表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/82

エピローグ(2) 周回遅れの爆弾処理

「両国の融和を目的とした中立都市の設立…………そして君がそこのアスガルド側の代表となると」

「うん」


 炎の魔王の打倒から二週間。未だ人々の興奮冷めやらぬ勝利ムードの中で、一人浮かれるわけにもいかずアスガルドの今後にキゼルヌは頭を悩ませていた…………その中で名目上はアスガルドのトップであるリーフから提案があると聞かされたのが今朝方の事。そしてその内容にまた彼は頭を悩ませることになったのだが、提案した当人はさっさと手配しろと言わんばかりの表情だった。


「向こうの代表は当然哉嗚を指名する」


 そしてむしろそれが全てだと言わんばかりにリーフはキゼルヌを見る。いくら英雄と謳われようが宮城哉嗚は一人の軍人でしかない。魔法の力がそのまま権力に結び付いたアスガルドとスヴァルトの社会体制が違うことをキゼルヌはきちんと理解していた…………単純に考えれば一パイロットがいきなり市長になったりするのは無理がある。


 しかしまあ、それは実質的な運営を二人に任せる形にするならばの話だ。両者ともにそれぞれの国民から人気があるのは確かなのだから、二人には融和の象徴として表に立ってもらって実質的な権力は持たせず、都市運営そのものは議会制で行えばいい。


「確かに不可能ではないな…………しかし君にしては珍しく具体的な提案だ」


 その点にキゼルヌは違和感を覚えていた。良くも悪くもリーフは物事を深く考えない…………というより本質的に怠惰なのだと彼は分析していた。


 見たところ彼女にはやろうと思えば大抵のことが出来る能力はある。あるが面倒くさいので出来る人間がいるならそちらに投げるのだ。それを厄介なことに戦略魔攻士第三位という力による恐怖が助長してしまっていてその怠惰を成立させている。


 つまるところ本来のリーフであれば中立都市の提案などせず、今後も哉嗚と一緒に暮らせるように考えろとキゼルヌに強要していたはずなのだ。自ら頭を悩ませて今回のような提案をして来るとしたら彼がその期待に応えられなかった後の事だろう。


「ふむ、誰かに入れ知恵でもされたかね?」


 提案自体は悪くないが裏に誰かいるとすればその意図が問題だ。スヴァルトとの講和が成ったといってもアスガルドの立場が弱いの明白だ。その状況で外交上無視できない力を持つリーフの存在は大きく、それを下手に利用されるのは非常に困る。


「されてない」

「君ほど嘘がつくのが下手な人間もそうはいまいよ」


 無表情でありながらその内心が見て取れるようだった。


「…………お前の考えているような心配はない」

「ふむ、信じよう」


 リーフは怠惰であっても愚かではない。こちらの危惧を理解した上で心配いらないと口にするのならそれは確かだろう。


「しかし都市を作るとなるとそれなりの数の住民が必要となる。しかも中立都市となればお互いを認めて友好的にやっていけるような住民を集める必要がある…………正直に述べるなら講和が成った現状でも難しいように思えるがね」


 勝利ムードも一時的なものだ。炎の魔王という脅威から生き残れた喜びが落ち着けば両国がこれまで深く掘り進めて来た溝の存在を思い出す。もちろん戦争の悲惨さは誰もが理解しているだろうが、自らが友好の為の当事者としてアスガルドの人間と共に暮らしたいと思う者は少ないだろう。


 だがもちろん住民を集めるのは不可能ではない。アスガルドで為政者の一員として生活していたキゼルヌにも幾つか案は浮かぶ…………それをあえて口にせずに問題点だけを挙げたのはリーフに入れ知恵した相手がその辺りも提案しているのではないかと思ったからだ。


「スヴァルト側の国境付近に、平和主義者たちを集めた村があるらしいの…………そこには脱走したアスガルドの魔攻士も大勢いるって」

「ほう」


 それはキゼルヌも知らない情報だった。特に脱走兵に関してはかつて長老会による死の呪いが存在したことを考えると驚くべきことだ…………けれど考えてみれば長老会は下位魔攻士など使い捨てくらいにしか考えておらずその損害に無頓着だった。一々戦場から戻らなかったものの生死など確認していなかったし、それらの人間へ念の為死の呪いを発動させるような真似もしてはいなかったのだ。


「ふむ、やはりスヴァルトの為政者は視野が広いな」

「…………どういうこと?」

「そういった村があるという事は、今回のような講和の可能性にも備えていたということだよ」


 アスガルドであれば不穏分子として処刑するだけのところをスヴァルトは隔離しつつも保護していたということになる。彼らは戦時中であれば士気を乱す邪魔者でしかないが、講和となれば友好のモデルケースとなる存在だ…………中立都市を作るのならその中核にはもってこいの存在と言える。


「ふーん、つまりお前は為政者として負けてるのね」

「…………そんなことは言われずともわかっている」


 そもそも社会体制としてアスガルドは原始的でありスヴァルトに遠く及ばない。為政者である長老会は誰もが自分自身の権力の事しか考えておらず、魔攻士を含めた国民全てはその為の駒としか思っていなかった。


 スヴァルトに対してもいずれは自分達が勝つものと疑っていなかった…………そんな状態で講和の備えなどするはずもない。


「とにかくだ、君の提案に私も反対はしないしあちらの政府にもその方向で交渉は持ち掛けよう…………だが一つ確認しておきたい」

「なに?」

「君は宮城中尉と最終的にどうなりたいんだ?」


 それは恐らく彼に関してリーフの知らないことを知っているキゼルヌとしては第一に確認しておかなければならない事だった。


「どうなりたい、って?」


 けれどそれにリーフは首を傾げる。


「つまりは最終的に結婚したいのかとかそういう話だ」

「ああ」


 納得したようにリーフは頷く。


「それなら最終的に哉嗚の子供を産みたいという結論が出て、私は彼を愛しているという事がわかった」

「なるほど」


 思いのほか直球な答えが返って来たが、キゼルヌとしてはその方が助かる。それが恋愛感情なのか庇護欲のようなものなのかはっきりしない限り方針が定まらないからだ。


「ちなみにそれを他の人間で知っている者はいるか?」

「二人」


 これまた意外な答えだった。哉嗚以外の存在をどうでもいいと見なしている彼女に相談ができる相手が二人もいるのはキゼルヌにとって驚きだ。


「それが誰か聞いてもいいかね」

「…………一人は、駄目」


 それはつまりもう一人は明かせるという事だ。


「もう一人は?」

「辻、孝政」

「ふむ、辻…………孝政?」


 その名前には覚えがあり過ぎてキゼルヌは聞き返した。


「スヴァルト軍の総司令官」

「そうっ…………か」


 そしてそれが間違いないことを突きつけられて困惑は極まった。


「あー、それは和平交渉の際にかね?」

「そう」


 二人の接点はその時にしかない。何がどうなってそんな会話になったのか正直彼としても興味に駆られるが、重要なのはその点ではない…………向こうの実質的な最高権力者が絡んでいるのならば彼の知るリーフの恋路の障害にも手が回っている可能性はある。


「彼は君に協力の約束を?」

「うん」


 頷くリーフにキゼルヌは安堵を覚える。


「哉嗚に強要はしないけど、仲良くなる機会は作ってくれるって…………ちゃんとしてくれた」

「それだけかね?」


 キゼルヌは思わず即座に尋ねる。


「うん」

「…………」


 再び頷くリーフにキゼルヌは頭を抱えたくなった。彼がスヴァルトに頼んで取り寄せた宮城哉嗚についての資料には恋人と同棲中という記載があった。辻はそれを知らなかったのか知った上でリーフに協力を約束したのか…………恐らくは知っていただろう。軍の総司令と一パイロットでは立場に天と地ほどの差があるが、英雄として軍の旗頭になっていた彼のことは流石に気に留めないはずもない。どんな人物であるか確認くらいはするだろう。


 だとすればそれをリーフに教えず、裏で手を回して別れさせるような工作もしなかったのはどういう理由だろうかとキゼルヌは考える。リーフの機嫌を損ねぬ為に隠しておくというのは納得できる理由だが、それならばそれが事実となるような工作を行ってもおかしくはない。


 キゼルヌの知る限り辻孝政という男は厳格で合理的な考えをする人間だ。そんな人間が理由もなくこんな無責任な真似はしないだろう…………まさか同棲中のところをリーフに押しかけられて困る宮城哉嗚の顔を見たかったわけでもあるまいし。


「あー、もしも…………あくまでこれはもしもの話だが」


 その理由はともかくとして、今は現状の問題の解決の方を優先すべきとキゼルヌは判断した。事の詳細については交渉の際に直接本人に問い質せばいいだけの事なのだから。


「なに?」

「もしもの話なんだが」


 自分でもくどいと思いつつもキゼルヌは何度も前置いてしまう。


「だからなに」

「…………もしも宮城中尉に、すでに彼女がいたらどうする?」

「それに何か問題があるの?」


 不思議そうに見返してくるリーフに一瞬キゼルヌは戸惑うが、スヴァルトとアスガルドの結婚文化の違いを彼女が知らないことをすぐに察する。アスガルドでは上位の魔攻士の一夫多妻は珍しいものではない…………しかしスヴァルトは一夫一妻制だ。


「君は知らないだろうがスヴァルトでは法律上男は一人しか女を嫁に出来ないし、愛する相手をその一人だけに絞るのが常識だ。もしも彼に彼女がいるなら君は最初から愛される対象としては外されることになる」


 もちろん人間の感情は移ろうものではあるが、まともな人間であれば好意を向けられても自分には彼女がいるからと壁を作る。そこから気持ちを向けさせるにはその壁をまず破壊しなければならないのでハードルはかなり高い。


「そう、なの?」


 全く想定していなかったというようにリーフが目を丸くする。


「それじゃあ、ええっと…………邪魔者は殺さないと?」

「性急に過ぎる、そんなことをすれば彼に嫌われるだけだろう」


 それどころか両国の関係だって悪化しかねない。


「そ、それじゃあどうするの!」


 とても困った表情をリーフは浮かべる。あの子だってそんなこと言ってなかったのに、などと呟いているのは彼女に入れ知恵した相手の事だろうかとキゼルヌは思う。その口ぶりからするに年上ではない同性だろうとアタリをつける。だとすればその相手もリーフと同様の相手を懸想していて共謀している可能性もある…………つまりその配慮もキゼルヌには求められるのだろう。


「そこは中立都市をうまく利用するしか無かろう…………婚姻関係に関してはこちら側に寄った法律にすればいい」


 アスガルドとスヴァルトの共同統治となるのならば法律も両者のものを問題が起こらぬよう組み合わせる必要がある。魔法の力などアスガルドもスヴァルトのように捨ててしまえば良いと思っているキゼルヌからすれば力の継承を目的とした一夫多妻制は無くしてしまいたいところではあるが、この場合はまあ仕方ない。


「できるの?」

「出来る限りの交渉はしよう」


 やれる限りのことはやるという断固たる決意をもって不安げなリーフにキゼルヌは頷く。


 正直頭が痛い。


 けれど、痴情のもつれでようやく得られた平和がぶち壊しになるよりはマシだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ