分はこの世から消え去る瞬間に助けられて、このスヴァルトの施設らしき場所に運ばれたのだろう。
「お、流石っすね」
嬉しそうにイムが笑う。
「察しの通りグエンは死んでないっす。あの光に呑み込まれる前におじさんに頼んで助けら貰ったんすよ」
「あいつか…………よくこんな真似を引き受けたな」
グエンの知る限りニールという運び屋は面倒後を嫌うタイプで、そしてあのタイミングで炎の魔王を助けるなんて仕事は考えうる限り最大の面倒ごとだ。
「借りがあったっすからね」
ふふんと少女が得意げにグエンを見る。
「余計な真似を」
しかし対照的にグエンは苦々しい表情を浮かべる。
「ちゃんと炎の魔王は死んだことになってるし誰も疑ってないっすよ?」
「だが俺という最大の証拠は残った」
彼の生存を裏付ける最も残してはいけない物証だ。
「見つからなければ問題ないっすよ」
「それを見つけるのが魔法使いという存在だろうが」
大半の人間が納得できる死にざまだったとは思うが、疑がり深い人間は絶対に残る。そんな人間が探知系の魔法使いにグエンの生存確認を頼めば見つかる可能性はゼロとは言えないのだ。
「この世界に俺の存在する居場所はないんだよ」
「この世界というかあの星っすよね?」
「は?」
予想外の単語にグエンは思わず呆ける。自分達の住んでいる土地をあの星なんて使い方する人間はまずいない。夜空に光るものを星と呼びはするが、それと自分が暮らしている土地が同じ物である意識する人間は皆無だからだ。
「ここはもう、あの星じゃないっすよ?」
「!?」
それだけグエンは理解できたが、だからこそなんで自分がそんな場所にいるのかが理解できない。
「じゃ、じゃあ、お前が浮いているのは…………無重力って奴か?」
「そうらしいっすね」
悪戯が成功した子供のようにイムが笑って答える。
「いやー、グエンがそんなに動揺してるの見るのも中々新鮮っすね」
「…………うるせえ」
動揺しないわけがあるかと内心で彼は毒づく。
「じゃあここは宇宙船ってやつか」
かつて辻と話した記憶を思い出す。古代文明は宇宙を旅する乗り物で故郷である星からグエンの生まれた星へとやって来たのだと聞いた。
「だが辻の話じゃその技術は残ってなかったってはずじゃ」
「完璧な技術としては残ってないけど断片的には見つかったらしいっすよ?」
「それなのになんでこれは宇宙にいるんだ?」
そんな不完全な技術で実現可能なものではないはずだ。
「そこはそれ、この船にいるのは全員魔攻士だからっすね」
「…………そういうことか」
足りない技術は魔法で埋めたという事なのだろう。
「ということはあいつらも生きてるのか」
全てを知るグエンの協力者たち。事が全てうまくいけば共に死ぬ覚悟を決めた者達もでもあり実際にあの核爆発で皆死んだものと思っていた………だが自分と同じように助けられたのだろう。
「必要な仕事をしながらみんなグエンが目覚めるのを待ってるっすよ…………知ったらみんな喜ぶっす」
「…………はあ」
世界の為に自身と仲間を全て犠牲する覚悟を決めて、なんでこんなことになったんだかとグエンは溜息を吐く。素直に状況を喜ぶことは出来ず肩透かしにあった気分だ。
「辻め」
「あ、そういえば伝言があるっす」
全ての元凶とも言える名前を口にすると、思い出したようにイムが言う。
「この星は予定通り平和にするからお前は外を頼むって」
「あ?」
「えーっと、確かこの星にやって来た古代文明は滅んだがこの星にやって来なかった古代人が生き残っている可能性はある。だから外からの脅威の可能性があるならお前が何とかしろって言ってたっすよ…………私はまだ苦労するんだからお前も苦労しろって」
「…………あの野郎」
辻の戦いはグエンが死んでも続く予定だった。あの戦争の為に行われた数々の非道な研究や作戦の全ての責任を自分で取り、その教訓を持って人々からより戦争を忌避させるために。
だから先逃げするなと辻は言っているのだ。自分はもう少し働かなくてはならないのだからお前も死んでないで働けと。
「えっと、どうするんすか?」
「どうするもなにも戻るわけにはいかねえだろ」
全てを台無しにするその選択肢だけはありえない。
「どうせあの星でやることもなくなったんだ…………宇宙をのんびりと旅しながら、そのついでに守ってやるさ」
そう答えてグエンは丸い窓を見やる。真っ暗な空間を覗かせるだけのその窓は、しかしよく見れば星々のきらめきを確認できた。
かつてありえなかったはずの光景が、確かにそこにはあった。