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三十五話 その手に全てを

 スヴァルトとアスガルドを隔てている無の荒野。そのスヴァルト側の端、前線基地から少し外れたその場所にそれはあった…………砲台というには武骨な箱。小さなビル一つ分はあろうかという長方形の物体。それが砲と認識できるのは先端に光学式のレンズを思わせる銃口が付いているからだ。


 その砲台の後方からは無数のケーブルが伸び、それは砲台から離れた後方に建てられた大きなドーム状の建物に繋がっていた。そしてそのドームからもさらに多くのケーブルが四方へと伸びており…………それがどこまで伸びているのか、同じような建物を経由しているのかそうでないのかここからでは全容を掴めない。


 そしてその砲台の最大の特徴はそれに巨人機が組み込まれているところだった。砲台の中央の下部。そこに右半身を呑み込まれるような形で薄緑色その装甲を纏った巨人機…………Y-01改修型がその砲台を構えていた。


「無人機に内蔵した核爆弾の起爆を確認」

「ああ」


 そしてその中で哉嗚は此処よりも遥か遠くを映し出すモニターを注視していた。その右手は半ば強張るように外の砲台と連結されたトリガーを握っている。そのトリガー自体はいつもと変わらないのにそれが繋がっている物の重みだけはまるで違ってしまっていた。


「すごい爆発、だけど……………」


 補助席で同じモニターを見ているリーフが呟く。その先に続いていたであろう言葉は哉嗚も浮かんでいた…………あれでは無理だろうと。


 古代文明がこの無の荒野を生み出したという核爆弾は確かに強力だ。しかしグエンのその炎を間近で体験したことのある哉嗚とリーフからすればそれには及ばないように思えた…………そして自分よりも弱い炎であのグエン・ソールがやられはしないだろう。


「哉嗚、爆発が収束すればあなたの出番です」

「わかってる、二人もな」

「うん」

「無論です」


 だからこそ哉嗚達はここにいる。爆発でグエンを仕留められず、その影響が収束したその瞬間こそが自分達の出番なのだから。


「映像切りますか?」

「いや、いい」


 答えて哉嗚は目を瞑る。人間にとって視覚は周囲の情報を得るための最も重要な要素だがこの状況には適していない。無の荒野の端から中央を見通せる放題に備え付けられた高性能のカメラは流石としか言いようがないが、映像は届けられてもその距離自体を縮められるわけではない。

 その映像を元にこちらが動いても到達までには誤差がある…………だからいっそ映像を見るのを哉嗚は止める。タイミングは全て自身の勘に任せることにしたのだ。


 ただ映像を消せば当然再び映し出すまでにはラグがある。映像を遮断するのは目を瞑れば充分なのだからわざわざ消す必要もない、ユグドとリーフにはそのまま映像を監視ししていてもらえばいいだけだ。


 瞼を閉じた暗闇の中で聞こえるのは自身とリーフの息遣い、そして機体の稼働する音が自分を包むように鳴り響く…………静かには程遠いが不思議と心が落ち着いた。


 今


 心中に誰かが囁いた気がして、哉嗚はトリガーを押し込んだ。


                ◇


「第三段階の内容は簡単です。文字通りにこちらの全ての力を炎の魔王にぶつけます」

「全ての力、ですか?」


 美亜の告げた言葉に哉嗚は反射的に疑問符を浮かべてしまった。勝負ごとにおいて全ての力をぶつけるというのは多用される言葉だが、それを言葉通りに実行するのは難しい。特に集団が個人に対して集中して力をぶつけるというのは物理的に不可能に近い。


「あなたの懸念はもっともです。単純に百の力を持った戦力を一万集めたとしてもそれが百万の力になるわけではありません。うまく連携したとしても精々千の力を千ぶつけるような状態が限度でしょう」


 そして千の力を千回ぶつけたところグエン・ソールは揺るがない。百の力を完全に集中させて百万の力にしてようやく届くようになる。魔力障壁という修復可能な障壁に対しては攻撃を持続して少しずつ崩していくというような戦法は使えない…………それを上回る力で一気に貫通させるしかないのだ。


「ですがそれはあくまで普通にただ戦力を集めた場合の話です」

「つまり普通ではない方法を使うと?」

「その通りです」


 美亜は頷く。


「実際にあなたはその普通ではない方法を体験済みですよ」

「斥力同調、ですか?」


 巨人機の兵装で主に使われるのはレーザーライフルと斥力発生装置だ。巨人機にとって後者の斥力発生装置はは移動手段でもあるし、主要な防御手段でもあり時には相手を拘束するための攻撃手段でもある。


 しかし哉嗚の乗るYシリーズと呼ばれる新型巨人機はその出力の高さから発生させることの出来る斥力の強さも大きかった。もちろん強力なのに越したことはないのだけど、周りに味方の巨人機がいると強すぎてその影響を受けてしまうという欠点があったのだ…………それを報告して目の前にいる科学者が専用のソフトウェアを組んで可能になったのが巨人機同士の発生させる斥力の完全同調だ。


 それは互いに発生させる斥力を干渉しあわないようにするだけではなく、重ね合わせることで増幅して強化することも可能だった。


「あれは確かに力の集中としては理想的ですけど」


 完全に賛同しかねるのはそれがあくまで巨人機の兵装の一つに過ぎないからだ。現存する巨人機全ての斥力を束ねることが出来たとしてもグエンに届く気はしないし、集結して同調させる前にやられてしまう気がする。


「もちろんそれをそのまま拡大するような真似はしません…………つまりは方向性です。力を集中させたいなら集中しやすい状態にすればいいという事です」


 巨人機二機の力を集中させるのはそのままでは難しいが、斥力という形に変えたことで同調させ増幅することさえできた…………それと同じことを全ての戦力でやると美亜は言っているのだ。


「そんなことできるんですか?」

「やること自体は単純ですよ…………極端な話をすれば斥力に変換する前のエネルギーであればいくらでも集められますからね。そしてそれはスヴァルトの全ての兵器や機械に同様の事が言えます」

「あ、確かに」


 出力に差があれど巨人機から民間で使用されている機械類まで古代文明が残した設計図によるジェネレーターでエネルギーを生み出して運用している。別の形に変換する前の純粋にエネルギーとしての状態ならばいくらでも束ねられるだろう。


「作戦の際にはこのスヴァルトに存在する全てのエネルギーを一点に集めます。それは各種インフラや病院に至るまで例外なく文字通り全てのエネルギーです」

「そ、それは…………」

「当然相応の被害が予想されますが全て無視します。一人の命を惜しむことで炎の魔王の打倒に届かないという事だけは絶対に避けなくてはなりませんから」


 グエン・ソールの打倒が最優先事項であり、それにどれだけのエネルギーが必要なのかわからないのだからもてる最大をぶつける以外にないのだ。今のスヴァルトにとってそれ以外のことを気にかけている余裕などない。


「故に、ぶつける力はスヴァルトだけではありません」

「つまり魔攻士達にも協力を?」

「ええ、魔力の状態であれば純粋なエネルギーに転換できることは確認済みです」


 そうでなくては魔攻士の複製をジェネレーターとしているYシリーズなどはそもそも稼働できない。ナノマシンに対して複雑な演算処理を必要とする魔法は専用に特化された魔法使いという媒体が必要だが、単純なエネルギーに変換するだけならば機械化できている…………もちろんその辺りの事情を知っているのはこの場で美亜だけだが。


「当日はもちろんですが現状行って貰っているようにアスガルドの人々には作戦実行まで魔力をバッテリーに溜める作業は余力を残さず続けて貰います…………それと並行してスヴァルト全土からエネルギーを集積する作業もですが、これに関しては各自に詳細を知らせない形で進めてすでに作業の大半が終了しています」


 作業は進めつつもその目的を公表していないのはギリギリまで情報漏洩を防ぐための対策を行うためだった。全てを一点に集中する作戦は一度避けられてしまうだけで失敗する重大なリスクがある…………万が一にもムスペル側に知られるわけにはいかないのだ。


「防諜に関しては概ね完了しましたが、作戦に参加する部隊に内容を公表するのは実行する前日になります…………あなた達に今話すのはあなた達が作戦の中核を担うからです」

「…………」


 ものすごく嫌な予感が浮かんで、哉嗚は尋ねる口を開けなかった。


「僕だけでなく、ユグドとリーフもですか?」


 それでも聞かないわけにもいかず、少し間をおいてから哉嗚は口を開く。彼だけではなくあなた達と美亜は口にしたのだ。


「その通りです…………集約したエネルギーをどう使うかは想像できますか?」

「レーザー……でしょうか」


 巨人機の主兵装がレーザーライフルなのはそれが一番エネルギー効率はいいからだ。単純にジェネレーターから得られた莫大なエネルギーを熱量に変換してぶつけるだけなので斥力を発生させたりするよりもロスが少ない。


 美亜は犠牲を承知で全てのエネルギーを集中すると言っているのだから、変換の際にロスが少ない攻撃手段を選ぶだろうと哉嗚は考えたのだ。


「その通りです」


 美亜は頷く。


「ですが問題はスヴァルトとアスガルド双方の生み出せる全てのエネルギーを注ぎ込んでも壊れない兵器など現状で存在しないという事です」

「あ」


 言われてみればその通りだと哉嗚も気づく。そんな莫大なエネルギーを注ぎ込めば現存する兵器では耐えきれずに溶解するか爆発する。


「故にその二人です…………科学者として実用に耐えうる兵器を作り上げられなかったことは甚だ遺憾ですが、何せ時間がありません」


 与えられた猶予は三カ月しかなく、それももはや一週間を切っている。


「ユグドとリーフの二人にはミストルティンを用いて全てのエネルギーを集中して発射できる砲を作り上げてもらいます。当然ミストルティンを使おうが砲は持たないでしょうが、リーフの魔法により随時修復しながらであれば維持は可能と見ています」

「無茶じゃないですか?」

「無茶です」


 はっきりと美亜は言い切った。


「ですが他に方法はありません。当然エネルギーを注ぎ過ぎれば修復する余裕すらなく爆発する可能性もあるでしょう…………ですのでその調整はあなたに任せます。砲を維持できて且つ炎の魔王を倒せる程度にエネルギーを注ぎ込んでください」

「なっ!?」

「発射後の修正などほとんど効きませんから狙いと発射のタイミングもあなたです」


 無茶ぶりを次々に美亜は哉嗚に押し付ける。


「全てはあなたの勘頼み、ということですよ」


 哉嗚が最初の狙いを外せばそれで終わりだし、エネルギーの調整を失敗すれば方が爆発して哉嗚達も死に、その後にグエンによってスヴァルトとアスガルドは終わる。


「文字通り、全てはあなたの手に掛かっています」


 どこか投げやりにも聞こえるような口調で、美亜は哉嗚にそう告げた。

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