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魔法使いと巨人の戦記 ~人型の敵を巨大ロボで全力でぶん殴るけど蹂躙される話~  作者: 火海坂猫
革命という名の茶番劇

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三十四話 納得

 己の者ではない爆熱に迫られるのはグエンにとっては久しい体験だった。それが魔力に絡んだ炎であれば彼なら一瞬でそのコントロールを奪い取れる。彼の魔力を上回る魔攻士などこの世界には存在しないのだから。


 そして魔力の絡まない炎というのはグエンにとって火力が小さすぎる。彼が戦場に出始めた頃にはレーザーライフル以外にも様々な兵器を確認のように向けられたが、それらの火力はグエンの炎で簡単に押し返せるようなものだったし、その魔力障壁を揺るがすようなものは一つも無かった。


 だが、今彼に四方から押し寄せる炎は違う。その場にある何もかも焼き尽くしていく熱量は莫大な圧力を伴って迫って来る…………それこそ生まれて初めて彼は本能的に身を守る無意識的な行動を取って最小限にして最大限の魔力障壁を展開していた。


 無駄な余白を作らない最小限の障壁にすることでより強固な障壁を長時間維持する。それは自分の命を守るために彼の本能がとった咄嗟の行動だった。


「ぐっ!」


 反射的に展開した障壁は強固でありながら、グエンは気圧されるように歯を食いしばる。使用者の感情に彩られる魔法と違い、今迫る炎は科学的な反応による物理現象であってそこに人の感情の余地がない…………けれどそのないはずの感情が障壁の向こうから圧を掛けてくるようにグエンには感じられていた。


 かつて古代文明がグエン達の祖を滅ぼすために自身ごと起爆したといわれる爆弾。魔法使いという種を滅ぼすために使われたそれを辻から聞かされていたがゆえに、その技術に込められた自分達に対する怨念を感じてしまっているのかもしれない。


「…………」


 だがそれでも本能的な恐怖も焦燥も次第に収まっていく。間違いなく彼は最初命の危機を感じたし、今現在もこれまでにないほどの消耗をしながら魔力障壁を維持している…………維持できてしまっている。四方から彼を圧し潰して焼き尽くそうとしていた炎もその圧力はピークに達していて間違いなく耐えきれるだろうと思えた。


「障壁を消せば、死ねるな」


 思考の余裕ができるとまずそう思い浮かぶ。グエンの理想はこの戦いで悪逆非道の炎の魔王として討伐されることだ。その目的は今すぐに魔力障壁を解除するだけで達せられる。先程は本能的に強固な魔力障壁を展開したが、自発的に障壁を消せば再展開の余裕もなくこの肉体は燃え尽きる事だろう。


 問題は、この幕引きで目的通りの結果が得られるかだ…………少なくともこの爆発で死ぬことを納得できない人間は少ないだろう。グエンという存在が規格外であるだけで普通に考えれば生き延びられる生物は存在しない…………けれど必要なのはそれが現実的であるかではなく納得できるかなのだ。


 その点で言うとこの爆発は悩ましい。実感として自分以外に耐えられる者はいないだろうとグエンは感じているが、それは別の者にはわからない感覚だ。アスガルトの国民に行った粛正や宣告の際のスヴァルトへの攻撃。それによって炎の魔王という存在が人々の心の中で実情よりも大きな恐怖の対象となっていることを考えると、あの爆発でも生き延びているのではと考える人間がいてもおかしくはない。


 そして何よりもこの爆発でグエンが死んでも最良の結果が得られないのが問題だ。仮にこれで彼が死んでも炎の魔王すら殺しうる爆弾がアスガルドの人間にとっては新たな恐怖の対象となる。それに連なる流れも無人機による遠隔戦闘と、アスガルドとスヴァルトの共同戦線というよりはスヴァルト主導の戦いとなってしまっている…………戦後の両国の関係がどうなるかは容易に想像できた。


「辻、これじゃあ俺は納得できないぜ」


 グエンが退場する条件として辻に示したのは二つ。一つは単純に彼を上回る何かを用いて彼を殺すこと…………この場合は彼が納得できるかどうかという問題ではない。自分を殺せるだけの力を用意されたのならそれは受け入れるしかないからだ。


 もう一つは自分と大衆が納得できる殺し方を用意すること。その場合はグエンが耐えられる程度の殺し方であっても死んでやっていいと彼は辻に約束している。万人が納得し最良の結果を得られる条件であるならばグエンは死ぬことに躊躇いはない。


 だが、ここで死んで見える未来はグエンの納得できるものではない。戦後の両国の関係はスヴァルトが優位に立つのは彼も仕方ないことと認めているが、この場合は力関係が大きく傾きすぎる…………恐らくそう遠くない内に隷属に近い状態になってしまう。そうなれば両国の間に長年蓄積されていた負の感情は沈静化するどころか噴出する…………そんな未来をグエンは許容できない。


「犠牲を減らすことにこだわり過ぎたな」


 辻の判断ミスをグエンはそう分析する。無人機による攪乱からの核爆弾による奇襲。成功すれば最小の犠牲で彼を討つことが出来るが、損失にこだわり過ぎて最良の結果からは遠く外れてしまった…………いや、スヴァルトだけの利益を考えれば辻の判断は間違っていないのかもしれない。彼からすれば最悪アスガルドを滅ぼしてしまったとしても許容範囲であるだろうから。


 しかしそれではグエンは納得できず、核爆弾も彼を殺しきる事は出来なかった。


「と、収まったか」


 気が付けば魔力障壁を押し付けていた爆発は収まっていた。元々荒野だったが大きく地面は抉れて、彼の焼き残した巨人機の残骸も爆発によって綺麗に消滅していた。


「見学の連中はまあ…………全滅か」


 ちらりと後方を見やってそこに何もないことを確認する。爆発の範囲は狭められたといってもそれはあくまで元々の大きさに対してだ…………距離を取って後方に待機してた連中を巻き込むには充分な範囲ではあったのだろう。


「…………すまんな」


 待機組の大半は炎の魔王と共に滅ぶべくムスペルに残した連中だ。しかしそのごく一部にはグエンの意思に賛同し、自らの死を許容してついて来てくれた仲間たちもいたのだ…………彼ら自身も納得済みとはいえ死に導いた立場であるグエンとしては謝罪を口にする以外の事は出来なかった。


 それは油断ではなく…………疲労だったのだろう。


 普段の彼であれば戦闘中にそんな感傷を見せる事は無かった…………いや、見せる事はあっても周囲への意識を怠る事はなかっただろう。しかし核爆弾の衝撃はいくら無傷で耐えきったとはいえ彼を大きく消耗させていた…………故に、それが間近に迫るまでグエンは気付けなかった。


 遠く、遠くから放たれた光の奔流が、真っ直ぐに彼に迫るまで。


                ◇


「作戦自体は単純です」


 炎の魔王との最終決戦も間近に迫った頃、哉嗚はリーフとユグドの端末を伴って美亜から呼び出されていた。


「第一段階は無人機の遠隔操作による炎の魔王の包囲。これには魔力を溜めたバッテリーを組み込むことで魔攻士達にも参加してもらいます。相手の側からすれば協力関係にあるスヴァルトの兵士に魔攻士が乗り込んでいるように見えるでしょう」

「はい」


 それはすでに作戦に参加する人間には通達されているし、スヴァルトのパイロットとアスガルドの魔攻士の組み合わせも決めて訓練が行われている。哉嗚もリーフと組んでの訓練を美亜に呼び出されるまでは行っていた。


「ですが当然バッテリーに溜めた魔力には限りがあります。機体にはジェネレーターがありますから遠隔操作は続けられますが、パイロットと魔攻士がコンビで戦える戦闘時間は短い…………ですがそれに関しては問題ありません」

「そう、ですね」


 恐らくバッテリーに溜めた魔力が尽きるまで戦闘は続かないというのが参謀本部の分析した結果だ。間違いなく溜めた魔力が尽きる前に遠隔操作の軍勢は炎の魔王の力の前に全滅する…………だからそれが無人である事に気付かれる可能性は低いと。


 哉嗚も軍人だから現実は現実として認めて出来る事を模索するよう教育されている。けれどこちらが負ける事を前提とした作戦にはやはり苦いものがある。


「無理、仕方ない」


 そんな彼の心情を察してか、リーフがポンと彼の肩を叩く。


「リーフ、それは私の役目です」

「今のユグドには手がない」


 不満そうに口を挟むユグドにリーフは無表情に事実を返す。スピーカーと移動する以外の機能の存在しないユグドの端末には当然手のようなものはない。


「話を続けますが、遠隔操作の軍勢が全滅した直後にこちらの手勢が一人単騎掛けをします」

「あ、はい…………そちらの手勢、ですか?」


 それは聞いていた作戦内容にはない話だった。美亜の手勢という事は技術研究所の職員という事になるのだろうかと哉嗚は首を傾げる。技術研は巨人機の研究も行っているから専属のテストパイロットだっているだろうが、軍属とはいえ戦場からは遠い場所にいた人間を秘密兵器のように投入することにはいささかの疑問が浮かんだ。


「心配せずとも実戦経験は豊富な人材ですよ…………まあ、素性を明かしてしまうならアスガルドからの亡命者です」

「亡命者、ですか?」


 その言葉を繰り返しながら哉嗚は横目でリーフを確認してしまう。元アスガルドの所属且つ切り札のような投入をするという事は彼女も知っているような実力者である可能性が高いからだ。


「残念ですが明かせるのはその事実のみです、彼は自身の素性が全て明らかになる事を望んでいません。ですから戦後に彼には報酬として別人としての戸籍を用意することになっています…………軍勢が全滅した直後に投入するのもそれが理由の一つです。衆目の視線がある中で戦闘を行うとそれで素性がばれてしまう可能性がありますから」


 アスガルトからの亡命者なのだから当然魔攻士だ。そしてその実力者ともなればその魔法だけで誰だかわかってもおかしくはない。


「ここでそれを説明するのはあなた達には彼の戦闘中も炎の魔王を見ていてもらう必要があるからです」

「…………つまり誰かわかっても口にするなってことですね」

「その通りです」


 美亜の視線は哉嗚ではなくリーへと向けられていた。


「それが誰であっても黙秘することを約束してください」

「…………わかった」


 大人しくリーフはそれに頷く。彼女自身もスヴァルトへの協力の見返りに戦後は哉嗚と共にいるために様々な便宜を受けることを約束されている…………それを反故にされるような反発をあえてする理由はなかった。


「では続けます。彼は恐らく善戦はするでしょうが炎の魔王を多少消耗させるくらいが限度でしょう…………そこからは予定通り第二段階となります」

「核爆弾の起爆、ですね」


 かつてあの無の荒野を作ったと言われる古代文明の兵器。説明を受けた時はとんでもない代物だと思ったが、確かにそれを使うくらいでないとあのグエン・ソールを倒せはしないだろうと哉嗚は思う。


「ですが、恐らくそれでも炎の魔王は倒れないだろうと総司令官はお考えです」

「えっ」


 哉嗚が知っているのは核爆弾の起爆までだ。その先の作戦はないはずだった。


「ですので、ここからが作戦の第三段階の説明になります」


 そんな哉嗚の動揺を余所に、美亜は淡々と説明を続ける。

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