三十三話 奇襲
炎でモニターが赤く染まる…………その瞬間をアイズは待っていた。彼自身の経験も含めて魔攻士というのは高位になる程にその魔法に工夫が必要無くなる。なぜなら高位の魔攻士ほど工夫などせずとも力押しで相手を倒せるからだ…………実際に彼でさえグエンに負けるまではその身をただ強化するだけであらゆる敵を粉砕できた。
そしてそれはアイズですら寄せ付けない強者であったグエンならば尚更だ。苦戦したら火力を上げればいい、相手が捉えれないほど早ければ周囲一帯ごと焼き尽くせばいい。それで済んでしまうのだから戦闘に工夫など必要なく力押しが自然になる…………現に今もグエンはその通りに行動した。
つまるところ強者の驕りだ…………けれどそこに唯一の勝機がある。戦闘中の魔攻士は常に魔力障壁を展開しているがそれも攻撃に際しては弱まる。それは単純に魔力を攻撃に回すからであり、下位の魔攻士であれば障壁の維持すらままならない…………もちろんグエンの場合はそんなことは起こらないだろう。
だが確実に弱まりはするだろうし、その驕りが攻撃にも全力を出させない。
グエンはその力ゆえにこの程度で充分だろうと相手を計って全力を出さない。だからこそかつてアイズは生き残ったし、今この瞬間に勝機がある。
「おおっ!」
残る力の全てを込めてアイズは巨人機を強化し、炎の中へと突貫させる。いくら強化しても生身であれば持たなかったろうが、巨人機という外骨格を纏った今ならそれが可能だった…………それでも装甲は赤熱して溶解していく。なるほど確かにそれは集中せずともアイズを焼き尽くすだけの火力を持っているのだろう。
だが、全てが燃え尽きる前にグエンへと到達すればアイズの勝ちなのだ。全力の勢いをつけて最後の賭けに出た今となれば両足が燃え尽きてもその勢いは止まらない。その両手が燃え尽きても胴体さえ残っていれば彼自身が質量弾となってグエンを撃ち抜く。
「甘いんだよ」
けれどグエンの声がそれを射抜く…………そしてそれに伴って炎の圧力が増していく。
「なっ、貴様!?」
「俺は正直言ってお前の評価を改めて認めた。そんなお前は必ず勝機を持って俺に挑んで来ると思ってな、念の為に炎を自分の周囲に集めておいた」
確かにグエンは火力を一つに集中させるような真似は苦手だ。けれど苦手は苦手であって出来ないというわけではない…………時間をかければ可能だ。だから周囲一帯に炎を放った後に自分の周囲にそれを集めるように操作していた。
「ぐ」
止まる。焼き焦げて色は元からとそのままに光沢を失った漆黒の巨人機がグエンの目前で崩れ落ちる。その四肢は消失していて再び立ち上がる事は出来ないだろう。巨人機の斥力を使えば浮き上がる事は可能かもしれないが、胴体以外のほとんどが焼け落ちたその姿からは装置が無事であるようも見えない。
「届かず、か」
無念そうにアイズが呟く。だがその声色にグエンは違和感を覚える。なぜならその声色には悔しさはあっても苦痛の色がない。全力を尽くした後の疲労は見えるがグエンの炎の熱によって苦しんだという色がない…………いかに巨人機の胴体部分が無事とはいえあの状態で内部に影響がないはずないのに、だ。
そして仮に無事であるならアイズが壊れた機体に留まっているのもおかしい。魔攻士は個であっても超人なのだから、彼の性格を考えればコクピットを出て最後のあがきに挑んでいてもおかしくないはずだ。
「アイズ、手前は何を狙っている?」
「さてな」
とぼけるような声にグエンは炎を吹き上がらせて漆黒の巨人機をひっくり返す。そして露になったコクピットのハッチを炎で溶解させてその中を検めた…………無人だった。その中にアイズはおらず、代わりに煙をあげて火花を散らした機械がいくつも詰め込まれていた。
「なっ」
流石に虚を突かれてグエンが口を開ける。
「遠隔操作というものらしいぞ」
答えを告げるようにアイズが嗤う。
「俺の魔力を蓄積したバッテリーとやらを積むことで、遠くから魔法すら使えるんだから本当に大した技術だと思わないか?」
だからこそアイズはここまでやられても苦痛は無かった…………彼自身は遠く離れた場所から遠隔で機体を動かしていたのだから。
「っ!?」
グエンが思わず周囲を見回す。
「ああそうだ。ここに集まった軍勢は全て無人だ」
もちろん遠隔操作による戦闘には制限があった。ジェネレーターで稼働する巨人機はともかく魔攻士はバッテリーに溜めた魔力量がそのまま戦闘可能時間だ…………しかし時間切れで遠隔操作が発覚するにはグエンが強すぎた。バッテリーに溜めたが切れるよりも前に彼は軍勢を葬ってしまったし、中身を確認できないほど火力が高かった。
「ふん、だからどうした」
けれどグエンが動揺したのはほんの僅かな時間だけだ。
「この場で生き残ろうが結局は俺に燃やされて死ぬ…………こんなことを何度繰り返しても俺に大した消耗はない」
いくら安全にグエンを攻撃できても結果が伴わなくては意味がない。もちろん彼だって全く消耗してないわけではないが、そんなものは時間で回復する。それを防ぐなら遠隔操作による休む間を与えない連続攻撃をするべきだが、未だに次弾が現れないことを考えるとそれも難しいのだろう…………魔力をバッテリーに溜める時間が必要ならば当然の話だが。
「ああ、そうだな意味はない」
アイズはそれを肯定する。
「唯一可能性があると思えたのは私くらいだが…………それも無かったことは今しがた証明されたばかりだ。本当にお前は化け物だよ」
まるで賞賛するようなその物言いにグエンはさらなる違和感を覚える。彼からの評価が変わろうがアイズからの評価が変わらないことはアイズ自身が口にしている…………で、あればこの称賛は皮肉だ。意趣返しの準備がすでにできているからこその称賛。
「まさか!?」
流石にグエンも顔色を変える。この状況での意趣返しの手段は一つしかない。
「お前なら流石に気づくか…………私の手でお前を葬れなかったのは残念だったが目的は果たせた。なぜならお前が私に対して炎を集中させたおかげで燃え残ってくれたからな」
最初に葬り去られた軍勢の残骸。それらは本来ならば周囲一帯を巻き込んだ最後の炎で跡形もなく消え去っていたはずだ…………けれどアイズを迎え撃つためにグエンが自分の周りへと炎を集中させたことでそれらは燃え残っている。
グエンは気付かなかっただろうが、戦闘不能となったそれらはその内部にある物を動かせる機構を再動員して保護し続けていた。
「私がお前とのお喋りに付き合ってネタバラシをしていたのももちろん時間稼ぎだ…………流石にあんな様では万全の状態とは言えず同期とやらがうまく出来ていなかったらしいからな」
本来のアイズであれば捨て台詞の一つでも吐き捨ててさっさとグエンとの会話を打ち切っている。それなのに気に喰わない相手であるはずのグエント会話し、あまつさえ話す必要もないことを口にしたのは全て時間を稼ぐためだった。
「この荒野を生み出したものと同質の爆弾だそうだ…………それがいくつあるかな」
「ちぃっ!」
「くたばれ」
それの起爆はアイズの吐き捨てた言葉と同時だった。彼自身が生み出したのではない爆発が漆黒の巨人機から、そして周囲の残骸から広がり始める…………単純な炎の爆発ではない恐らくはグエンにも理解できない科学技術による爆発。
「辻めっ!」
思わず罵倒を口にしながらグエンは魔力障壁を最大限に展開した。
◇
「作戦通りに起爆に成功したようですね」
「そのようだ」
多少手間取ったようだが予定通りあの場に持ち込んだ核爆弾は起動に成功したとの報告が上がっていた。効果範囲そのものはかつてあの荒野を生み出したものには及ばないが、逆に範囲を絞り込むことで威力を増大させた特別製だ…………それを四つ。計算上はリーフ・ラシルはもちろん専用の巨人機に搭乗したアイズ・マグニですら耐える事は出来ない。
「流石に彼にとっても予想外の不意打ちだろう」
その存在そのものは過去にこの執務室にグエンが現れた時に教えている…………だが、彼に届きうるというその威力そのものが使用の可能性を低くすると考えていたはずだ。いくら無の荒野全体に比べれば範囲を抑えたといっても、都市一つ消し飛ばすくらいの範囲は充分に残っている。使えば当然その場にいた味方の軍勢も巻き添えになって全滅する。
お互いの手の内を全て明かしたわけではないが辻もグエンも犠牲は最小限に抑えたいと考えていた。もちろん悲惨な戦いを演出するために多くの犠牲を出す予定ではあったが、戦後に備えた人材を残すというのは共通した見解だった。
だがそういった人材のほとんどは前線で戦う軍人だ。戦争の無益さを知っているからこそ争いを終わらせるために前線に赴く…………つまりはグエンに対して核爆弾を使えば巻き込まれるのは残したい人材という事になる。
もちろん前線でグエンと戦ってもそれらの人材は死ぬ。だから核爆弾以外の方でそれらの犠牲を減らしつつこちらに勝つ方法を考えるとグエンは思っていたはずだ…………故に核爆弾が使われるならそれらがいないタイミングと思う、その意識を遠隔操作の無人機によってうまく突くことが出来た形だ。
「これで終わってくれるなら私としては安心ですけどね」
「君はまあ、そうだろうな」
「ええ、技術者として技術以外の部分に頼るのは不本意ですから」
技術が信頼できるのはそれが高確率で予測通りの結果になるからだ。そこに人が絡めばどうあがいてもそのメンタルに左右される結果となる…………美亜としてはそんなものに結果を委ねるのは不安で仕方がない。
「だがこれで勝っても達成感は薄く、炎の魔王以上の兵器に対して恐怖を覚えるだけだろう」
戦後のアスガルドとの協調路線は間違いなく難しくなる。
「それに、だ」
そもそもの前提が定まっていないなら議論する意味はない。
「古代文明との戦争で我々の祖たる魔法使いたちは生き残っている」
もちろん生き残れた数は少なかっただろうが、それでも種を維持するに足る人数は生き延びることが出来たのだ。
「私は彼が祖に劣るとは思えんね」
ある種の信頼を込めて、辻はそう断言した。